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接触8

 無慈悲に動いてくる巨体に対して、桂木はいつも通り冷めた目線で相手取る。

 通常の怪物と違い、攻撃範囲はもちろん、繰り出してくる攻撃のどれも衝撃の余波が凄まじい。無闇に引き付けて寸前で避ける、などという真似をするとかわし切れずにダメージを負う。普段の交戦より早め早めに回避の対応をする。

 だが神剣で強化された瞬発力を生かしても、この巨体ではあっという間に間合いを詰められる。ましてこちら側はほとんどの使い手が接近して一撃を加えるしか手段のない者ばかりだ。取り囲んで叩き潰す戦法を取ろうにも、生徒たちは反撃を恐れて踏み込むことができない。

 桂木の方に巨体が差し迫る。さらに後退しながら、桂木は拾った石片を巨体へ向けて構え、目にも止まらぬ速度で撃ち出す。

 命中した石片が怪物の手足の動きを逸らし、バランスを崩させる。だが石片は皮膚の表面に突き刺さったのみで、貫通してダメージを与えることはなかった。

 斥力、のようなものだと桂木は自身の能力を理解している。一定の質量を持った無機物に対してこの剣の能力は働く。自分の肉体や、大気は対象にならない。

 撃ち出した弾丸は、それ自体をも魔力が強化するのか、簡単に粉砕されて威力が分散するということはない。並の怪物ならばこれだけで掃討できる。残念ながら、目の前の巨体には致命打にならないようだが。

 とはいえこの牽制を繰り返すことには、十分意味がある。ダメージの蓄積はもちろん、周りの生徒たちを巨体の反撃から守ることができる。

 厄介なのが、神剣の刃はあの巨体にはほとんど通じていないということだ。何人かが危険を顧みずに攻勢を仕掛けたが、より頑強さが増した肉体の前では傷ひとつ付けることすらなく、あえなく吹き飛ばされていった。

 何処からこんな巨体が湧いて来たのか、ましてほとんど活動もせずに今まで洞穴に潜んでいたのか。疑問は多い。しかし問題はそこではない。場合によってはこれと同じ物がまだ出てくる可能性もある。


「……ああ、疲れる」


 ほとんど表情には出さないが、桂木の能力は神経を使う。ただでさえ敵味方入り乱れる戦場でこの能力を、周りを巻き込まないように正確に相手の元へ、肉眼で狙いを付けて当てる必要がある。今回は的が大きいが、元の視力の良さが無ければやっていられないような、神経を削る作業だ。

 それでも丹念に、しつこく巨体をかき回す。少しでも倒す可能性を上げるために。少しでも周囲の被害を減らすために。




 桂木月乃には夢がなかった。将来のことというのは漠然としていて、普通に生きて普通に死ぬ、というなんとなくのビジョンくらいはあったが、それが明確に形を持つことはなかった。

 自分はこういう性格だ。周りと違って、誰かと打ち解けることができない。仮に将来どこかに就職するのだとして、これじゃやっていけないんだろうな、と憂えてはいる。だが直すこともできない。この性格を矯正して生きるという望みは、とうに諦めていた。


「そんなに人と関わるのが嫌なら絵でも描けば?」とは母親の言葉だった。人との交わりを断って創作物に向かい合う自分。想像してみてもまるで良いとは感じられなかったが、今よりはマシかと筆を取った。

 残念ながら学校生活でそうした孤高の創作活動というのは存在しないわけで、結局誰かの目には留まったわけだが。

 同じ美術部の一年で、絵を始めたばかりだという女の子だった。彼女は何故かは分からないが、この自分の難儀な性格に臆することなく慕い、ついてきた。


「夢があるんです」


 いつか個展を開きたい。そう、熱っぽく語った。だが自分の作品で、というわけではないらしい。


「個展を開きたい、と思っている絵描きさんはたくさんいると思うんですけど、実際にそういうことを出来る芸術家さんって案外少ないんじゃないかと」


 要するに、絵以外何もできないような絵描きたちのために、プロデュースをしたいということらしい。しかしそれならばなぜ自分で絵を描く必要があるのか。


「だって自分が絵のことを分からなかったら口出しなんてできないじゃないですか。単に技術だけじゃなくて、絵を作る苦労とか、描き始めるまでの葛藤とか、そういうの」


 もっともらしい理由だった。

 この後輩は、自分よりもよほど将来のことを考えている。立派な夢を持っている。

 その後に、少し恥ずかしそうに彼女は付け加える。


「あとはまあ……ついでに私の絵も飾れたらな~、って」


 お世辞にも後輩の絵はうまくはなかったので、つい「無理」と言い渡した。彼女も自虐して笑う程度には気にしていなかったようだが、月乃は後悔した。嘘でもできると言ってあげればよかった。




