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接触12

 暗闇の中に幽玄に似た光景が映る。

 赤い家が見える。濁った目が向けられる。愛しているのよと誰かが囁いた気がする。

 思考が鈍い。精神が重い。理性が微睡んでいく。水底へ誘われるような心 地よさが身体を支配している。本能さえ溶けて深淵へ落ちていく。


 ――早く行けよ、バカ。


 背中に誰かの手が触れ、押し上げられる。広く大きい手、ガサついた肌、特徴的な野球ダコ。


「っ、恭――!?」


 進也の意識が浮上する。水の中のような息苦しさを自覚する。どこもかしこも、激痛と鈍痛と疼痛が入り混じっている。

 瞼が開く。先ほどまで戦っていた荒野が映る。

 視界の端に梨子の姿がある。砂に汚れた格好で、打ち捨てられたように倒れている。気絶しているのか、瞳は閉じられている。

 七海の姿もある。梨子ほどではないが砂まみれの格好で、神剣を携えて巨人と対峙している。一体何のために?

 最後に、小さな背中が映る。鹿沼の姿だ。彼女も神剣を構え、巨人に立ち向かおうとしていた。


(バカじゃないのか)


 鹿沼の剣先はゆらゆらと揺れて定まっておらず、踏み出す足も逆なら、握りも甘い。訓練を受けてきたにも関わらず、まるで基礎のなっていないど素人だ。

 そんな状態で何をしに来たのか。泣くしかできない役立たずが、どうしてこの場にいるのか。


(バカじゃねえのか)


 二度目の悪態は誰に向けてのものだったか。

 無論、自分だ。間抜けをやらかして死にかけている進也自身だ。

 彼女たちが何故ここにいるかは明白だった。ここでくたばりかけているバカを助けに、のこのこやってきたのだ。

 ふざけてやがる。何やってんだ。助けなんざいるか。そう罵ってしまいたかった。

 見捨てて拠点へ逃げる方が安全だったのに。無様をさらして倒れた自分のことなど放っておけば良かったのに。それでも彼女たちは来てしまった。


(ざけんな! 寝てる場合か、クソ野郎!)


 自身を罵倒し、進也は身体を起こそうとする。

 全身がきしみ、悲鳴を上げる。ひと呼吸ごとに、意識が千切れ飛びそうになる。意地や気合などでは無視できない苦痛が、ありとあらゆる箇所を刺し貫く。

 うるさい。痛みなど好きなだけ喚けばいい。そんなもので、今の自分は止められない。

 上半身が起き、進也の目に、鹿沼の顔が映った。

 そこにあったのは恐怖に打ち震える少女の顔ではなかった。耐えさえすれば現状が変わると思い込んだ人形の顔でもなかった。絶望を知り、それでもなお踏破しようとする者の顔だ。自らの意志を背負って立つ人間の顔だ。

 何があったのかは分からない。変化のきっかけなど知りはしない。

 だがこの小さな少女が勇気を奮い起こし、自分を守ろうとしている姿を前にして、座して待つなどあり得ない。そんな腑抜けた自分は見せられない。

 足が潰れている――だからなんだ。

 骨があちこち折れている――欠けた分だけ軽くなってちょうどいい。

 視線はおぼつかず、剣を握る手すら力が入らない――的は大きい、剣で斬れなくとも触れて燃やせればそれでいい。

 火が入る。

 進也は立ち上がる。どうして立っていられるかなど分からない。

 鹿沼の神剣が光っている。決意の横顔を照らし、奇跡を信じるように、必死で歯を食いしばっている。

 なら叶えてやる。ばかげた祈りを、嘘から真実へ変えてやる。だからここで、眠っている暇など自分にはない。


 絶望などぶち壊せ。

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