異世界生活6
進也はようやくやってきた護の部隊を見て、辟易していた。
護の周りには上級生の女子たちが群がり、彼の頭をなでている。
「護く~ん、大丈夫? 初仕事、頑張ってね?」
「は、はい……あの、何とかやってみます……」
「ああ、けなげ、可愛い! うちにお持ち帰りしたい!」
「ちょっと抜け駆け禁止! 尊いものは全員で愛でるのよ!」
「どう、あたしんちの弟にならない? ハク先輩には内緒で」
「ええええ? ああああの」
突飛な言動を向けられ、護が慌てふためく。どうも妙な愛玩物としての地位を獲得したらしい。
「……みんな母性が変な方向に働いている感じっスかね?」
「い、一応緊急時だもんね……有り得るんじゃないかなあ」
合歓垣と松永がそれぞれ感想を漏らした。護の部隊が遅れてきたのは多分これが原因だったのだろう。
「おい、熊崎。とりあえず不快だからやめさせてこい」
遅刻以外はどうにも大っぴらに注意しづらいため、進也は対人兵器である熊崎へ促した。
「天杉くん、こういう場にはね、古来より争いを持ち込まないための素晴らしい格言があるんだよ。『他人のジャンルには土足で踏み込まない』」
「知るか!」
大真面目で語る熊崎を無視して、進也は護の元へ行く。途端、女子たちが騒いで護をかばう。
「来たな、悪性ウイルス男!」
「近付くな、護くんが感染しちゃうでしょ!」
「やっかましいわ! 脳みそ腐ってんのかお前ら!」
「はあああ!? 何、人を勝手にそっち方面に分類してんのよ! ……いやでも、うん、腐ってはいるわね」
「お、おう?」
「ちなみにあたしは天杉は受けだと思うけどどう?」
「どう? じゃねーよ、知るかっつってんだろ! 仕事しろ!」
「ギスギス系やツンギレもなかなかテンプレ。モデルにしとこう」
「何のモデルだ!? 絶対ロクなもんじゃねえだろ!」
「絶妙に話が噛み合ってないっスね。コントみたい」
「ま、まあ部隊がうまくいってる感じならいいんじゃ……?」
「とりあえず、さっそく護くんに頑張ってもらおうよ。種はもう撒いたし」
熊崎の一言に護が反応する。自信なさげにうつむくが、再びそれを見た女子たちが騒ぎ出し、護を励ます。
「大丈夫、うまくいかなくても誰も責めないから」
「は、はい……」
「むしろ慰めるために失敗してまである」
「さりげなく下種な発言混ぜるな。つーか、男子連中は誰も突っ込まんのか」
進也が護の部隊の男子生徒たちに聞くと、彼らは真顔で答えた。
「この部隊で女子に逆らって居場所あると思います?」
「切実っスね……」
「チャットのグループよりひどい社会形成してるな」
「と、とにかく始めてもらいましょうよ」
「は、はい……失礼します」
護が畑の中へ入る。緊張した様子で神剣を掲げ、集中し始める。
数瞬の間を経て剣が発光し、魔力を放出していく。周囲の地面に光の粒が拡散し、種子の成長を促していく。
そこからは瞬きする間もなかった。資料映像でよくある早回しの動画のように、種が芽吹き茎を伸ばす。つぼみが付いたと思ったらすぐに花開き、さらに実を付けていく。全員が見入る中、目の前の畑には赤く熟したトマトがなっていた。
「……うわ、うわすごい! すごいよ、護くん!」
「マジで作れちゃったっスよ……え、これ植えたばっかっスよね?」
「あ、あの……どうでしょう?」
皆が騒ぐ中、進也はいち早く畑に近づいてトマトをもいだ。香りをかぎ、口に運ぶ。新鮮な果汁が弾け飛び、慣れ親しんだ野菜の味が口に広がった。
「問題ねえな」
「ほ、ホントですか……?」
「何疑ってんだ。お前がやったんだろうが。ほら、自分でも食えよ」
別のトマトをもぎ取り、護へ差し出す。受け取った護が、恐る恐るトマトにかぶりついた。
「……美味しい」
