接触16
皐月たちの元に、梅里から今後のことについて報告がなされた。
現在は、ノアの扱いと、彼女の所属する王国への対応に関して細部を詰めている。
ひとまず希少な知己を得たということで、ノアに学校を案内がてら友好を築いている最中だ。
ノアは、生徒たちからはおおむね受け入れられている。
特に畑担当からは現地人の知識を借り受けられるとあって大人気だった。
これを機に、異世界イールドの植物の栽培や採取にも精を出し始めている。
オークの巣に関しては、今回で完全に駆逐できたかは分からないため、カメーリアたちの来訪に備えることも含め、再度調査を行う予定でいる。
とはいえまたあの巨体に遭遇しないとも限らないため、向かう部隊は討伐実績のある者、つまり同じチームになるとのことだった。
新たなニュースとしては、北方の探索に出かけた部隊が、塩湖を見つけたという知らせが入っていた。
塩に関しては不足が懸念されていたので、これで解消すると生徒たちは喜んだ。
また、ようやくまともに醤油や味噌も作れるということで、畑担当の者たちが豆類を手に、ますます血道を上げている。
そして討伐から一日が過ぎた後。
「うおらああああああ!」
「だああああああああ!」
進也と熊崎が廊下をモップがけしながら全力疾走していく。
行く手には梨子がいて、ゴールテープ代わりに二人の走りを判定する。
「はい、今のは進也の勝ちだね」
「うっしゃあ! 勝ち越しい!」
「ぐぐぐぐ、もう一回! もう一回勝負!」
「うははは! いいぜ、また勝ってやる!」
どたどたと足音を立てながら二人が廊下の角に消えていく。
梨子もその後を追いかける。
遠巻きから同じように掃除用具を手にしている円花がぽつりと呟く。
「……男子ってバカね」
「あははは……」
円花の隣にいる皐月は、競争の光景を眺めながら困ったように笑う。
皐月たちが行っているのは罰則の労働奉仕だった。
巣の討伐時にいざこざを起こしたことや、巨人から退却しなかったことへのペナルティである。
当然、桂木も同じようにどこかで労働奉仕をしている。
「あれから一日しか経ってないのに、よくあんなに動けるわね。天杉はともかく、熊崎くんも相当規格外ね」
「それを言ったら、私たちみんなそうじゃないかな?」
「まあそうなんだけど。梨子も怪我がひどかった割にあの感じだし。『背中に痕が残ってないか』とか言ってくるから見てあげたけど、もう治ってたもの」
「改めて考えると、色々と異常だよね、私たち」
「そのおかげで生きているから何とも言い難いけどね。……でも今回は皐月の能力が大きかったんじゃないの?」
「どうかな……」
皐月は天杉や紅峰に言われた、自分の能力への分析を振り返る。
神剣使い及び、神剣そのものの能力を増幅するものだと、二人は結論付けた。
ただし効果範囲は狭く、皐月のそばにいる相手に限定される。
円花の風の能力があの時急激に強くなっていたのも、恐らくその影響か。あるいは皐月が飛び出していったことへ、円花が激発して覚醒の手助けになったのかもしれない。
「本当にあの時は驚いたわ。皐月がいきなり怪物に立ち向かっていくんだもの」
「……うん。自分でもまだ信じられない。だけどあの時は、なんだかどうしても、やらなくちゃいけないって、そう思ったの。おかげで円花ちゃんには迷惑かけちゃったけど」
「まったくよ。もう二度とやらないでほしい。心臓がいくつあっても足りないもの」
「うん。ごめんなさい」
「いいわ、許してあげる。飛び出したのは私も同じだしね」
「ありがとう、円花ちゃん」
「いいのよ、お礼なんて。あなたを助けるのは、私にとっては当たり前のことよ」
笑い返す円花に、皐月はまた申し訳なく思ってしまう。
討伐から帰還した後、天杉にも礼を述べに行ったが、やはりというか、素直に受け取ってはもらえず、軽くあしらわれてしまった。
「助けられたのは覚えとく。お互いそれでいいだろ」
