異世界生活7
夕方になり、紅峰は帰還した探索班から報告を受けていた。
「怪物の巣……何とも面倒ね」
梅里から伝えられた情報は、単純にして厄介な問題だった。
「学校の付近にもあるという話だった。対処はどうなっている?」
梅里が問いかけると、桂木が口を開く。
「そっちは出がけにひとつ潰しといたよ」
「私のところと協力でね~。まだ近くにいたから、合流したの」
桂木と白亜、両名の言葉に、紅峰は満足げに頷く。
「それはありがたいわ。なら、洞窟の情報があるということ?」
「規模は違いそうだけどね。中の構造は書き出しといた。蟻の巣みたいになってたわ」
桂木が紙束を放る。受け取った紅峰は、すぐにこれを全部隊共有の情報とするよう自分の部下へ伝えた。
「ご苦労様、ハク、桂木さん。……にしても、こう言ってはなんだけどよくあなたたち連携したわね?」
「別に。使えるもんは使う主義だからね。いたのが柊だっただけよ」
相変わらず冷めた物言いの桂木に対し、白亜がにこやかに告げる。
「月乃ちゃんのおかげですっごい助かったよ~。こう、バシバシって怪物倒してさ~」
「何? もう名前呼び? いいけどさ」
直接手を組んで戦ったおかげだろうか。両者の間から刺々しい雰囲気はだいぶ抜けている。前日にいがみ合っていたのが嘘のようだ。
「向こうの巣はどうする?」
梅里が問うてくる。紅峰が逡巡すると、白亜が意見を述べる。
「私はすぐに潰した方がいいんじゃないかな~、って思うけど」
「安全のためならその方がいいでしょうね」
常に襲われる脅威があるのとそうでない状況とでは、特に一般生徒の安心感が違う。できるなら早めに処理をしたい。だが桂木の意見は異なるようだ。
「あたしは反対。今日の成果があるから、なおさら」
意味深な言い方に、紅峰は疑問をぶつける。
「どういうこと?」
「あの巣の中、あんまり数は残ってなかったんだよ。多分、天杉が倒した奴の残党だ」
「あ~、そういえば」
戦闘時のことを思い出してか、白亜が桂木へ同意の声を上げた。
「ウチにしろ柊のところにしろ、メンバーがうまく動けていたかって言うとそうでもない。荒事に関しては昨日の今日で、全員処女や童貞上がりもいいとこだし。相手の数が少ないから倒せました、ってだけ」
「……月乃ちゃ~ん、言い方がなんかやらしいよ~」
「はいはい。とにかく、なまじ倒せたってことも含めて、今行くと危なそうなのよね」
桂木が指摘しているのはつまり、部隊の実力や練度に不安が残るということだ。そして、物事がうまくいっているときほど人は浮き足立つ。その状態で、数も規模も増すと予想される巣へ向かうのは得策ではない。
「なるほど……確かにここで討伐に向かうのは性急ね。じっくり鍛えてからの方が無難かしら」
紅峰が食料を計算しながら思案すると、梅里が尋ねてくる。
「どの程度時間をかける?」
「そうね……一週間ほどかしら。訓練を染み込ませるとなると、これでも相当早いけど」
本当ならひと月程度は見越しておきたいが、あまり時間をかけすぎると向こうからやってくる可能性もある。最低限の練度での最速となると、七日もあれば十分なはずだ。
「そんなにやって食料だいじょうぶ~?」
「ええ、あなたの弟さんが頑張ってくれているから、余裕はあるわ」
心配そうに尋ねる白亜へ、紅峰は護のことも含めて答えてあげた。
「ホント~!? やったねマーくん、後でほめてあげなきゃ!」
「存分にね。うまく部隊も機能しているみたい。防衛側の方には問題なしよ」
さすがに多少のいざこざはあるが、ほぼ部隊内で解決をしている。紅峰が出張らなければならない問題は、今のところ出てきていない。
「私のところも問題ないよ~。みんないい子ばっかりだし」
「こちらも問題はない。命令を無視して突出するメンバーもいなかった」
「ウチはまあぼちぼちってとこね。……で、それ以外のところは?」
紅峰は黙り込んだ。桂木は不意打ちのように鋭い言葉を滑り込ませてくる。何とも心臓に悪い。
「それ以外って、探索と防衛以外に何かあった~?」
「フツーの生徒のことだよ。どうなの?」
「……まだ一日目だし、目に見える問題は少ないわ。食料が作れるっていういいニュースもあったから、統制は取れている」
「不満に思ってる奴は少ないわけね。ならいいけど。いない間に暴動とか起きたらたまんないし」
「ええ、分かっている。十分気を付けるつもりよ」
護の所の問題は紅峰の方にも上がってきている。とはいえ、既に進也が制裁を加えたことや、白亜の心労を増やすまいという思いから、この場での言及は控えた。
紅峰は改めて三人が持ってきた情報へ目を通す。
現在拠点から確認している地形は、西方が荒野の先に森、東方と南方は山岳地帯となっている。北は未調査だ。地図を見ながら紅峰は呟く。
「……見事に人の住んでいる形跡がないわね」
「ここって未開の地なのかな~?」
「もしそうなら山か森、どちらか越えないと人には会えそうにないわね」
「……北に望みを託す手もある」
梅里が一見無難な意見を述べるが、桂木が否定的に返す。
「見える範囲じゃ向こうも荒野だ。あんまり期待できるとは思えないね。怪物の巣を考えると、南をどうにかする一手じゃない?」
「森は通りたくないもんね~。食べ物考えるとありだけど」
白亜の言葉に桂木がはっとしたように言う。
「……確かにそうね。柊、あんた今度肉獲ってきて」
「え、何その無茶振り。月乃ちゃんの能力の方が狩りに向くでしょ~?」
「あれ神経使うから嫌なのよ。あたし、アンタと違って繊細だから」
「ワガママか~! あとさりげなく私を図太いって言うんじゃないの!」
膨れる白亜に、桂木はどこ吹く風といった体だ。苦笑しながら紅峰は三人へ尋ねる。
「ハクの図太さは置いておいて。探索はひとまず南方攻略を中心ということでいいかしら?」
「楓ちゃんまでひどい~。あ、意義はなしで~」
「森の調査は進めなくて構わないのか?」
鋭く梅里が切り込んだ。実際、非常に悩ましい所だ。
「資材に使えるから伐採なんかはしたいけど、植物の持ち帰りと繁殖が難題ね。毒物の見分けがつかないから」
現地の知識がない自分たちでは、無闇に採取や栽培もできない。ニラと思って水仙を取るような真似はしたくない。
「現代の知識が役に立たないというのはやはり壁だな」
梅里の意見に同意する。だからこそ、一刻も早く人間と接触を果たしたい。この地形ではまだ望み薄なのも分かってはいるが。
「あんまし慎重すぎても困るけど。伐採に関してはありでいいと思う。南方の攻略中心も異議なしで」
「俺も同じ意見だ」
桂木と梅里の合意を得て、紅峰も頷く。
「わかったわ。防衛組にも伝えておく。引き続きよろしくお願いね」