転移前学校1
「ふざけんな、クソババア!」
狭苦しい進路指導室の中、天杉進也は腹に溜まった怒りを轟声と共に吐き出した。
「すみませんね、センセ。少々お待ちを――政」
着物姿の妙齢の女性が扇子で口元を隠しながら、後ろに控えていた部下に命令する。
「へい、姐さん。若、ご無礼を」
身の丈二メートルはありそうな偉丈夫が進也の背後に回り込み、関節を極める。
「んがががっ、政ぁっ! テメエ、離せ!」
「申し訳ありやせん、若。姐さんのご命令ですんで」
「ささっ、センセ。ウチのアホ坊がヤンチャした件、どうかひとつこれで収めておくれやす」
着物の女性は、唖然としている壮年の男性教諭の手に、鮮やかな和紙でできた袋を渡す。
教師がその中身を見ると、ひと束になった万札が出てくる。
意味を察した教師は慌てて首を振った。
「ここ困ります、奥さん。こういうのは受け取るわけには」
「なあ、センセ? そう言わずに。それ受け取ってもらえんと、ウチも色々立つ瀬がないねん。こんの悪ガキが――」
女性は進也の頭をわしづかみ、床に叩きつけてくる。さらにうめく暇もなく、 後頭部を踏みつけられる。
「――センセにしたこと反省した、そういう証が無いといかん。でないと、収まりつかへんやろ?」
「ぶっ殺す!」
「進也、あんたは大人しくしとき。政」
「へいっ」
今度は背中にのしかかられ、進也は完全に身動きが取れなくなる。圧迫されているせいで、ろくに罵倒も出せない。
「ちゅうわけで、ご迷惑おかけしましたな、センセ。これからも、どうかひとつよろしう」
丁寧に頭を下げてくる女性。それが見かけ通りの態度でないことは既に分かり切っていることだ。
男性教諭は素直にうなずくしかなかった。