接触15
ぼろぼろの状態で帰還した進也たちは、まず途中撤退していた梅里たちと合流し、生きていたことを喜ばれた。
巨人も討伐したことを伝えると、全員が驚愕していた。
合歓垣に至っては進也へ向けて「もうあんたが魔王なんじゃないっスかね」と口にし、部隊全てがこれに同意していた。進也は大いに憤慨した。
学校へ戻り報告を行うと、紅峰は顔を青ざめさせ、今にも卒倒しそうになった。
何しろ危うく部隊が全滅しかけたのだ。心臓に悪いどころでは済まなかっただろう。
「色々言いたいことはあるけれど、ひとまずはお疲れ様。……では、こちらの話に移りましょうか」
言って、紅峰が会議室へ招いたノアの方を見る。
対するノアも頷き、この場にいる七人のリーダー全員と視線を交わす。
「この拠点の臨時最高責任者、紅峰楓です。どうぞお見知りおきを」
『急な来訪にもかかわらず、歓迎痛み入る。ストレーミア王国騎士団第十席、ノア・アンシュムスだ』
ストレーミア、王国、騎士、十席、そして神剣。
各項目を頭に入れながら、進也は注意深く経緯を見守る。
まずは紅峰が問いかける。
「私の部下の報告を聞く限り、あなた、いえ、あなた方はこの地の調査へやってきた。その原因は、数日前に奇妙な光の出現を目撃したことと、神剣の共鳴を感じたからだと」
初めての現地人との交渉ということもあり、紅峰の言葉の選び方は慎重だった。カメーリアのことも含め、丁寧に「お互いここまでを認識している」というすり合わせを試みている。
『その通りだ。……先ほど肩を並べて危機を乗り切ったばかりの相手へこのように尋ねるのは不躾ではあるが、聞かせていただきたい。あなた方は、何者なのだ?』
ノアから単刀直入に問われ、全員があいまいな表情を浮かべる。
何をどこまで話すべきか、話したとしてどこまで信じてもらえるか。
「えっと、俺たちは」
「はい、バカ黙れ。天杉」
「了解」
「むがっ!? むぅくっ?」
早速口を開こうとする熊崎を桂木が牽制し、進也が背後から取り押さえる。
その間に紅峰が説明を行う。
異世界からの転移者という部分は省き、多数の神剣保持者がいること、ここに拠点を築いていることだけを簡潔に伝える。
『……この城塞に、表の農地、そして先の戦い。確かに疑う要素はない。しかしこれほど数多くの神剣と使い手が、在野に存在するとは……』
ショックを受けつつも、努めて平静にノアが語った。
ノアの動揺から進也は推察をする。恐らく神剣の使い手というのはこのイールドという世界ではかなり希少な存在なのだろう。
ノアは十席と言っていたが、神剣使いだけで十名なのか、普通の騎士も合わせて十名なのか、それだけでもずいぶん話が変わってくる。そもそも十で最大とも限らないが。
「さて、それでここからが肝心ですが。ストレーミア王国の方々は、私たちに何を求めていらっしゃるのでしょうか?」
『というと?』
「見ての通り、我々は城塞を築き、神剣を多数抱えている。可能な限り自活し、怪物の脅威を退け、生活の基盤を整えている。……そのような集団に、あなた方はどのような関係を築きたいと考えていらっしゃるのでしょう?」
あくまで強気に、しかし威圧的にもなりすぎないよう紅峰が問う。
実際に喉から手が出るほど友好を築きたいのは学生側だが、相手がひとつのまともな国家となると、望まぬ関係を作り上げるのはよろしくない。
こちらは関係を結ばなくとも構わない、という態度を言外に含ませ、弱みを見せないようにしている。
『う、む。その辺りは私も気がかりだが……私個人では何とも判断がつかん。この地にこれほどまで大勢の人間が暮らしている、などという事態は想像もつかなかったのでな』
「そうでしょうね。こちらとしても不測の事態ばかり起きていましたし。御気持ちはお察しします」
『先ほど話したが、合流する予定の神官殿もいる。彼らを交え、改めて話し合いをしたいと考えているが、どうだろうか』
「ええ、元よりそのつもりでしたし。では今はその話は置いておく、ということにしましょう」
交渉は保留となった。存外判断は鈍くないらしく、ノアから何か言質を取ることはできなかった。
実際、調査に来ただけの人間といきなり外交関係を締結するのも無茶だろう。
『かたじけない。ついてはこの地で待機するに当たって――』
「もちろんここに逗留していただいて構いません。部隊を助けていただいたご恩もあります。ぜひくつろいでいって下さい。王国の方には馴染みのない文化や失礼に当たる習慣があるかもしれませんが、どうかご容赦を」
『なんの、恩に関してはこちらも同じ。兵たちを救っていただいたこと、改めて感謝申し上げる。お言葉に甘え、厄介になる』
目礼するノアに対し、紅峰も友好的な笑みを返す。
「では案内をさせましょう。ハク、お願いできるかしら?」
「はいは~い、任せて~。じゃ、ノアさん行きましょ~」