「また素直じゃないこと言ってるね」
「うるせえっ」
あれだけ大きな出来事があったのに、あっさりそれだけで済まされてしまった。
皐月は改めて、自分がそれほど役立っていたかどうか、疑問に思ってしまう。
「私、円花ちゃんにそんなに助けられるようなこと、してるかなあ?」
「あら、皐月がそう思ってないだけで、私はあなたにたくさん助けられてるのよ。そうね……一番覚えているのだと、テニスのことで悩んでた時」
言われて皐月も思い出す。
円花は以前、テニスの成績が思うように上がらず、悩んでいる時期があった。いっそやめてしまおうかと思い詰めるほどで、皐月も相談に乗っていた。
「その時、あなたに言われたのよ。『円花ちゃんが今苦しんでいるのは、きっとテニスが好きな証拠だから。そこから逃げたらもっと苦しくなると思う。頑張って続けてみよう。他の人より上手くなるから続けるんじゃなくて、好きな物を、これからも好きでい続けられるように。私も応援するから』って」
「わ、私そんな偉そうなこと言ったかな?」
「もちろん、ちゃんと覚えてるわ。これだけじゃなくて、皐月の優しさに何回も助けられてる。だから私が皐月を助けるのは当たり前なのよ」
「そ、そうなんだ……何か恥ずかしいな」
「ああ、もう。皐月は可愛いわね」
「ま、円花ちゃんっ?」
頬ずりしそうな勢いで抱きしめてくる円花に、皐月は慌てる。
だがその手はすぐ止まり、皐月が真剣な目で見てくる。
「……ねえ皐月。天杉があなたに――ううん、あなたが天杉にこだわっているのはどういう理由なの?」
「え、えっ?」
「あなたと天杉の間に何があったか詳しくは知らないけど……あいつはあなたのことを脅しているの? それとも違うの?」
「っ、違うの。天杉くんはそうじゃなくて……」
何と伝えたらいいのだろうか。詳細は話せない。
自分の中には勇気が生まれたはずだ。
困難に立ち向かう情熱は、まだ皐月の内に残っている。
それでも、すべてを打ち明けるのが怖い。
自分の汚らわしさを知られるのも、それによって円花が傷付く姿を見るのも。
だが誤解だけは解きたい。
せっかくみんな生きて帰って来られて喜んでいたのに、円花の心だけ悩ませ続けるなどということは、これ以上したくない。
「……私は、天杉くんに助けてもらおうとしたの」
「助け……? どういうこと?」
「私の抱えている悩み、問題。彼と知り合ったのは偶然だけど、私はそれをどうにかしてもらおうと思った」
「悩み……って、どんな? 私の知らないこと? 一体何があったの?」
「……ごめんなさい、詳しいことは話せない」
檎台とのことは伏せて、天杉との関係を円花に打ち明ける。
我ながら卑怯だとは思う。
だが今の皐月の勇気では、まだすべてを話す覚悟にまで至れない。
「それで何度か会うようになったの。円花ちゃんがこっちの世界に来る前に見ていたのも、ちょうどその時のこと」
「でもあいつはあなたに、乱暴、は分からないけど、酷いことは言っていたでしょう」
円花の口調は、いつもほど天杉を責める形ではない。
今までの天杉の態度を見て、特に今回、体を張って助けてくれたことも含め、円花も単に天杉が皐月を脅しているのとは違うと感じているらしい。
「それは……多分、天杉くんが私のことを嫌いだからだと思う」
「嫌い? どうしてそう思うの?」
「……円花ちゃんは私を助けてくれる。それは親友だから、当たり前だって言ってくれる。でも、天杉くんにとって私はそうじゃない。助けるのが当たり前の相手じゃない。……なのに私は、ただ助けられようとだけして、自分では何もしなかった」
今なら分かる。初めからずっとそうだった。
何度も天杉は言い募っていた。
本当の意味で逃れるには、傷付くことを避けて通れない。
だから自分で立ち向かうしかない。
それが出来るのか、覚悟があるのか。
皐月には勇気がなかった、持てなかった。
