接触2
六日目の夜。
見回りにやってきた進也たちが教室のドアを開ける。中では服をはだけた生徒のカップルが抱き合っていた。
「うわっ、わわっ!?」
「ちょ、ちょっと何!?」
男女の両方が慌てて服を直す。見つかった時点で、隠そうとしても手遅れなのだが。
進也の後ろについてきた松永時哉と合歓垣来夏の動揺する気配が伝わってくる。
「あああの、す、すいません先輩、ここは任せました……!」
「あ、おいこら時哉!」
真っ赤になった時哉が、制止する間もなく教室から離れた。
「ウチも二抜けで」
「テメエ、来夏待てコラ! 少しは手伝え!」
同じく来夏も進也に押し付けて逃亡していった。見回りに来ている自覚の無い部下たちである。
仕方なくカップルの方を振り返る。無論、進也の不快指数は激高だ。不機嫌なこちらの反応を見て、男女は思わずぎくりと身体をこわばらせている。
「あのなあ……ふざけてんのかお前ら」
「あああの、すみません、どうか見逃して」
進也は脅し代わりに近くの机を叩き斬った。無残な残骸が床に散らばると、恐怖を増した男女が平謝りを繰り返してきた。
進也は蹴っ飛ばしてやりたい衝動を押さえながら注意をする。
「猿みてえに盛ってんじゃねえよ、クソバカども。お前らのせいで他の生徒から苦情が来てんだよ。『変な物音がする。怪物かもしれない』ってよ」
「え、あ……」
男女は今さら気が付いたような反応で顔を見合わせている。
「分かるか? 分かるよな? こっちの仕事を増やすんじゃねえ。しかもここは異世界だぞ? ろくに薬もねえのに、性病やガキ作ったらどうなるか分かってねえのか? いいか、また見かけたら燃やすぞ」
進也の言葉に、カップルはすぐさま頭を下げた。
「すすすみません」
「ご、ごめんなさい……だからこんな所じゃ嫌だって言ったのに」
「しょうがねえだろ、他に場所ねえんだからさあ」
「だったらこんな時に誘ったりしなきゃいいじゃないのよ!」
「お前の方だってノってただろうが!」
進也は舌打ちして、カップルの間に熱閃を通り過ぎさせる。
一瞬遅れて二人は腰を抜かし、その場にへたり込んだ。
「……いいか、聞こえてねえんだったらもう一度言うぞ。仕事を増やすな」
カップルは今度こそ黙って首を縦に振った。
「お前らには楽しい労働奉仕の罰だ。ヤれる暇なんか与えないくらい働かせるからそのつもりでいろ」
言い捨てて進也は教室を出る。去り際、また教室から言い争いが聞こえた気がした。あの様子では結局、忠告も無駄になるかもしれないと思うと、疲れたため息しか出なかった。
廊下の角で待っている時哉と来夏に合流する。どちらも引きつった笑顔で進也の方を見ている。
「い、いや~、さすが先輩、助かったっス」
「ら、来夏ちゃん……! あの、先輩、俺たちにああいうのはちょっと」
進也はとりあえず無言で二人の頭にチョップをかました。
「ぐああっ」
「頭が割れるぅ」
二人が一通り悶えたところで進也は口を開く。
「お前らな、少しはああいうのに慣れろ。俺がいない時に会ったらどう対処すんだ?」
「そ、それを言われるとそうなんですけど」
「男女の営みごとにそこまで首突っ込む勇気は普通ないっス」
「単にお前らが経験ないからだろ、それは」
「うぐっ!?」
「言葉のナイフがひどい! あとセクハラっすよ! そういう自分はどうなんスか! ……ってダメだ、この人毎日とっかえひっかえしてそう」
「人をケダモノみたいに言うな」
進也は伸びてきた手の爪をうっとうしく感じながら言った。
「ケダモノの方がまだ……あ、いや」
「いい度胸だな、時哉?」
「さらばトッキー。君の勇姿は忘れないっス」
「ちょ、来夏ちゃん!? ちち違うんです天杉先輩!」
