接触5
準備が終わったはずの部隊をすべて集め、梅里が重々しく口を開く。
「怪物たちの巣の様子がおかしい」
生徒たちが顔を見合わせ、ざわつき始める。梅里は手でそれを制しながら話を続ける。
「見張りがいない。いや、正確には内部から怪物たちは出てきているが、どうもこちらと反対側の方面へ向かっているようだ」
「え、それって……どういうことですか?」
熊崎の質問に、梅里は慎重に言葉を選ぶようにしながら答える。
「何か奴らにとって、放置してはおけないものが向こう側にある。そう予測している」
「あいつらが放っておけない物って……一体何ですか、それ?」
「わからん。奴らがこれまでに過剰な反応を見せたことのあるものは、ひとつを除いてほぼない」
「ひとつ?」
「……人間だ」
いよいよざわめきが大きくなる。再び梅里が手で制すが、完全には静まらない。
「ど、どうするんですか? 今すぐ向かうんですか?」
「それは危険だと考えている。……正直なところ、確証があるわけではない。乗り込んでみた結果、奴らの罠である可能性も否定できん」
「いやでも、確かめないわけにもいかないじゃないですか。もし襲われているなら、助けないといけませんし。桂木先輩と、天杉くんは、どう思う?」
あくまで慎重な意見を提示する梅里に対し、熊崎は持ち前のお人好しぶりを発揮した持論を述べる。
話を振られた桂木は、相変わらず冷めた目線で告げてくる。
「あたしの意見は梅里寄りだね。予定外の事が起きてるなら、慎重になったほうがいい。いっそ出直すべきかもしれない」
「先輩、さすがにそれは……だってここの討伐のために一週間もかけてるんですよ? 今さら何の成果もなしで戻るってのは」
「じゃ、突っ込んで死人が出たらどうするんだい? あんたが責任取る? ていうか、取れる?」
「それは……」
熊崎の勢いがしぼむ。桂木の意見は正しい。予定外の状況では、普段可能な立ち回りさえ不可能になる危険がある。落ち着くまで待つのも重要だ。出直しまで必要かは、判断の分かれるところだが。
どちらの意見も間違っているわけではない。部隊のメンバーも、不満と賛成は半々といった様子だ。
「天杉くんはどう? やっぱり出直した方がいいのかな……」
熊崎は、梅里と桂木の顔色をうかがいながら進也へ聞いてきた。
「あくまで慎重に行くんなら攻め込むのはナシだ。基本こっちの方がスペックが上だからって、乱戦に持ち込んだら何が起こるか分からん」
「……そっか。なら」
「けどな、それでも行くべきだと思うぜ」
「えっ!」
熊崎を始め、全員がどよめく。梅里と桂木が、進也を注視している。
「さっき先輩が語ってくれたが、奴らが反応するのは人間しかいねえ。まあそもそも他に動物がいねえってのもあるが……とにかく巣の中から戦力出すくらいには、奴らが真っ当に相手しなきゃいかん何かがいるってことだ」
「だがその考え自体憶測にすぎん。部隊を進行させる根拠としては足りんだろう」
梅里も、決して期待していないわけではないだろうが、人間がいると決めつけるのは早計だと忠告してくる。進也も頷きはする。
「確かにそうだが、もうひとつ向かった方がいいっていう根拠はある。神剣だ」
「……どういう意味だい?」
桂木は問いかけてはくるものの、既に巣の方角へ目線を移している。彼女も答えを悟っている。そして、ここにいる者たちも、恐らく全員が。
「奴らが戦力出してまで向かってるのは要するに、神剣使いか、あるいはそれに匹敵する何かがいるんじゃねえかってこと。それによ、さっきからこいつに急かされてるだろ? 『あそこへ向かえ』ってよ」
進也の言葉をきっかけに、全員が神剣へ目を向ける。予感や予兆、勘といったものは、本来根拠とするには薄弱すぎる。だが全員がその予兆を覚えているのならば、話は別だ。
「どっちでもいいけどな。慎重になってチャンスを逃してみるのも、根拠のねえ勘に従ってみるのも。だが攻めれば間違いなく奴らの戦力は削れる。途中で退けるかは状況次第だが、行って確かめる価値はあるんじゃねえの?」
進也は梅里と桂木の方を見る。熊崎は見るまでもない。既に乗り気のつもりで梅里と桂木に視線をぶつけている。
それでも即断はしかねるのか、梅里が桂木を見やる。だが桂木のシニカルな論調も、今回は熊崎たちの方へ傾いた。
「いいんじゃない? 結果が出せれば上等。なくても怪物の戦力は削ぐ。失敗したら、あたしらまとめて責任取るってことで」
梅里は考える素振りを見せるものの、やがて諦めたようにぼそりと呟く。
「……取る機会が残っていればいいが」
「慎重すぎない? まあ、あんたはそれでいいんだろうけどさ」
「大丈夫ですよ、梅里先輩! 全員生き残ればいいんですよ!」
熊崎が例のごとく前向きな発言ではっぱをかける。堅牢な梅里の表情が、わずかに緩んだ。
「……そうだな。その通りだ」
改めて部隊の方へ梅里が向き直る。メンバーも決意を固めた表情で見返してくる。
「これより怪物の巣へ向かう。ただしあくまで第一目標は、怪物たちのイレギュラーな動きの原因を探ること。第二に、掃討が可能と判断すればその限りではないが、全員撤退を念頭に置いて戦うこと。以上だ」
『了解!』
梅里が進也の方を振り向いて告げる。
「先陣は任せる」
「ああ」
進也は頷く。作戦がそのままなら、火付けで前に立つ予定であったのは変わりない。だがもちろん、真っ向から怪物たちとぶつかり合うことにはなる。
自部隊を振り返る。予定と変わってしまったことに緊張を見せている者もいる。進也はその恐怖を払拭するように、余裕と凶悪さを交えた笑みを向ける。
「喜べよ、お前ら。真っ先にフルコースにかぶりついていいとのお達しだ。連中の首でも胴でも手足でも、好きなところを掻っ捌いてまとめてディナーの皿に並べてやれ。デザートはねえが、その分メインディッシュが目白押しだ。食あたりを起こすなよ」
「すいません、そのノリついて行きづらいんですけど」
「しかも自分だけ火加減調節できるとか、コックが自分で自分の飯作ってるんスか?」
「冷静になるんじゃねーよ! こういうのは勢いだ! ノリの悪い奴は置いていくぞ!」
「冗談ですって。……でもすっかりこの状態に慣れてしまった」
「元の世界に帰還したら、普通の生活に戻れるんスかねえ」
「んなことは後で考えろ! 全員、行くぞ!」
『おおっ!』
号令と共に、進也たちは怪物の巣へ向け飛び出していく。




