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接触3

 夜が明けた。

 七日目の朝、部隊は怪物たちの巣へと向け進行していた。

道を確保している梅里部隊を先頭に、進也と熊崎の部隊、最後尾に桂木の部隊が続く。

 各員の士気はまずまずと言ってよかった。点在する怪物たちの襲撃に関しては初日を除き、すべて被害なしに渡り合ってきた。自然、今回も勝てるという自信を全員が備えている。出立前に激励をした紅峰の表情にも、部隊への不安は一切現れていなかった。

 その分、調子づいて思わぬミスをしないかという懸念もあるが、熊崎を除いてどの部隊も飴と鞭の鞭を振るう方のリーダーだ。メンバーは精神的な余裕はあれど、油断を無闇にのぞかせる者はいなかった。


「いやあ、なんていうか緊張するけど、ワクワクして来た。こういうの、いいよね? ね?」

「はしゃぐな、みっともねえ」


 気さくに話しかけてくる熊崎を進也は軽くあしらう。熊崎だけは相変わらずで、逆にこの鞭だらけの部隊の中、唯一飴となってバランスを取っていると言っていい。リーダー同士が険悪でないことも手伝い、探索班と防衛班の入り混じる中でも、メンバーたちはお互いの信頼を築き合っていた。

 先行している梅里隊が一度停止するよう合図を送ってくる。まだ怪物の巣は肉眼で確認できないが、近づきすぎた上での準備はリスクが高い。ここで一度、怪物たちの巣へ用いる火種の作成へと入る。

 あらかじめ揃えておいた油や木材、藁や縄などを下ろし、火がよく燃え上がるよう組み合わせていく。巣まで持ち運ぶ手間があるため、あまり巨大な規格にはせず、個数を増やしていく。

 進也ももちろん作業に取り掛かるが、縄の結び目を作るのが上手くいかず、なかなか捗らない。


「それじゃ解けちゃうよ?」

「うるせーな、こういう細かい作業は苦手なんだよ」


 熊崎に指摘され、進也は悪態を吐く。


「あはは、じゃあ俺が多めに作っておくよ。貸して」

「いいっての。ノルマくらいこなすわ」

「そのままにして、攻略の可能性が下がることの方を危惧するよ、天杉リーダー」


 進也は、笑顔のままわざとらしく言ってくる熊崎に同意せざるを得ず、残りの材料を投げ渡す。


「悪い、頼んだ」

「気にしないでいいって」

「ついでだ、先に巣の様子を見てくる」

「りょーかい、こっちは任せといて」




 皐月は手持無沙汰になっていた。というのも、予想より早く自分の作業が終わってしまったからだ。

 本来の自分の非力なら一番遅れてもおかしくないのだが、今は神剣の影響で人並み以上の力になっている。それに合わせて小手毬の元での手伝いの経験や、元々の手先の器用さが発揮され、あっという間にノルマを達成してしまった。

 リーダーの熊崎へ報告すると、こちらが恥ずかしくなるくらい大げさに皐月を褒めてきた。そしてこの後どうするべきかについてもすぐ答えてくれた。


「今は小休止扱いだし、好きにしてていいよ。他の人の手伝いでもいいし、巣の様子を見に行くのでも」


 迷った末、皐月は円花がいる梅里の部隊の方へ向かった。彼らは岩陰を利用しながら双眼鏡を使って巣の様子をうかがっている。


「……あ」


 思わず声を上げる。あの人が、いた。

 天杉は他と同じように双眼鏡の倍率を変えて、遠方の巣を注視している。ただそうして佇んでいるだけの姿のはずなのに、皐月の目にはひときわ強い存在感を放っているように見える。背中は広く鍛えあがっている一方、ルーズに着崩した服から垣間見える体のラインはあくまでシャープだ。皐月が知っている男性というものとはある種別の生き物、獰猛だが美しい肉食獣のようにすら感じさせる。

 皐月ははっとして我に返る。自分は何を考えているのだろう。天杉に対してはいつも視線を合わせることすら出来なかったため、こうしてまともに姿を見るのは初めてだった。だからと言って、見惚れることはないだろう、と己に呆れ返る。


「……あの」


 声が震える。こちらからまともに話しかけるのは初めてだ。防衛部隊で結束している間は、どちらも自部隊や仕事のことで忙しかったため、話す機会などほとんど得られなかった。

