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異世界生活1

 朝がやってきた。

 学生たちの異世界最初の夜は何事もなく過ぎ去り、いよいよ部隊が集結する。

 場所は昨日と同じ体育館で、神剣使いたちと一般の生徒たちが多数行き交っている。

 進也はあくびを噛み殺しながら、紅峰から渡された自部隊のメンバーのリストに目を通した。


「眠そうだね」


 横からひょいっと梨子が顔を出し、同じくリストに目を通す。


「誰のせいだ、誰の」


 文句を返すと、梨子がいつもの笑顔で受け流す。


「おかげで快適に眠れたよ。近くにカイロがあるのはありがたい」

「人を暖房器具扱いするな」

「にしても……進也、そのリスト間違ってないかい?」

「あん? どういう意味だ?」

「だってボクの名前が入っていない」

「そりゃお前が別の部隊だからだろ」


 進也の言葉に、梨子が一瞬固まる。梨子の手にもリストは配られており、もちろんその部隊のリーダーは進也ではない。


「……なるほど。何で?」

「知らねーよ。会長に聞けよ」

「もっともな話だ。じゃあ進也、聞きに行こう」


 梨子が進也の腕を引く。しかし進也は当然拒否する。


「行こう、じゃねーよ。ひとりで行け」

「何を言うんだ、ひとりより二人の方が抗議の威力が増すじゃないか」

「抗議してどうすんだよ。そもそもするつもりもないわ」

「薄情だな。だってほら、ボクがいないと進也が寂しいだろう」

「ウサギか。俺がいつそんなこと言った」

「昨日、星の名前つけてる時に。『寂しくはなさそうだな』って――痛いっ!?」


 進也は梨子のほっぺたをつねり上げた。


「答えに困ったからって暴力はひどい!」


 涙目の梨子が頬をさすりながら非難してきた。


「うるせえ! さっさと自分の部隊へ行け! 遊んでる暇はねえんだよ!」


 眠気の苛立ちも手伝い、進也は容赦なく言い捨てた。


「むうう。おーぼーえーてーろー」


 悪役のような捨て台詞を放ちながら梨子が去っていった。


「……つかれる」

「いやあ、面白い彼女さんっスね、リーダー」


 振り向くと眼鏡をかけた小柄な女子生徒が立っていた。手にはしっかりと神剣が握られている。


「……お前は?」

「ネムガキです。合歓垣来夏、一年っス」


 合歓垣がリストを手に言った。進也もリストを確認する。ずいぶん珍しい苗字だ。喋り方といい、かなり癖の強そうなメンバーである。


「彼女じゃねーよ。お前だけか? 他は?」

「またまたー。あ、トッキー、こっちこっち」


 合歓垣が、行き交う生徒たちの合間へ向け呼びかける。遅れてひとりの男子生徒がやってきた。その顔に進也は見覚えがあった。


「ライカちゃん、よくそんなすいすい行けるね……あ、その、天杉先輩、どうも……」


 頭を下げてきたのは、恭二が助けたあの男子生徒だった。


「お前、神剣手に入れたのか?」


 進也は驚きながら尋ねた。あの時点では、男子生徒の手に神剣は手に入っていなかったはずだ。


「はい……あの後、どうしてだか俺の手にも……」

「……そうか」

「その、すみません」

「何で謝ってんだ」

「だってその……もっと早く手に入っていれば、白樺先輩は、もしかしたら……」


 助けられていたかもしれない。進也もその可能性を考える。だが現実にはそうはならなかった。


「……良かったじゃねーか」

「え?」

「せっかく神剣が手に入ったんだ。お前はこの先、死なずに済む。そういう話だろ?」


 後悔などしている場合でもさせている場合でもない。進也は男子生徒へ向けて嘯いた。


「……あ、ありがとうございます……! あ、俺、松永時哉と言います。頑張ります!」

「おお……何か天杉先輩、噂と全然違う人っスね」

「どういう噂が流れてんのか想像は付くが、使える人間が増えるのを拒んだりしねーよ。やる気があるならなおさらだ」


 そのまま他のメンバーの合流を待ち、数分してようやく全員がそろった。

 改めて進也は自身の部下を眺める。同学年や下級生だけでなく、上級生も混じっている。これから彼らすべてに自分が命令を出す。同時に全員の命を自分が預からなければならない。


「とりあえず、先に挨拶しておこう。二年の天杉進也だ。先輩方も混じっているが、敬語は外させてもらう。立場上勘弁してくれ」


 全員の否定がないことを確認し、進也は話を続ける。


「部隊の行動には基本俺から指示を出す。会長や他のリーダーから話が来る場合があるかもしれんが、緊急時を除いて勝手な判断はご法度。事後承諾も無しとは言わんが、なるべく俺を通してから動いてくれ」