 初日の襲撃の時に、後輩は死んだ。その手に筆を握り締め、彼女自身の血でキャンパスを染め上げて。

 夢のない自分が生きて、夢のあった彼女が死んだ。死ぬべきでない者が死んで、生きるべきでない者が生き残った。

 なぜ? どうして?

 答えなどない。だが許せない。

 後輩の夢が叶うことはもうない。彼女がその手に握り締めて離さなかった、だが折れて欠けてしまった筆先を拾う。

 自分が、亡くなってしまった後輩の代わりに夢を叶える。そうしなければ、きっと彼女の魂は救われない。

 だから自分は必ず生きて帰る。ふざけた女神の祈りなど知ったことではない。これ以上、誰の夢も失わせないために、桂木月乃は戦う。




(しつっこいね……)


 疲労をにじませながら月乃は胸中で呟く。

 能力の効きが鈍くなっている。威力が落ちているわけではなく、相手が狙撃に慣れてきてしまっている。

 ずっと同じ攻勢を続けている弊害だ。ダメージに関しても、小さく積み重ねるばかりでは、先に向こうの防御力と体力が、こちらの集中力を上回ってくる。

 逆に向こうは、こちらへ対していつでも一撃で致命傷を負わせられる。膨大な質量の差が、そのまま戦いづらさに拍車をかけている。

 月乃は駆け続けながら、次の弾丸用の石片を拾おうとし――


「!」


 ずるり、と足を滑らせる。疲労が足に来たのか、地形をよく見ていなかったか。

 いずれにせよ致命的な隙だ。当然のように差し迫る巨大な拳に、月乃は無駄と分かっても神剣を構えて防御しようとする。

 割り込む影。梅里だ。彼は体勢を崩した月乃の代わりに攻撃を真正面から受け、吹き飛ぶ。背後の月乃も巻き添えを食らって二人同時に遠くへと弾かれる。


「……くっ」


 すぐに立ち上がって梅里の安否を確認する。生きてはいるものの、苦悶にうめいて膝を付いている。他の生徒より体格の大きい梅里ではあるが、だからといってあんな巨体の攻撃を受ければ無事では済まない。

 月乃は怪物の位置を確認する。案の定、追撃に差し迫ってくる。近くの石片を拾って連射、足を撃って転倒させる。咄嗟ながらよく狙いを付けられたと自分に感心しながら、梅里を助け起こす。


「無茶するわね……! 慎重にやるんじゃなかったの……!?」


 どちらも息を切らしながら怪物から距離を取る。月乃の悪態に、やはり梅里は無骨に返す。


「誰も、死なせたくない。生きて帰る」


 今さら共有するまでもない思い。それでも口に出す、決意の言葉。全員がそうだ。その覚悟がある。周囲の生徒たちも、逃げ延びることに精いっぱいで、それでも巨体たち相手にまだ生きあがいている。


(早く来い)


 片方の巨体は熊崎が抑え込んでいる。能力を生かして水柱を作り上げ、月乃と同じように怪物を転倒させている。だがやはり直接的なダメージには繋がらない。水圧カッターのような高密度かつ高出力の水を操るのは今の熊崎には不可能らしい。