 天杉が振り向く。途端、彼の目線が嫌悪に満ちたものに変わる。

 委縮してしまう。天杉にとっては、自分はまともな人間として映ってはいないのだろう。きっと当たり前の話だ。こんな汚れた、卑しい自分を普通に見るはずがない。

 何か言葉を口にすることもできずにいると、天杉は皐月を無視してふいと視線を巣の方角へ向け、観察に戻った。話しかけるなということだろうか。


「……何かあんなら早くしろ」


 背中を向けたまま、不機嫌な声で告げてきた。皐月は身が引き締まる思いだった。とても怖くて厳しいが、皐月にとってはそれでも、円花と同じ優しい相手だった。

 周囲には他の生徒もいるため、若干言葉を濁しながら、檎台がしばらく皐月に構うことはない、という旨を伝える。


「あっそ」


 やはり興味なさげに天杉が答えた。


「で、そんだけか?」

「……あ、はい」


 皐月が頷くと、天杉は大きく嘆息して振り返った。


「お前さ、自分がどれだけ意味のねえことしてるか、いい加減自覚しねえのか?」

「……え?」

「今の話で分かったことってのは、お前が間抜けに尻尾をつかませましたってことだけだ。こっちに有利な話はひとつもない」


 嫌悪感など通り越した無関心な目で天杉は皐月を見てくる。


「お前、いる意味がねえわ」


 身が斬り裂かれるような思いだった。

 突きつけられた言葉は残酷で、だけど真実だった。

 こちらの世界に来てから、ほんの少しでも役立てていることがあると思っていた。熊崎たちと共に、拠点を作り上げ、畑を作ったこと。小手毬の元で、いまだ立ち直れない者たちを励ましたこと。今もこうして、他のみんなと協力し、怪物に立ち向かおうとしていること。

 どれも結局は意味の無いことだ。天杉や熊崎、他のリーダーたちのように、あるいは他の学友たちのように、自分が彼らより優れ成し遂げたことなど何ひとつとして、ない。

 涙があふれてくる。声も上げられず、瞳から静かに涙の粒が零れてくる。

 ――願ってはいけない。この人は、物語の王子などではない。自分を都合よく助けてくれる存在ではない。そんな身勝手な思いを託してはいけない。


「……皐月っ」


 近付いてくる気配。円花だ。様子のおかしい自分の姿を見つけてきたのか。

 円花は駆け寄ると、皐月の背中を支えるように手を添え、ハンカチを差し出してくる。そして天杉の方をきっと睨みつける。


「……いい加減にしなさいよ、アンタ」


 怪物の巣のこともあってか声は抑えているが、円花は怒りに満ちた表情で神剣を抜き放った。


「ま、円花ちゃん、やめてっ」


 親友を制止しようとする皐月だが、逆に円花にその背へとかばわれる。


「何でこっちのせいにしてるのか知らんが、話しかけてきたのはそいつだ」


 既にまたこちらを見ていない天杉が、事実を放り投げる。だが円花には意味を成す言葉ではない。


「ふざけないで。梨子もあんたに言ったはずよ。こんなことやめなさいって」

「頷いた覚えはねーよ。……しかしまあ、お前もお前でここまで外してくると、わざとやってんじゃねーのって思えてくるわ。違うのは知っているが」

「何の話?」

「別に。バカと無能のコンビで幸せそうだなって感想」

「……いつも思うけど、どうしてそう人のことをバカにできるわけ? 言ってる自分はそんなにご立派だと思ってるの?」

「んなわけねーだろ。だが俺が仮に立派だろうがクズだろうが、お前をバカだって批判できない理由にはならんね。事実なんだからよ」

「……ああそう。やっぱり根本的に合わないわ、あんたとは。梨子も何でこんな相手を友達だと思っているのかしら。あの子が可哀想よ」

「本人に聞けよ」

「呼んだ?」

「うおっ!?」


 声と共に姫口が天杉の隣に現れる。手品のような神出鬼没に、皐月は混乱と驚愕を一度に味わった。


「ちょ――梨子っ? あなた、いつからそこにいたの?」

「何か言い争ってたから、なんとなく来たのだけど」

「嘘つけコラ」

「はっはっはっ。それより進也、女の子を泣かせるのは感心しないよ」

「知るか。勝手に話しかけられて、勝手に泣かれてんだ。迷惑してんのはこっちだ」

「まーたそういうこと言う。ごめんね、二人とも。進也は根本的に子供だから、すぐワガママばっかり口にするんだよ」


 姫口は天杉を指差しながら言った。皐月からすれば、命知らず以外の何物でもない行動だ。


「うるせえ、誰が子供だ。あと騒ぐな、口閉じろ。邪魔するなら先にお前らだけ巣の中に放り込むぞ」

「そんなことしたら作戦が台無しだろう。出来ない脅迫をされても、ちっとも怖くないね――ん?」


 天杉が振り返り、姫口の腕をつかむ。姫口が「え、ちょ」と狼狽した様子で腕を外そうとする。本気で前線へ放り出すつもりなのかと思ったがそうはならず、天杉は姫口を腕ごと強く引き寄せると、そのまま関節技を極めた。