やはり控えめに、しかし感激の混じった声で護が言った。
周囲もすでに狂騒の模様だった。その場にいる全員が一斉に実を収穫し、味見する。
「うわー、うめえ!」
「味付けいらないなこれ!」
「あたしトマト嫌いだったけど、今日からトマト教になる!」
たった一日ぶりとはいえ、配給された食事は、校内に元からあった物や、生徒たちが持っていた弁当や菓子類などから集めた物で、味気はともかく量が制限されている。新鮮な野菜に好きなだけかぶりつける状態というのは、感動が強かった。
例によって女子連中が護を取り囲んでもてはやしている。さすがに進也も今は彼女たちを邪険にはせず、護へ呼びかける。
「よし、とりあえずここは人呼んで回収しとけ。次だ次。まだ畑はあるんだから、遅刻分もしっかり働けよ、リーダー」
「……あ、は、はい!」
収穫のための人手は、こちらから呼ぶまでもなく集まった。実がなった、という話を受けてすぐ他の生徒たちも寄って来たからだ。
護を伴って進也たちは次々と畑を巡り、種を実らせていく。あまりの生育振りに、南竹まですっかり度肝を抜かれている。
「……こんなに簡単に実を付けちゃあ、農家は商売あがったりだぞ?」
「いいじゃないですか先生。楽になるのは悪い事じゃないですって」
「ううむ。確かに日焼けや腰が曲がる心配は減りそうだ」
熊崎に話しかけられると、南竹も柔らかく答えた。
しかしこうなってくると欲も出てくる。植えたのは野菜ばかりで、校内には無かったから諦めている作物も多いのだ。
「米が喰いたい」
「ああっ、口に出さないで置いたのに! でも稲がないんだよねー」
「ウチはパン派っスから麦が欲しいっスね」
「トウモロコシで作れ。米が先」
「ちょっと横暴っスよ!? 作れるもんが先でしょう!」
「米なら食う以外にも色々使い道あるだろ。あと酒も造れる」
「おいこら未成年者! ていうか、それ密造酒!」
「異世界だから問題ない」
「麦からもビールが一応。あれ、でもホップとかが無いとダメだっけ?」
「確かエールになったような……先生知らね?」
「学生が教師に堂々と酒のことを聞くな! ……だが作れるなら飲みたいな、うん」
「あ、ダメ人間の輪が」
「もっかい探してみるか。探索班も見つけたりしてねーかな」
「欲望に忠実過ぎません?」
「まあうまいメシには皆やる気が出るというものだ。先生の子供の頃なんかはな……」
「長くなりそうだからそれはパスで」
「右に同じく」
「少しくらいは聞け!」
「――あれ、待って。何か様子おかしくない?」
与太話に花を咲かせていると、熊崎が護の方を指差した。畑の育成が半端な成長で止まっている。
見れば護が蒼い顔で膝をつき、周りの女子たちに支えられていた。
「護くん、どうしたの、大丈夫!?」
「…………」
護は息も絶え絶えの状態で、返事もできずにいる。
慌てて進也たちは駆け寄った。熊崎が水を用意し、一度畑の外へ連れ出して護を休ませる。
「何だ、何が起きた?」
「わかんない、急に護くん、ふらふらしちゃって……」
女子生徒の言葉を聞きながら進也は護の具合を看る。疲労というより衰弱に近い。過去に梨子が貧血になった時があるが、それと似た状態ではある。
「能力の使いすぎかな?」
熊崎がもっともらしい答えを口にした。確かに有り得る話だが、進也にしろ熊崎にしろ、昨日から能力は使いっぱなしだ。怪物を倒した数やコストの問題が関係あったとしても、護だけこんな症状が出るものだろうか。
「とにかくいったん医務室に」
「……だ、大丈夫、です。違うん、です」
護がようやく口を開いて、進也へ向けて首を振った。
「何が大丈夫だ。鏡見ろバカ」
「ぼ、僕……ご飯を、忘れて」
「……あん?」
「その……食べるの、忘れて。それで……すみません」
一同の目が点になる。
