表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
26/130

灰に砕いて燃え出ずる

「やめて、やめてよ母さん、お願いだから」


 泣きながら懇願する。だが意味などない。

 母は恍惚とした表情で、自分に父の顔を見ている。父の名を呼びながら、 子供の自分に身体を抱かせている。


「父さん……母さんが……ねえ、お願いだよ」


 父は自分を見ない。ただ濁った眼を向けてくる。

 母のことも自分のことも顧みず、どこかへ行ってしまう。

 そして母が寝静まるまで帰ってこない。


「愛しているのよ」


 嘘を吐くな。


「クズめ」


 そう思うなら、なぜ何もしない。


 どうして、自分がこんな目に遭わなければならない。


 どうして、お前たちの思い通りになんてされなければならない。


 どうして、愛なんて物で、自分も、両親も壊れなければならない。


 気に食わなかった。


 愛に狂った母、愛することを放棄した父、何もできずにただ意志を押し潰されていく幼い自分。


 何もかもが気に食わなかった。


 だからすべて壊した。もうこれ以上、壊れないように。


 血塗れの両親が倒れている。血の海の中に、自分は座り込んでいる。


「あはははは、あははは、はははは」


 簡単だった。

 愛なんかで人が壊せるのだから、子供の力でだって人は壊せる。

 二人は、自分が八歳の子供に壊されるなんて微塵も考えていなかった。

 壊れる直前になってようやく気付いてぎょっとしていた。


「はあははは、うふふふ、あははは」


 火を点ける。

 煌々と火が燃え上がる。

 血よりも濃く赤い炎が部屋を舐め広がる。


 自分も壊れていた。

 当たり前だった。

 両親に壊されたのだから。

 壊れた物は元には戻らない。

 だからこうして笑っていられる。

 二人を壊しても何も悲しくない。

 ぬるぬると赤い液体が自分の頬を伝っていく。

 二人の血だ。

 おかしくてたまらなかった。


 火が何もかも染め上げていく。

 自分もこのまま壊れていくのだろうと思った。

 けれどそうはならなかった。

 火に巻き込まれる直前、伯母が自分を助けてしまった。

 すべてを壊しても、思い通りに行くわけではなかった。


 生き残った後も同じように壊し続けた。

 理不尽に抑圧してくる物が気に食わなかったし、そうされなければいけない無力さなど、二度と味わいたくなかった。


 伯母はそんな自分を毎回厳しく叱りつけてきた。

 既に歪んで壊れたものを、それでも真っ直ぐ正常に引き戻そうと、無駄な努力を続けた。

 無論、その度に自分は反発し、反抗した。

 たとえ伯母が本気で自分に愛情を向けていたのだとしても、自分にはそれを受け入れる気も、愛し返す気も一切起きなかった。


 世の中の人間は、思った以上に抑えつけられることを受け入れる者が多いようで、しかもそれが、彼らにとっての『普通』の在り方だった。

 誰も彼も、見ただけで、本来の自分と、それを閉じ込めている自分がいることが分かる。

 最初は理解し難かった。

 だがそうして抑えつけて生きていかなくては、大半の人間同士の関係は成り立たないのだ。


 皆つまらないことをしている。

 どうせ生きるのなら思い通りに、面白くできる方がいい。

 そう感じるのに長い時間はかからなかった。


 ある日、女子に告白しようとしている女子生徒を見かけた。

 よくもまあ他人を好きになろうなどと思えるなと、せせら笑いながらも、自分には持てない感情を持っている彼女たちのことを羨んで眺めていた。

 せっかくだから告白が成功するかどうかをひとり遊びとして賭けてみた。


 結果は――外れだった。

 まあそういうものだろうと思った。

 別に女同士だからなどとは関係なく、男女であっても男同士であっても、好き合わないなら成立はしない、それだけの話だ。


 ただそれだけでは終わらなかった。

 振られた女子生徒の方を見て分かった。

 相手に「おかしい」と言われたせいなのか、女に告白する自分というものを今まさに投げ捨てようとしていた。


 バカじゃないのか。

 そう冷笑して立ち去ろうとした。

 だがうまくいかなかった。

 何かが気に食わなかった。


 他人にねじ伏せられて、自分を壊そうとしているその姿が、とてつもなく気に食わなかった。


 つまらない。

 だから壊してやる。

 自分を捨て去ろうなどというそのバカな考え方を。


 またある日、別のバカに出会った。

 他校の不良生徒たちにもてあそばれている野球部員だった。

 彼は他の部員をかばって手出しもせずにサンドバッグになっていた。

 漏れ聞こえる会話を総合すると、不良たちはライバル校の野球部員を潰しに来たということらしい。

 いつの時代だよと思いながらも、大っぴらに殴り合えそうなので参戦した。