『よろしく頼む。ハク殿、でよろしいか?』
「ぜひそれで呼んで~。みんな、後はよろしくね~」
白亜がノアを引き連れ部屋を出て行く。
柔和で物怖じしない白亜なら、うまく校舎の案内をしてのけるだろう。
二人がいなくなったところで、紅峰が残りのリーダーたちを見回す。
「さーって。どうしましょ」
「え? 会長、何か考えてないんですか?」
「考えてるわよ、今必死にね。待望のファーストコンタクトとはいえ、ストレーミア王国についてはまだ詳しく話してくれなさそうだし、どうしたものかと」
「どうも何も、仲良くするんでいいんじゃないですか?」
「うん。熊崎くんはそう言うと思った。一応確認するけど、全員基本は友好関係を築くつもりでいる、ってことで問題ないかしら?」
紅峰が全員へ、特に進也と桂木の方へ視線を送る。
反論や別視点の意見をよく出す二人に対して、牽制の意味も込めた問いかけだ。
「警戒しなくても変な考えは持ってねえよ。まあ賛成寄りの保留だがな」
「保留……ということは、反対の可能性もあるのね」
「即決が難しいからな。できればストレーミア王国のことを調べてから決める方がいい。向こうが絶賛戦争や内乱中とかだったら目も当てられねえ。ま、その余裕はないわけだが」
「ノアさんから多少は聞けるだろうけど、それも限度があるでしょうね」
「もう一人の話せる相手は神官だっつーし、これも国の話となると、どこまでこっちの言うことを聞いてくれるかは分からん。王女がどうの、とは言ってたが、そっちに期待すんのも無謀だしな。分かる範囲で判断して、よほどやばそうな国ならお断り、そうじゃない限りは手を結ぶってことでいいんじゃねえの」
「うん、無難な意見ね。桂木さんはどう?」
紅峰の言葉に、桂木は肩をすくめて返す。
「今回はあたしも同じ。ここで警戒してもどうしようもないし」
「うん、そうなるわよね。梅里くんと護くんもそれで問題ないかしら?」
紅峰が確認を取ると、二人もしっかりと頷いてみせる。
白亜にも後で尋ねるのだろうが、恐らく聞くまでもないだろう。
「なら今後はひとまずノアさんとできる限り仲良くしていくという方針で。他の子たちにも知らせておきましょう」
「できるだけ印象良くして、後の交渉を有利にしようってことだな」
「さすが女王様。黒いわ。あたしにはとても真似できない」
「そこの不良生徒二人、人の建前をわざと悪い言葉に置き換えるんじゃない」
意見の共有が終わったところで、熊崎が進也の方を向いた。
「……ねえ、天杉くん。王女って何? すごく気になるんだけど」
「ん? ああ、言ってなかったか。神官のおっさんからそういう話が出たんだよ」
「マジ? 王女様? いるの?」
「……そりゃ王国なんだから、王の娘や息子くらいいるだろ」
「ホントに!? 異世界来て、王族に会うとか、すっごい一大イベントじゃん! どんな人だった!?」
「いや、会った中に王女はいねーよ。話に出ただけだっての」
「ええー、そんなあ」
「そんなに食いつくような話か?」
「何言ってるのさ! 分かるだろ!? 見目麗しい王女と、異世界から来た主人公が運命的な出会いを果たして惹かれ合う、とか。最高じゃん! ロマンだよ!」
「んなこと言われても知らねーよ。というか、出会いが欲しいならあのノアって女と話してくりゃいいだろ。どうもあいつの主人が王女らしいし、うまくすりゃ聞けるんじゃね?」
「はっ、そ、そうか! よし行ってくる!」
「あ、ちょっと、熊崎くん!?」
言うが早いか、紅峰の制止も聞かず、熊崎は部屋を飛び出して行ってしまう。
「あー……もー、現地の人間に変な印象植えつけたらどうするのよ」
「平気だろ。熊崎だし。なんならハク先輩が止めるだろ」
「まったく。一応、監視は付けときましょ……」
紅峰が部下の一人を呼び、熊崎たちの元へ向かわせる。
それが終わると、紅峰は進也と桂木の方へ、何故か含みのある笑顔を見せる。
「ああ、そうそう。天杉くん、桂木さん、熊崎くん、あとは姫口さんに七海さん、鹿沼さんに、罰則があるのでよろしく」
「……あん? 何で?」
唐突に言い渡された内容に、進也は戸惑う。
「あら、忘れてる? ちゃんと現地の報告をしたでしょう? 巣の前で騒動を起こしたり、撤退命令を無視して戦闘したこと」
言われて思い返し、桂木の方を見る。
桂木は既に了承しているのか、肩をすくめて進也を無視する。
納得いかず、進也は紅峰へ意見をぶつける。
「いや、おい。ちょっと待ってくれ。騒動はともかく戦闘の方は言われる筋合いねーぞ?」
「緊急事態だったのは考慮するけど、違反した以上はダメ。ちゃーんと罰則を受けてね? 労働奉仕として、学校中の掃除をよろしく♪」
「はあああああ!?」
あれだけ苦労して勝って帰った結果がこれか。
進也は思わず叫ばずにはいられなかった。