 命令される立場、という点に慣れないのか、緊張を交えつつも一同が頷く。そこへ見計らったかのように合歓垣が手を挙げる。


「はいは~い、もし破った場合はどうなるんスか?」

「無論懲罰がある。ペナルティは様々だが……労働奉仕させたり配給減らしたり訓練を追加したり。よほど悪質なら直接肉体に刑罰を食らわせることもある」

「わーお」


 部隊の面々に若干怯えが混じり、息を呑む者もいるが、構わず進也は話を続ける。


「最後のは、よほど悪質な場合だけだ。簡単に言うと、『命令は聞け』『しっかり働け』『サボったら罰がある』。その三点を覚えておけばいい。ここまでで何か質問は?」

「問題ないっスよ」


 代表して合歓垣が言った。念のため進也は全員を見渡し、異存が無いことを確かめた。


「では次。この部隊は防衛組に配置される。やることは、学校という拠点の防衛、およびそこに住む生徒たちの護衛だ。これに付随して食料生産のための労働がある」

「食料生産って具体的に何するんスか?」

「畑を作る。つまり農作業だ」


 生徒たちが顔を見合わせる。さすがに部隊という言葉から一転してこの内容は、混乱が大きいようだ。


「あの、なんかすごい地味な活動ですね……」

「ていうか、今から作ってどうにかなるんスか?」

「その辺は神剣の力もあってどうにかしようがある。というかどうにかならなかったら俺たちは干上がる。というわけで、この活動には生徒全員の命運がかかっていると言っても過言じゃない。真面目に頼むぞ」

「そう言われても農作業とか全然経験ないっスよ?」


 合歓垣の言葉に他の者たちが同意する。触り程度の知識なら皆あるだろうが、深い造詣を持つ者はいない。進也も同様である。


「もちろん、経験のある人間が教導に当たる。幸い、生徒にも教師にもそういうのがいるしな」

「うえ、先生も混じるんスか?」

「それはちょっと……」


 にわかにメンバーの間に険悪なものがよぎる。昨日の一件を経ているため、まだ教師たちの信頼は回復していない。

 進也自身、一部の教師には絶対的な不信を抱いている。だがこの際そんなこだわりは抜きだ。


「やかましい。やれ。やらなきゃ死ぬ。自分だけじゃなく他の連中もな。使える物は全部使っていく。そのつもりでいろ」

「それは分かるっスけど、大丈夫っスかね。まともに教えてくれりゃいいけど」


 合歓垣の懸念ももっともだ。進也は一同を安心させるように言い聞かせる。


「よっぽど目に余るようなら、そこは俺がどうにかする。下手なことしたら連中も懲罰を受けるだけだしな。さすがに懲りるだろ」

「まー、天杉先輩のお世話には誰もなりたくないでしょうねえ」


 合歓垣の言葉に、さもありなん、と全員の心の一致が見られた。

 普段なら追い掛け回すところだが、収拾がつかなくなりかねないので自重し、進也は続きを話していく。


「他に伝えることとしては、訓練があるってことだな。何しろ剣を振り回すのは、初めての人間の方が多いだろう」

「それはむしろある方がおかしいのでは?」

「ほっとけ。基礎的な立ち回りだけだが、これも経験者からの教導が入る。身体の動かし方だけなら格闘技習ってる連中もいるしな。当然俺もいる。サボるなよ」

「農作業終えた後、リーダーと付かず離れずで訓練っスか。精神死にそう」

「おまけに夜には見張りも……え、ブラック過ぎないですか?」

「やっかましい! 神剣で多少のことじゃ死ななくなってんだ! 文句言わずにやるぞ! 返事は!?」

『りょ、了解!』


 全員が頷いたのを確認し、進也は部隊を引き連れて外へ出た。


「あ、そっちも終わった?」


 話しかけてきたの熊崎だ。向こうも自部隊を連れて活動を開始するところのようだ。


「まあな。柊は?」

「まだやってるみたい。フォローに行った方がいいんじゃ」

「やめとけ。リーダーになったんだから、少しはやらせとけ」


 早速お人好しぶりを発揮する熊崎を、進也は押し留めた。多少無理であろうと、人員を率いることに慣れてもらわなくては困る。だいいち、ここまで大勢の人間を引き連れる経験など、他の皆もない。条件は同じだ。


「……それもそっか。よーし、頑張ろうね!」

「あー、はいはい。……」


 進也は熊崎の部隊のメンバーを確認する。見知った顔――鹿沼がいた。七海の姿がない所を見ると、進也と梨子のように別の部隊となったらしい。

 また顔を突き合わせることになるのかと思うと若干憂鬱でもある。ただ熊崎の班に入ったということは、この無駄に明るいムードメーカーに気にかけてもらえるということでもあった。

 他人への期待など普段はしない進也だが、今の状況がわずかでも鹿沼へ変化をもたらしてくれるようになればいい、と願った。

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