「あ、あの~、終わりました?」
時哉たちの後方から、ひとりの女子生徒が近付いてきた。今回、進也たちへ陳情をしてきた生徒である。
「ああ、もう大丈夫っスよ。怪物じゃなかったっス」
「そうなの? それは良かった。でもじゃあ、何がいたの?」
「単にセックスしようとしてた連中がいただけだ」
「セッ……!?」
「言葉を包めえ! このクソリーダー!」
「隠しとく方が面倒くせえだろ。なんなら他の連中にも忠告しとけ。ヤるのは勝手だが病気になっても知らんぞ、と」
「あ、あはは~……一応みんなにも伝えておく」
「まったくデリカシーゼロなんスから」
「そうゆうのはな、余裕のある環境で配慮するもんだ」
「……まあ確かに今さらっスね。こっち来てからだいぶ女子らしさとか失われてるし。着替えもロクにないし、水が使えるとはいえ、汗臭いのにも慣れてきちゃったっス」
「毎日土いじりに訓練漬けだしね……」
「神剣使いの人たちは大変ねー。あ、そうだ。これ良かったら食べて」
言って、女子生徒がクッキーを進也たちへ差し出した。
「え、もらっていいんスか?」
「うん、今回のお礼」
「これ、どうしたんですか?」
「私の私物で取っておいたやつ。盗んできたとかじゃないから安心して」
「それなら安心っスね。ありがたくいただくっス」
「どうもありがとうございます」
「お礼を言うのはこっちよ。あなたたちに相談してよかった。天杉くんも、怖い人かと思ったらちゃんと話を聞いてくれたし。やっぱりこういう状況で頼りになる人は、器が違うのね」
「…………」
「ねえ、せっかくだから私たちのところに遊びに来ない? 色々と話を聞きたいし。特にこの部隊は女子から評判が高くて話題に」
「――行くぞ、時哉。来夏、クッキーはお前が持て」
進也は時哉の首根っこをつかんでさっさとその場から離れる。
「えっ、ちょっと――」
「え、なんスかもう……あ、それじゃ、ウチらはこれで」
「あ、うん…………ちっ」
「ちょっとー、女子に手荷物持たせるのはひどくないっスかね」
進也の後をついてきながら来夏が文句を言った。
「あの、先輩……その前に何で引っ張って」
「お前ら、さっきの女見てどう思った?」
「……へ? どうって、優しい先輩だったじゃないっスか」
「俺も来夏ちゃんと同じこと思いましたけど。お礼までわざわざ用意してくれましたし」
「あーうん。やっぱ普通はそう映るのな」
進也の目には、女子生徒がただ親切だったのではなく、明らかに違う意図を含んでいたことがありありと伝わってきた。
「何か企んでたってことスか?」
「え、そんなまさか……」
「この学校の中じゃはっきり序列が決まってる。狡い連中は、誰に取り入ったらいいか、もう学習し始めてるんだろ」
「え、ええっ!?」
「うわ……そういう話っスか。じゃ、あの人もウチらを取り込もうと?」
「主に俺と時哉の方だな。異性の方が色々とやりやすいからな」
「え……で、でも俺はさすがに天杉先輩みたいな実力ないですし、メリットなんてないんじゃ?」
「神剣使いって時点で優遇措置は取られてる。食べ物なんかは他より優先的に回されてるし、休む場所も基本俺らが真っ先に使う。もちろん率先して働いてる対価なんだが」
「それとあの人たちに何の関係が?」
「あのなあ……じゃあお前と来夏のどっちかが神剣使いじゃないと仮定してみろ。お前、来夏に対して自分の物は分けないか? 優しくはしないか?」
「う、あ、え、えーと」
「トッキー……トッキーがそんな薄情だったなんてウチは悲しいっス」
「えええあああもちろんそれはそうします! しますけど! ……あ」
「……まあとにかくそういうことだ。まだ少ないが、考え出している連中はいるってことだ。気を付けとけよ」