「ぎゃあああああ!? 折れる折れる!? 待って待って待ってやめて!?」

「やっかましい!」


 そのままぎりぎりと極め続ける。しっかりと足まで絡めて捕らえており、姫口は逃げようがない。

 助けたほうがいいのでは、と思って円花の方を見上げるが、彼女もどうしようと言いたげに皐月を見返している。

 このままだと怪物たちが異変に気付く恐れもある――その危惧を読んだのかどうかは知れないが、突如天杉の顔が思いっきりのけぞり、手を離して後方に倒れ込んだ。

 何が起こったのか。遅れて、上から何かが落下してきた。手のひらに収まるか収まらないか程度の大きさの石片だ。

 理解が追い付かないでいる皐月たちの元に、桂木が姿を現す。


「うるさい」


 天杉以上の威圧感でその場の全員を黙らせる。というか、桂木があの石を天杉へぶつけたのだろうか。死んでいないのだろうか。

 幸いにも天杉はすぐに跳ね起きた。桂木の姿を認めると、額から血を流しながら声にならない声で文句を付けている。


「ガキみたいな真似してるんなら全員風穴開けるからね。まともにやりな」


 桂木の圧力に、天杉も渋々といった様子で矛を収める。それでも隣の姫口のことは睨んでいるが。


「……何かあったのか?」


 いつの間にか梅里もやって来ていた。

 皐月は他のみんなは悪くないことをどうにか説明しようとするが、その前に天杉が姫口を指差しながら言う。


「何でもねえよ。コレと遊んで騒ぎすぎただけだ」

「コレ呼ばわりしないでくれるかな? いやあ、ごめんなさい」

「後で罰則ね。内容は……帰ってからでいいか。忘れるんじゃないよ」

「あ……」


 口出しする間もなく話は済んでしまう。天杉も姫口もいったんその場から離れていく。

 去り際、姫口が皐月と円花の二人に対して謝るような仕草をした。何も謝る必要などないのに。優しい人だ。

 残った円花も、皐月をいまだかばいながらリーダー二人へと頭を上げる。


「すみません、梅里先輩。桂木先輩も」


 皐月もすぐに続けて二人へ向けて謝る。


「す、すみませんでした」

「皐月はいいのよ。悪いのは天杉なんだから」


 円花は気遣うように言ってくれるが、そうではないと否定したかった。


「……あんたら天杉と仲悪いの?」

「そうなんです。前から皐月に対してちょっかいかけてきて。梨子にもやめさせるようには頼んでるんですけど、あいつ無視してるみたいで」


 桂木は円花の言葉を聞いているのかいないのか、冷めた目線で皐月の方を見てくる。


「あ、の」

「……ふうん」


 桂木は皐月に対して興味が無さそうだった。改めて円花の方を見やり、告げる。


「ま、仲良くしろとは言わない。ただしあんたも突っかかるのはよしな」

「待ってください。私はただ皐月が心配で」

「じゃあ、あたしや天杉じゃなくてその子に直接言いなさい。もう近付くなって」

「え……」

「あ……そ、そうですね。うっかりしてました」


 気恥ずかしそうにしながら円花が納得する。


「皐月、今度からあいつに近付かれたら私か梨子をすぐ呼びなさい。天杉に何言われようと、皐月が聞く必要はないんだから。いい、近づいちゃダメよ?」


 円花が皐月の肩を強くつかんで言った。円花の中ではやはり、天杉が脅してきているように映っているらしい。

 違うのだと訴えることはできる。だがそうしたら「何故?」と問われるのは目に見えている。それに何より――自分が助けられる必要など、きっとない。


「……うん」


 円花へ頷き返す。親友は安心したように微笑んでいる。

 桂木は無言で踵を返し、後方の部隊へ向かっていった。梅里も同じように、怪物の巣の監視へと戻る。

 これでいい。そう思うしかない。少なくとも異世界にいる間は、檎台の陰に怯えずに済む。だからこれが最良なのだ。

 誰かに自分の身勝手な望みを預けるなどということは、間違っているのだから。

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