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転移前学校2

「あー、いたいた」


 姫口梨子は、下駄箱の付近に目当ての人物を発見し、近付いた。


「あら、梨子ちゃん? 久しぶりやねえ」


 着物の女性が朗らかに話しかけてくる。天杉佳乃。友人の男子生徒の伯母である。


「おば様、ご無沙汰してます。相変わらずお綺麗ですね」

「あら、いややわ~、そんな気ぃ使わんと。梨子ちゃんも大人っぽくなってきたわねえ」

「そんなことはありませんよ。ボク、たいしてモテないですから」

「そら周りの見る目が無いんやな。だいたい、引っ付いているのが悪い虫やからねえ」


 そう言って佳乃は扇子を持った手を横に振るった。小気味良い音を立てて扇子が横の人物の額に叩きつけられた。


「むがーっ!」


 叩かれた人物――天杉進也が抗議の声を上げる。だが口元も動きも後ろの政に押さえつけられており、その恰好はひどく滑稽だ。


「やあ、進也。楽しそうだね」


 くすくすと笑うと進也はまた抗議の唸り声を上げた。


「政さんもお久しぶりです。この前は差し入れをどうも」

「気にしないでくだせえ。いつも若に付き合っていただいているほんのご恩返しで」

「その若くんは、『こっちが付き合ってやってるんだ』って言いたげだけどね。で、なんで捕まってるんだい?」

「このアホ坊が、センセに迷惑かけたって聞いたんよ。まったく、こっちは忙しいのに問題ばっかり起こしゃあがって、この悪ガキ。こんなんが甥っ子だなんて、恥ずかしくてたまらんわ」

「ふんぐるるるっ、むぐーっ!」

「わ、若っ、どうかご堪忍を」


 肉の張りつめた音がしそうなほど力を込めて進也が喚く。政も体躯と剛力を生かして食い止めているが、さすがに楽ではないのか、額に脂汗を浮かべていた。


「ま、そろそろ戻ろうかね。いいかい、仮にもあんたはカタギなんだから、もう少し身の振り方ってもんを考えな。じゃあね」


 佳乃はそう告げ颯爽と去っていく。政も拘束を解き、梨子と進也に一礼すると、佳乃の後を追う。


「くたばれ、クソババア!」


 ようやく自由になった進也は、極められていた関節をかばいながら、遠ざかっていく佳乃へ向け叫んだ。


「あー、くそっ。気分最悪だ」


 そういう進也だが、口元を少し切っている以外に怪我はない。佳乃の剣幕からして、梨子が目撃した分以外にも痛めつけられているはずだが、頑丈なものである。


「災難だったねえ。で、一体何をやらかしたんだい?」

「大したことはしてねえよ。昨日、野球部のハゲ顧問のヅラ奪って、外に引きずり回してやっただけだ」

「うわあ、それはひどい。しかもこの暑い時期に? 怒られるのも当たり前だよ」

「うるせーな。ちゃんと返してやったよ、ハゲが汗だくのミイラみてーになったところでな。クソババアが来なけりゃ万事丸く収まってたのに、どこで聞きつけやがった」

「確かにおば様が直接来るなんて珍しいね。きっと進也を心配して見に来たんじゃないかな?」

「あのババアがそんなタマか。単に噂になるのを嫌がっただけだろ。小金握って黙らせるくらいなんだからよ」

「ま、その辺は本人にしか分からないね」


 話が区切られたところで、進也が鞄を取りに教室へ戻ろうとする。梨子はその後をついていった。


「でも、なんでまた野球部の先生なんて狙ったんだい?」

「あ? んなもん、気に食わなかったからだよ」

「そう? そういえばこの前、恭二くんが進也の家に遊びに来てたね。彼も野球部だったはずだけど」

「だから何だよ。前からダチなのは知ってんだろ。家に来て悪ぃのか」

「そんなことは言わないけどさ。ボクが遊びに来た途端に恭二くんを帰してたよね。あれはなんで?」

「そりゃお前、恭二にも都合ってもんがあんだろ。だから帰った。そんだけだ」

「ふうん。ところで話は変わるけどさ。この前、野球部の練習で熱中症の生徒が出たんだって」

「……へえ、そりゃご愁傷さま。あっつい中、棒切れなんぞ振り回してるからそんな目に遭うんだ」

「おやおや。恭二くんの目の前で同じ台詞を言えるのかな?」

「うるせえな。だいたい野球部の事情なんぞ俺の知ったことじゃねえよ」

「知らないのか、そうか。じゃあ話さなくちゃね。で、その倒れた部員のこと、恭二くんずいぶん気にしたらしくてね。一年の子だったから、なおさらひどい目に遭わせちゃったことがショックだったみたいで」

「へー、ほー。変なとこでナイーブだな、恭二の奴も」


 進也はいつもの口調でそう答えるが、うんざりとした感情が顔に出ている。梨子が何を言わんとしているのか、察しているようだ。


「進也と違って繊細なんだよ。それで後輩の子のとこに何度もお見舞いに行ったり、練習時間やメニューの見直しを提案したり。それから顧問の先生にも直接掛け合ったって」

「暇なやっちゃな」

「なかなかできることじゃないと思うけどね。でも残念なことに、顧問の先生は練習の見直しはしてくれなかったんだって。どうしてだと思う?」

「脳みそが腐ってたんだろ」


 阿吽のように返された答えに梨子はちょっと可笑しくなった。


「まあ、あながち間違ってもないね。『熱中症は病気じゃない』って言われたそうだよ」

「そりゃ傑作だ。考古学者を呼んだ方がいいぜ。手ぶらで化石が発掘できる」

「恭二くんはちゃんと筋道立てて説明はしたそうなんだけどねえ。お医者さんからの説明書きももらってきたらしいし」

「誰がどう説明しようが、知らねえことは知ったこっちゃねえってスタンスなんだよ、その手の奴らは。身体で分からせなきゃ改善するわけねえだろ」

「その結果が、カツラを奪っての追いかけっこ?」


 梨子が確信を持って尋ねると、進也は肩をすくめる。


「だから知らねーよ、野球部の話なんざ。バレバレのハゲを隠してるから、からかってやったんだよ。ハゲなら堂々とハゲと名乗れや」

「まったく素直じゃないねえ。というか、進也は熱中症、大丈夫だったのかい?」

「そんなヘマするわけねえだろうが。小型の冷風機と冷却シートと、逃げ道に凍らせた飲み物完備しといたからな。向こうだけどんどんへばっていくざまは最高だったぜ」

「性格悪いなあ、本当に」


 仮に本気でからかうためだけだとしても、よくそこまでやるものだ、と梨子は苦笑する。


「それで結局練習の見直しは通ったの?」

「何故だか知らんが、ハゲが土下座して鬱陶しく頼み込むから聞いてやったよ。ヅラ返す代わりにな」

「そう。恭二くんたちも喜ぶね」

「だから関係ねーっつってんだろ」


 あくまで自分勝手を装う進也に、梨子はまた笑う。

 二人は教室へたどりつく。進也が鞄を手に取ったところで、スマートフォンの音が鳴った。梨子のではなく進也の物だった。


「――チッ」


 スマートフォンの画面を見た途端、進也が思い切り舌打ちをした。


「どうしたんだい?」

「うるせえ。先帰れ。野暮用だ」

「野暮用って……もしかして鹿沼さんの? あっ、ちょっと進也っ」


 梨子が止める間もなく進也は教室を出て行った。

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