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接触4

「お前、全部見てたな? 悪趣味にもほどがあるぞ」


 他のメンバーに聞こえないよう声を潜め、進也は呆れながら梨子を見やる。


「ひどいのはお互い様だと思うけど。ホントに折れるかと思った」


 梨子が不満げに極められた腕をさする。


「正直困るよ。いつ止めたらいいか、分からないんだもの」


 珍しく梨子も悩んだ顔で進也へ訴えてくる。

 進也としては普段通りの対応のつもりだったが、急に鹿沼が泣き出したのは予想外だった。梨子も割り込む機を逸したのだろう。七海が来たおかげである意味助かったわけだが。


「別に止める必要なんかねえだろ」

「ボクは円花や鹿沼さんが心配だから、その話は聞けないな」

「なんだ? 七海の奴に惚れたのか?」

「茶化さないでくれよ。だいたい鹿沼さんをあそこまで嫌うのはどうしてなんだい?」

「……理由なんかどうでもいいだろ」


 進也は顔を逸らす。梨子にも幼少の頃の話はしたことがない。進也が何にこだわっているかなど、知りようもない。


「その割に助けようとしてるくせに。やっぱりあれかい、鹿沼さんが好きだったりするの?」


 梨子の唐突な問いかけに、進也はげんなりする。


「どんな脳みそしてたら、んな発想が出てくるんだ。ねえよ。あれを好きになるとか、ゴキブリに求婚する方がマシだね」


 進也は梨子の顔を見ずに言い捨てた。鹿沼に限ったことではなく、他人を好きになるなどという感情を進也は持ち合わせていない。持ちたくもない。


「……なんとまあ。鹿沼さんも可哀想に」

「……おい、どういう意味だそれは」


 進也は視線を向けるが、梨子からは肩をすくめて返される。


「さあ? とにかく進也が彼女を嫌うのはいいけどさ、周りの人までその感情に巻き込むのはやめてあげなよ。助ける――いや、鹿沼さんのことをついでになんとかするっていうなら、なおさら」

「無茶言いやがる」

「ヒーローならそれぐらいの無茶はこなさないといけないよ?」

「誰がヒーローだ。俺は悪役だ。ヒーローなんてものは、熊崎の奴にでもやらせとけ」


 おかしな期待をされても困る。少なくとも進也は、自分が何でもできるとは考えていない。今の環境にしろ、鹿沼の問題にしろ、ままならないことの方がよほど多い。

 だから結果的に鹿沼の問題解決が失敗するようなら、後は気にせずに動くつもりでいる。檎台を壊して、鹿沼と七海が傷付き、話はお終い。後のことなど知りはしない。


「おーい、姫口さん。梅里先輩が集まってって」


 男子生徒が駆け寄りながら梨子を呼ぶ。


「あ、うん。……じゃあ、進也。頼むからちゃんと気を使ってあげてね。女の子は繊細なんだから」

「へーへー」


 進也の気のない返事に、梨子が苦笑しながら部隊へ戻っていく。

 残った進也は怪物の巣の方を一度見やる。こちら側に来てからどうも首筋にざわつくものがある。悪寒もそうだが、何か急かされているような、呼ばれているような、そんな気さえしてくる。

 あの巣の中に何かがいるのか、それとも――

 無意識に神剣を握り締めながら、進也は自分も部隊の方へ戻っていった。




(ああ、嫌だな)


 歩きながら梨子は胸中でひとりごちる。

 横では呼びに来た男子――確か花貝だったか――が話しかけてきているが、耳には入ってこない。曖昧に頷きながら、自己嫌悪の境地に陥っている。

 なんてことを考えてしまったのか。

「鹿沼を好きなのか」と問いかけて、進也から「好きになるはずがない」という答えが返ってきたとき――自分は喜んでいた。

 最低だ。この考え方はダメだ。いくら拙劣で制御の利かない心であっても、その感情だけは抱いてはダメだ。鹿沼にはもちろん、円花に対してだって申し訳が立たない。

 だがもっと怖いのは、その考えの根底にある感情だ。

 梨子にとっては見たくない。触れたくない。気付いていない振りさえしたくない。

 天杉進也は姫口梨子にとって最も居心地がよく、最も親しい友人で、これからもそうでなくてはならない。だから気付くことすらしてはいけない。


「――だったんだけど、姫口さんは好き?」

「え、ええっ!? す、好きっ!? 何が!?」


 梨子は思わず飛び上がりそうになる。自分の身体のどこから出たか分からないほど、うわずった声が迸った。


「……え、いや食べ物の話だけど。何が好きかって」


 花貝が訝しげに梨子を見てきた。はっとして、梨子は早口で答えを返す。


「あ、あーあー、うん。ベックオフかな。洋風肉じゃが」

「へえ、初めて知った。美味しそう」


 適当に受け答えながらまた物思いにふける。


(ダメだ。どうしよう)


 梨子は頭を抱えたくなった。そんなはずはない、そうなることはないと、必死に言い聞かせている。

 だが無理だ。梨子は自分の性質を理解している。一度火が点いてしまったものはもう元には戻らない。燃えて尽きるまでもう火が消えることはない。かつて好きだったあの子に対してそうだったように。


(……これも、君のせいだったりするの?)


 梨子は自分の神剣へ目線を落とす。

 異世界に来てからの皆の心のありように、違和感をずっと覚えている。

 進也の過剰な怒りと嫌悪。円花の覚悟を決めたようなひたむきさ。怪物に立ち向かう意志を本来持っているのかも怪しい学生たち。

 神剣を持つ生徒たちは、大人さえ信用せず自分の足で立ち上がっている。それは本当に自分の決意だけの結果なのか。

 鹿沼のように翻弄されたままの者もいる。だがいずれ彼女もそうなるのだという予感めいた確信があった。

 どうすればいいのだろう。自分の思いも、神剣のことも、この世界のことも。

神剣は主に応えることもなく、静謐な気配だけをたたえていた。

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