「わ、分かりました……」
「怪物だけでも厄介なのに人間関係でも気を配らなきゃいけないんスか」
「始めっからそうだろ。食いもんにはまだ余裕があるとはいえ、肥溜みてーな環境には変わりねえ。みんなすがるもんを欲しがり出してるんだ。さっき盛ってた連中も、似たようなもんだな」
「人が恋しくなってるってことスか」
「うーん、俺たちはあんまりそんなことない感じですけど」
「……俺らは時々怪物どもを狩ってるからな。その辺ストレス解消になってるんだろ」
「いや、そりゃアンタだけっス」
怪物たちの巣は南方の山岳以外にも、学校の周辺に小さいながらも点在していることが、これまでの調査で判明している。
各部隊は、巣よりやってくる怪物たちの襲撃から学校を守り、あるいは逆に討伐へ向かい、六日の間にわずかながら戦闘の経験を蓄積していた。
「結局さっさと人と接触しねえことには、先がねえな」
「不吉なこと言うのやめてくださいよ……」
「北の方も空振りだったし、本当に要るんスかねえ、人間なんて」
「実際、人間がいない世界ってのも十分あり得る。そうなったらマジでここで文明興すしかねえな」
「ひどい異世界転移もあったもんスね……」
「まあ、それも全部、怪物どもの巣を叩いてからの話だがな」
「いよいよ明日っスか」
「大丈夫かなあ……」
二人が不安そうな声を上げた。
進也の部隊は、南方の巣の討伐隊に決定している。戦闘能力の高い部隊を向かわせようという方針で、桂木、天杉、熊崎の三部隊、さらに道案内を行う梅里部隊を加えて計四部隊が向かうこととなっている。
「安心しろ。基本的に今までと同じで直接戦闘する場面は少ないはずだ。火責めや水責めが使えるからな」
「まともに斬り結ぶ案がリーダーたちから一個も出ないってどういうことなんスかね……」
怪物たちは頑強だが、それ以外の手段で死なないわけではないし、無敵でもない。既に死体を解剖して肺呼吸であることは判明している。大半の巣は直接ぶつかり合わずとも殲滅できた。
「熊崎先輩なんかは真正面から戦いそうだと思ってたんですが」
「戦略ゲームの感性なんだろ。こっちの損失減らすのが重要だっつー話で納得してたからな」
「意外と柔軟っスね。……そういや、熊崎先輩はハニートラップ大丈夫なんスかね?」
「……割と気にはなるが、あいつ天然だからなあ。下手に教えるよりそのままの方が引っかからないんじゃねーかとは思ってる」
「ああ、何か無自覚に恋愛的好意をスルーしそうっスもんね」
「他の先輩方は……どれも効きそうにないですね。護くんもあの人たちがガードしてるし」
「何かそれはそれでつまんないっスね。ひとりくらい引っかかる人いないんスか」
「お前は何を言っているんだ。問題の種になるようなことなんざ、これ以上一ミリもいらねーよ」
「他人の恋愛事って興味湧くじゃないっスか!」
「知るか。恋だの愛だの、俺にはどーーーでもいいわ」
「天杉先輩がそんなこと言ったら、姫口先輩が可哀想だと思うんですけど」
「……何でそこで梨子が出てくるんだ」
「お、言わせるんスか?」
「あのな。お前ら何回説明したら納得するんだ? あれは恋人じゃねーの。他人。無関係。面倒臭い女。いいな?」
「そんなこと言って、また隠れて襲撃されても知りませんよ……?」
「そう毎回毎回食らってたまるか。というか時哉。お前さっきのケダモノ発言、俺は忘れてねえからな?」
「え、いやあの……ちょ、ちょっと俺ひとりで見回りに」
「許すと思うか?」
「ま、待ってください! ら、来夏ちゃん助けて!」
「哀れトッキー。あ、クッキーうま」
ぼりぼりと菓子をむさぼる音に混じって時哉の悲鳴が響いたことは言うまでもなかった。