 ならば期待するしかない。この戦場で巨体共を斬れるのは、あいつしかいない。

 月乃たちの側にいる巨体が転倒から復帰し、肉薄してくる。梅里を連れた状態でも後退はできる。だが攻撃の暇はない。追いつかれれば二人ともやられる。

 熱風。疾駆し割り込む誰か。続けて清冽な声が響き渡る。


『勇猛なる女神の使徒に、剣とマナの祝福を!』


 光が舞い下りる。暖かな感触と共に、月乃と梅里の身体が淡い光の衣に包まれる。

 轟音が響く。割り込んできた人物――天杉が、巨体を吹き飛ばしている。


「梅里先輩! 桂木先輩!」


 声と共に近寄って来る者たち。天杉の部隊のメンバーだ。その中に、見慣れない女性がひとりいた。


「……あなたは?」

『ノアという。君たちの味方だ』


 神剣をかざし、ごく短く女性は告げてきた。


『戦場ゆえ不作法は許されよ。貴方たちには私が鎧を付けた。あのオークたちに何発持つかは分からないが、一度ならば必ず守る』


 ノアは端的に、恐らくはこの光の衣のことを説明する。理解が追い付かないと理性はささやいている。だが本能は頷かせる。余計な思考など省く。神剣を手にした時と同じだ。目の前の状況に、思い煩うよりも立ち向かう。


『これを使って守備に徹しながら徐々に戦線を下げる。奴らは巣を守るのが役割。またオークはマナを消費し活性化すると急速に死へと近づく。巣から離れれば追撃されることはまずない』

「……守ってりゃ勝てるってことね。分かった。悪いけど他の連中にも伝えてきて」

「もうやってますって。大丈夫ですよ!」


 見れば天杉の部隊のメンバーは全員いるわけではない。一部が伝令に回っているのだろう。


『よし、では行く――は?』


 ノアが天杉の向かっていった巨体の方を確認し、呆気に取られた声を上げる。

 戦線を下げ撤退する、その見込みが早くも消失した。巨体の身体が分断され、絶命していた。




 熱を込めた刃が無情に巨体へ迫り、その身を縦に分割する。

 異常に発達した筋力も、それをさらに活性化させるマナも、燃える神剣の前では無意味だった。ありとあらゆるものを溶かし尽くす勢いで、熱は巨体の防御を貫いた。

 ぐらりと倒れる巨体へ向け、進也は追撃の火を込める。このデタラメな体格では、断ち割った程度で殺せているかは分からない。念には念を入れての止めだった。

 ずしん、と地響きを立てて巨体が崩れ落ちる。数秒、そのまま眺めているが、神剣が魔力を食らったのを見て、倒したことを確信する。

 ノアたちを振り返ると、鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしていた。彼女としては時間稼ぎのつもりだっただろうし、自分もそのつもりではあった。実際、三発ほど攻撃はかすめている。ノアの能力が無ければ懐まで入るのは難しかった。

 衣は剥がれてしまったが、残りはあと一匹で、そちらには熊崎がいる。連携すればもう一度攻撃を食らうことはない。

 進也はノアたちへ向けて無言で巨体の方へ指差し、自分は即座に駆け出す。




「……うん、知ってた。少しくらい苦戦するかなーとか、そういうのあるのかと思ったけど、無かったよ」


 天杉の部隊のひとりが呆れ返った声で呟く。

 ノアも呆気に取られている。


『……未知の相手、だろう? 神剣でもオークの相手というのは難しい。そのはず、だな? ……何なのだ、あれは?』

「単にあの人がおかしいんです」

『それで済ませていいのか? いや、頼もしいのはいいことだが……』

「驚くのは後にしてちょうだい。とにかく怪我してる連中は下げて、無傷な連中で残りを制圧しましょう」


 月乃が告げると、梅里が低く呻く。


「……あちらも倒すつもりか?」

「弱気になってるね。怪我のせい?」


 ノアも慎重な面持ちで月乃を見てくる。


『あちらまで無理に相手取る必要は確かにない。それでも倒すと?』

「……あたしたちには、チャンスが巡ってくる確率が少ない。確実な物が見えないんなら別だけど、機会が来たからには外すわけにはいかない。意地でも食らいつく」


 梅里を天杉の部隊に預け、巨体の方を見据える。


「どうせここを避けて通るわけにもいかない。この先にあなたたちはいるんでしょ? だったら無理を通す道理にはなる」

『……先のアマスギもそうだが、君たちは私よりも年下だというのに、一介の戦士のようだな』

「単に割り切ってるだけよ。あたしも、あいつも」

『それは重要な資質だ。目まぐるしく変わっていく戦場ではなおのこと。私も心掛けてはいるつもりだが、ままならないな』

「感想なら後で聞くわ」

『うむ。是非に』


 月乃が駆け出すと同時に、ノアも再び剣の魔力を解放しながら巨体へと接近する。

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