異世界生活2
リストを片手に、梨子は自分の部隊を探してうろつく。
正確には、うろついている振りをしている。
場所は分かっているしメンバーも徐々に集まってきている。ただリーダーが少し遅れるそうで、今は皆待機している状態だ。
梨子はそれを、少し離れた位置で剣の能力を使って隠れながら、決心の付かぬままに眺めていた。
どうしてもこうだ。ひとりになると、自分が急速に縮んでいく気がする。他の誰かの輪に入れない。
何気ない会話で出てきかねない、「普通じゃない」「変わっている」。その言葉が怖くて、会話をためらってしまう。
進也がいる間はそういったことを気にしなくて済む。彼が梨子以上の変わり者だからだ。一緒にいる間、梨子は好奇の視線から緩和され外される。
『あなた多分、距離感を見失ってるんじゃない?』
以前、進也に紹介された会社員の女性から、そんなことを言われたことがあった。
この言葉は的確だと、梨子は思う。踏み込むのも踏み込まれるのも、そして踏み外すのも恐ろしい。自分をどこに置いていいのかが分からない。
(それでもこんなに依存してたっけかな?)
梨子はこちらの世界に来てから、妙に進也のそばにいる自分に気が付く。楽しいことではあるが、良くはないのだろうな、と思う。
別部隊になったのは、ある意味いい機会かもしれない。どうにか新しく友達を作るべきだろう。
そう考えていると、見知った顔が梨子の部隊にやってきた。七海円花だ。
梨子は慌ててリストを確認する。自分の悩みで頭がいっぱいだったため、完全に見過ごしていた。
七海とは知らぬ仲ではない。進也との関係は険悪だが、むしろそれを話題にしやすいかもしれない。何より、鹿沼の問題について進也が関わっている。七海と鹿沼の関係の深さを考えれば、放置しておく手はない。
梨子は剣の能力を解き、七海の横に現れる。
「やあ、七海さん」
「――ん、え? あなた、今、え? た、確か天杉の?」
七海はしっかり覚えていてくれたようで、急に現れたことへ驚きつつも、こちらを指差してきた。
「進也の友人の姫口梨子だよ。よろしく」
「……友人? ……ああ、そう」
反応は芳しくない。ともあれ梨子は手を差し出す。
「同じ部隊みたいだね。仲良くしよう」
内心緊張しながら言うと、七海がじっと梨子の手を見て、やんわりと首を振る。
「……悪いけど、お断りするわ」
「え……どうしてだい?」
「決まっているでしょう。あの男の友人なんていう相手、信用できない」
「……あ、なるほど。久々に聞いたなあ、それ」
断られて怯んだ梨子だが、理由を言われ、むしろ面白がって笑う。
「ふざけているの?」
「そんなつもりはないよ。かえって安心しただけ。進也は自他ともに認める悪だからね」
「……そう。ならその悪辣な奴に、私や皐月は関わる気が無いってのも覚えておいて」
「そうか。問題ないよ。ボクは七海さんと友達になりたいだけだし」
「……何を企んでるの?」
「企むだなんてそんな。せっかく知り合って、同じ部隊にも来たから、仲良くなりたい。それだけだよ」
「本気なの?」
七海の目はひどく懐疑的だ。自分の親友を傷つけられたと思っている以上、無理のない話ではあるが。
少し悩んだ素振りを見せてから、七海が真剣味を増して口を開く。
「だったら条件がある」
「うん? どんな条件だい?」
「天杉が、皐月に何か脅しているのを止めさせて」
梨子は一瞬どういう意味か困惑したが、すぐに思い当たった。進也が鹿沼の問題を解決しようとしているのを、七海は脅していると勘違いしているのだ。
さすがに少し迷う条件だが、梨子は聞き入れることにする。
「構わないよ」
「えっ」
あっさり承諾すると、七海が何故かひどく驚いた様子で梨子を見てくる。
「構わないって……ほ、本当に?」
「うん。だって七海さんはその方が安心するだろう? それにボクも進也がああいうことをするのは良くないと思うし」
「あ……ありがとう」
戸惑いながらも七海が礼を述べてきた。迷惑をかけているのはこちらだから、と梨子は断りを入れた。
七海が初めてはっきりと梨子を見ながら言葉を紡ぐ。
「なんていうか……私、あなたのこと誤解していたのかな?」
「誤解って?」
「あいつと付き合いがあるから、もっとこう、邪悪だったりするのかと」
「いやだなあ。ボクはまともだよ。普通だよ」
若干乾いた笑いを交えながら梨子は言った。
「ただ進也もすぐに聞き入れてはくれないだろうから、そこは見逃してほしいけど」
「そうね。いかにも自分勝手だし、時間がかかると思うから、そこはいいわ。
あなたにとっては友達らしいし、変に仲がこじれるのも見たくないしね」
「こっちの事まで心配するなんて優しいね」
「それはそうよ。私たち友達でしょう?」
虚を突かれた。まだ梨子は、そうなる途中だとしか考えていなかったのだが、七海の中ではもう決定事項だったらしい。
「……ああ、そっか。そうだね。改めて、よろしくね、七海さん」
「円花って呼び捨てでいいから。私も梨子って呼ぶ」
「なんだか照れるな。よろしく円花」
「よろしく、梨子」
お互い笑い合って、しっかりと握手を交わした。
ちょうどそこへ部隊のリーダーである梅里南波が到着した。
「すまない、遅れたな」
時間がかかっていたのは、校外の見張りを行っていたメンバーを集合させていたかららしい。すぐさま梅里からメンバーの確認と、探索活動の内容が伝えられていく。
説明を聞きながら、梨子は新たにできた友人をちらりとうかがう。
梨子はあえて、鹿沼の抱えている事態の詳細を円花へ話さなかった。進也が解決しようとしているこの問題は、円花にバレた時点で全て破綻するからだ。
本当なら話すべきなのだろう。結果、鹿沼と円花の両方が傷付くことになったとしても。こうして友達になったことも含め、円花と鹿沼のことを思うなら、できればその方がずっといいのかもしれない。
ただ、進也は二人ともが傷付く形を避けようとしている。できるかどうかと問われれば非常に困難だと思っているが、進也がそうしようとしているなら、円花には申し訳ないことだが、梨子はしばらく誤魔化すよう努めるつもりだった。
それに――と、少し思ってしまった意地の悪い考えと、それを思い付いてしまった自分自身に、梨子は嫌悪感を抱く。
梨子は、円花の言った通りに、進也が問題を解決するのを本当にやめさせてしまってもいいと思っている。
何故なら進也が鹿沼を助けようとしているのは、進也にとって気に食わないものがそこに紛れているから。ただそれだけなのだ。
鹿沼に対する義理や恩が、進也に存在するわけではない。だから言ってしまえば、本来助ける理由など何ひとつない。
それなのに進也は奔走している。別にやめてしまってもいいはずなのに。やめても、誰にも文句は言われないのに。
(でもこれはボクの勝手な考えだ)
梨子も、円花や鹿沼に傷付いて欲しいわけではない。そこまで薄情なつもりはない。
(なんとかしなくちゃなあ)
自分にどこまでできるかは分からない。都合のいい解決へ辿り着く道などないかもしれない。
それでも梨子は、友人のためにひとり静かに決意を固めた。