「え、じゃあお腹が空いて倒れたってこと?」
「何だつまり貧血っスか? 人騒がせな」
弛緩した空気が流れた。
すぐにその場にいる者が、護のために食事を持ってきた。野菜だけでなく配給の食事も混ざっている。
「え、これ……みんなの分じゃ……だ、ダメですよ」
「いいからいいから。今日の分が多少減ったって、野菜が増えたし」
気遣う周囲の言葉に押され、護が遠慮気味に食べ始める。何度も頭を下げ、その度にメンバーから問題ないと返されている。リーダーとしての適性はともかく、協調性の高い班だった。
「いや、良かった。なんか変な問題でもあるのかと」
熊崎がほっとしたように言うが、進也は気になる点があって護に尋ねる。
「……おい、護。飯食ってねえのは今朝だけか? 昨日も忘れたりしたか?」
「っ! え、えっと……」
護が目を泳がせる。答えは聞くまでもない。
「き、昨日は……怖くて、あんまり食欲が……」
震える声でごまかすように護が言った。つられて女子メンバーも口を開く。
「あー、わかるわかる。私も眠れなかったしー」
「いや、ご飯ちょー食ってたからね? 私の分取ろうとしてくるし」
「今日は心配ないってー」
女子たちの言葉を聞き流しながら、進也は護の嘘を見抜く。
(直接手渡しされる食事を忘れるようなバカはいねえ。……ってことは、盗られたな)
食事が喉を通らなかった可能性は否定できないが、畑であっさりトマトにかぶりついた点や、今の食事ぶりを見る限り、食欲はきちんとある。
となると食事を奪われたから食べていない、と考えるほうが自然だ。
犯人も、推測するまでもない。昨日、護を取り囲んでいたいじめグループの連中だろう。証拠はないが、本人たちに直接問い質せばいい。
懸念がひとつある。護の部隊にこの件を共有してもらうかどうかだ。今後護の部隊が活動する上で、いじめグループの存在が妨げになることは間違いない。知っていてもらう方が都合良くはある。
ただそうなると、メンバー全員にいじめを知られたことを護がどう思うかが問題だ。恐らくひどく不名誉なことだろう。護のプライドに進也はあまり興味ないが、部隊に悪影響が及ぶのは避けたいところだ。
進也は護から少し離れ、女子メンバーを呼ぶ。
「おい、おねーさま方よ。ちょいと耳を拝借」
「は? 何いきなり? きしょい」
「……護く~んの話だよ。聞くだろ?」
「うん? 何々?」
要は護に知られなければいい。メンバーにはいじめの事情を共有した上で、素知らぬ顔で立ち回ってもらうことにする。
「……ぬぁんですって?」
進也から話を聞いた途端、女子たちは今にもいじめグループの征伐へ飛び出しそうになるが、進也は制止する。
「待て待て待て。お前らは護のケアの方に専念してくれ。全員で行ったらリンチになる」
腐っても女子たちも神剣使いである。複数人で一般生徒の元へ向かえば問題となる。
「分かるけど、腹立つんですけど!」
「後で連中をお前らの趣味のエサにでもしとけよ。それで十分だろ」
「ううん……いじめグループのシチュエーション……ナシかアリかで言えばアリ」
「……そうかよ。男子にも伝えとけ。この内容で協力しないってことはないだろ」
「そうねー。でもいじめグループは放置?」
「そいつらには勝手に制裁が入る。他人の足引っ張る連中を野放しにしておく余裕はねえ」
「あらまあ怖い。可哀想とは思わないけど。じゃ、こっちはみんなで護くんをガードしてるわ」
「頼むぜ」
話を終えて、進也は校舎の方へ向かう。
「あれ、リーダーどこ行くんスか?」
「花摘んでくるわ」
「それは男子の言い回しじゃないっスよ……」
「この辺、まず物理的に花がないけどね」
「細かいことは気にするな」
適当に返事をして嗜虐的な笑みをひた隠し、進也は校舎へ入っていった。