 だが肝心の野球部員に止められ、全員で逃げる羽目になった。


 何でやり返さないのか尋ねると、こちらが悪者になるからだという。

 バカな話だった。そう揶揄すると、お前みたいなクズには分からないと言ってきた。

 真っ向から自分をそう評してきた相手は久しぶりだった。

 だからどうしても、こいつの鼻を明かしてやろうという気になった。

 要は野球部がやったことにならなければいいのだから、手段などいくらでもある。


 結果がどうなったかといえば、向こうの野球部は三年間の活動禁止が伝えられた。

 向こうの生徒たちが悪行を白状するまで監禁してやったのだ。

 野球部員に詳細を話してやると、不快さたっぷりに「お前は最低だ」と言ってくるという思い通りの反応をいただけた。

 そして何故か、礼として野球部の試合を見に行くことになった。

 あとから「礼になってねえよ、長えし暑い」と散々文句を浴びせた。


 そして今の学年になった時、同類に出会った。

 クラスの担任だった。

 ひと目見てわかった。ああ、こいつは俺と同じクズだと。

 向こうもそのことを察していたようだが、お互い関わらないでおこうというように、担任と生徒以上の接点は取ろうとしてこなかった。

 こちらも別段、目に入ってこない限りはどうでも良かった。

 仮に誰がこいつの餌食になったところで関係ない。


 転機は突然訪れた。

 繁華街の知り合いの店に、厄介な客が来ているという話を聞いて、叩き潰した帰りだった。

 ホテルに入っていく二人の人物。片方は檎台。もう片方は華奢で小柄な女だった。どちらも軽く変装はしていたが、見ただけで分かる自分には関係が無かった。

 女の方には見覚えがあった。同学年にいた女子生徒だ。クラスは違うが、ひどく自分を抑えている態度が印象に残り、記憶へ留めていた。

 檎台からは気付かれていなかったが、女の方とはたまたま視線が合った。

 いかにも儚げな目をして、自分の力では逃れ得ぬことを強調するように、か細く震えている。

 視線が交わったのは一瞬で、どうでもいいから帰ろうと、そう考えていた。


 じわりと、あの日の影が這い出してくるような気がした。

 無力で何もできなかった子供の自分。

 それと同じ目をしていた。


 確かめられればそれでよかった。

 助ける気までは毛頭ない。罠にはまり込んだのか、自分からはまりに行っているのか、それさえ分かればどうでもよかった。

 ホテル街の盗聴や盗撮を行なっているのぞき屋を探し出し、金を握らせ部屋をチェックする。

 目当ての部屋から音声と画像が流れる。


『愛しているよ』


 その場にいなくてよかったと思った。

 むしろいた方がよかったかもしれないと、後からは思ったが。

 言いなりの相手を一方的に蹂躙し、思い通りにする姿は、両親と同じに映った。

 ああ、こいつは壊そう。なにがなんでも壊そう。

 檎台からすれば一方的で理不尽なことだろうが、関係ない。

 きっと昔のように何の躊躇もなく壊せるだろう。


 念のために女子生徒の方にも接触を図った。

 ほとんど期待していないが、檎台の弱みになる物をひとつでも知っていないかと考えたからだ。

 だが会わなければよかった。出会ったのは、檎台以上に嫌悪感を湧き上がらせる愚物だった。


「お願いします……円花ちゃんには知られたくないんです……やめてください……」


 最悪だった。

 何を考えていたらその立場で、そんな言葉を口にできるのだ?

 きっかけが自らのせいでなかったとしても、抜け出せない点についてはこいつ自身の間抜けさが原因だ。

 戦う力も、向き合う勇気さえもないくせに、他の誰かに傷付いて欲しくないなどと、不相応な望みを抱いている。

 都合のいい夢でも見ているつもりか。

 誰かが助けに来るなどという甘い未来は待っていない。

 壊れることさえ厭わず立ち向かわない限り、自らを救けることなどできはしない。

 自分がそうだったのだから。


 気色悪くまとわりついてくる女をはたき飛ばした。

 気絶してもおかしくない勢いだったが、それでもなお懇願をやめなかった。


「お願い、します……」


 助けさえ自分で求めることができない。

 もっとも見たくない物をまざまざと見せつけられている。

 愛憎。無力さ。ただ泣き、乞い願う子供。


 ふざけている。

 知ったことか。勝手に傷付けばいい。自分にはどうでもいい。


 ――それでも、あの日の自分と同じ相手を見捨てることは出来なかった。


 クソッタレめ。

 何で俺がこんなことをしなきゃならん?

 おまけに今度は異世界だ。

 蟻みてえに湧いてくる怪物どもを相手にしながら、学校の連中の面倒も見なきゃならない。

 どこまで人に理不尽を課せば気が済むんだ?

 もう全部壊して、まとめて焼いて廃棄処分にしてしまえばいいのに。

 ああ、ファ○ク、面白くねえ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