踏み出すことなどできなかった。
だから天杉が勝手に解決してくれることに甘んじようとした。
「それを物凄く怒って、嫌ってたんだと思う。だから円花ちゃんには、天杉くんが悪いように見えたの。本当に悪いのは私なのに」
「……じゃあ、あいつは皐月を脅してないの? 何もされてないの?」
「うん。天杉くんはただ、私の頼みを勝手に聞いて、勝手に助けてくれようとしただけ」
円花は言葉を失っている。
無理もない話だ。
根本がどこにあるにせよ、皐月が円花へ勘違いをさせていたことに変わりはない。
「……ああ、そう。そうか……ようやく合点がいったわ。やたらとバカ女って呼んでくる理由も。親友とか言っておいて、私が皐月の悩みに全然気付いてない間抜けだったからってことね」
「円花ちゃん、それは違」
「いいのよ。……そりゃあ、さぞかしあいつの目には滑稽に映ったでしょうね。助けようとしているつもりで、ただ皐月の邪魔ばかりしていて、おまけに何に悩んでいるかも気付きさえしないなんて……こんなの、親友失格ね」
「ちが、違うよ! 円花ちゃんは間違ってない! ただ私が、臆病なだけで……!」
必死に否定する。親友でないなどと、そんなことあってたまるものか。
今まで気づいていなかったからといって、それで円花との今までの繋がりをなかったことになどはしない。
「円花ちゃんには、どうしても言えないことだったから……言ったら、本当に私たちの関係が壊れそうだったから……それで、ごめんなさい、ごめんなさい……!」
「皐月……」
自然と涙があふれてくる。
どうしようもないほど自分を嫌いになる。
けれども嫌わないでほしいと、身勝手な思いが募る。
「皐月、あなたの悩みって」
「ごめんなさい、それはまだ……言えない。きっと円花ちゃんも天杉くんも怒るだろうけど、私には口にする勇気がまだ足りない。勝手なことばかり言っているのは分かってる。でも」
「……私には話せないことなのね?」
「うん……円花ちゃんが親友だからこそ、話せない……知らない誰かだったら、きっと話してた。聞いても、無関心でいてくれるから。傷付けることにならないだろうから」
「皐月は私を傷付けたくないから話せないのね」
「うん。でもきっと、円花ちゃんを傷付けて、そのことでまた自分が傷付きたくないという部分も、あると思う。……ごめんね、卑怯だよね」
「そんなことは思わないわ。何を悩んでるか分からなくても、きっと私が皐月の立場だったら、同じことを思う」
「ありがとう、円花ちゃん。……もう少ししたら、必ず話すわ。私がこの悩みに立ち向かえる本当の勇気を持てたら、あなたに話します」
「……分かった。じゃあ皐月が話せるようになるまで待つわ。その時は、一緒に傷付きましょう」
「……いいのかな?」
「いいのよ。だって皐月は私の親友だもの」
涙をぬぐうように円花が皐月の頬に手を当てる。
皐月はその手に自分の手を重ねる。
「うん……私も。円花ちゃんは私の一番の親友だよ」
二人して笑い合う。
檎台に絡め取られてからずっと、汚泥のようだった自分の心に、ようやく木漏れ日のような暖かなものが差し込んだ気がした。
「さ、そろそろ私たちも掃除に戻ろ。学校中って言われたから、急がないと終わらな――」
唐突に、遠くからバシャーンと大きな音が響いた。続けて怒号が響き渡る。
「おいいいい! 誰だ、こんなとこにバケツ置いたバカは!?」
「やった! 俺の勝ち!」
「ちょっと待て、今のは無効だ! ノーカン!」
「ダメだよ、進也。自分で人は避けるルールにしたんだから、バケツも障害物扱いだよ」
「人間と物じゃ違うだろうが!」
「往生際が悪い……あれっ、桂木先輩?」
「「あっ」」
騒々しい足音が増え、怒号と悲鳴、狙撃音が響き渡る。
「……少しは見直そうとか思ったけど、やっぱりあいつ、いえ、あいつらバカね、うん」
「あははは……」




