接触1
甲冑を身にまとった兵の一団が、山の峰を横行している。
先導しているのは神剣を携えた女性だった。
女性は他の兵たちと違い、甲冑をまとわず軽装で山に挑んでいる。時々振り返っては檄を飛ばし、進行が遅れないよう兵たちを統率している。
兵士たちも女性の命令を守るように一丸となって峰を歩く。
「うわっ!?」
列の中ほどにいた兵士のひとりが、足を滑らせ落下しかける。幸い、身体が崖からはみ出すことはなく、同僚の兵士たちに支えられて崖際から離される。息も絶え絶えのまま、甲冑の兵たちは岸壁に身を預けている。
「……全隊、一時停止。小休止とする」
女性も見かねて兵たちに通達する。すぐさま伝令が一団の後方にも命令を告げに行った。
ほっとした様子で腰を下ろす兵たちに対し、女性は深くため息を吐いて、決意したようにかっと口を開いた。
「何で貴様らは鎧を着て山に登っているんだ!?」
突然の叱責に、兵たちは皆うろたえる。
一団がざわめく中、一人の兵士が恐る恐るといった様子で手を挙げる。
「しかしノア殿。甲冑は騎士の誇りと言います。王国の兵として恥じぬよう、此度の作戦でも無闇に誇りを脱ぎ捨て去るような真似は」
「たった今落ちかけたことを忘れているのか!? 引き上げるのも大変なんだぞ! いちいち足は止まるわ、人手はいるわ、縄は使うわ! おかげで予定の半分も来ておらん! そもそも息を切らしながら登ってる時点でおかしいと思え!」
ノアと呼ばれた女性は一気にまくしたてたが、兵たちは「そんなこと言われてもなあ」と顔を見合わせており、まるで緊張感が感じられない。
怒りに打ち震え、ノアはもう一度彼らを叱責にかかる。だがその拍車に待ったがかかる。
「まあまあ、ノア殿。聞けば彼らはこれが初の任務であるそうですし。どうぞもう少しだけお手柔らかに」
一団の中から、花の紋様をあしらった儀礼服に身を包んだ、壮年の男性が歩み出てくる。男性は優し気な笑みを浮かべてノアをなだめてきた。
「カメーリア殿。お言葉は分かりますが、兵たちの不手際を正すのは神官殿ではなくこちらの役目。不躾な言い方で恐縮ですが、口出ししないでいただきたい」
壮年の男性、カメーリアはノアの物言いにも笑顔を崩さず、鷹揚に頷いてみせる。
「もちろん、私如きがストレーミア王国の兵に、まして神剣を賜った騎士であるあなたに意見するというのは出すぎた真似でしょう」
謙虚に言い募るカメーリアへ、ノアは慌ててかしこまる。
「いえ、そのようなことは……普段、カメーリア殿には私も王女殿下もご助言いただいている身。感謝の念こそあれ、軽んじるなどということはありません」
「そのように思っていただけているならば身に余る光栄ですな。とはいえ、今回の調査に関しては、いささか私の知恵も役立つとは思えませんが……」
カメーリアが難しい顔をして山頂の方角へと視線を向ける。ノアもつられて山頂を――正確にはその山向こうにあるはずの地へと目を向ける。
「六日前、でしたか。ノア殿が神剣の奇妙な共鳴を感じ、王女と共に異変を目撃したというのは」
カメーリアの言葉にノアは静かに頷く。突如として神剣から、主である自分へと一種の衝動のようなものを伝えられ、急ぎ高所から周囲の風景を確認しに行った。ちょうど一緒にいた王女にも、異変の光景を確認してもらった。
王国では見捨てられた地として伝わっているはずの連峰地帯の方角の空に、奇妙な光の出現を目撃したのだ。
あれを世迷言だと断じる者も多かったが、王女はノアに同調し、直々に調査を命じた。
同行する人員に関してはノアの手配が上手くいかず、新兵ばかりの集団となってしまったが、ともあれこうして目的の地までようやく近付きつつあった。
ノアは神剣を握り締めながら呟く。
「この地の先に、一体何があるというのか……」
「さてそれは行ってみるまでは分かりませぬな。私たちでは見通すことの出来ない女神のはかりごと。できれば幸運な出会いがあることを祈るばかりです」
「……確かに、カメーリア殿の言う通りですね。……というわけでお前たち! いいから甲冑は捨てて行け! これ以上ぐずぐずと登っていては埒があかん!」
「ええ、そんな横暴な」
ノアの発言に兵士たちは再びどよめき、子供のように不満を零し始める。
収拾のつかなくなりそうな事態に、カメーリアは困った顔をしながら両者へと呼びかける。
「ノア殿、落ち着いて。あなた方も、調査が終わったらいずれ王国には帰還するのですから、甲冑はその時に回収していかれるとよろしいのでは? ひとまずはここに置いておくということで」
「おお、それは名案ですな!」
「さすが神官殿だ!」
カメーリアの言葉に感心した一同は、わっと一斉に甲冑を脱ぎ出していく。その光景を、ノアは忸怩たる思いで眺めている。
「何故そうも私の言うことは素直に聞かないのだ……同じ道を帰って来るとも限らないのになあ」
「苦労をお察ししますよ騎士殿」
カメーリアもただただ苦笑し兵士たちを眺めている。
やがて装備を整え終わったところで一団は進行を再開し、まだ見ぬ地を目指して山頂へと向かった。




