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別れの火

 誰も彼もが悲愴感に満ちている。居並んだ死体たちへ向け、すすり泣く声が響く。

 亡くなった友の顔を残そうと、写真や動画を取り、彼らの持ち物を、あるいは自分の持ち物を形見分けし、別れを惜しむ。古風にも髪をひと櫛、切り取る生徒さえいた。


「……いいな?」


 最後の確認を生徒たちにして、進也は剣を触れさせる。この中には恭二も混じっている。


(じゃあな)


 感傷に浸るつもりもない。心の中で一言告げて、もう動くことのない友人たちへ順に火を点けた。

 弔いの火が立ち昇る。空は既に夜へと変じ、星が瞬いている。位置は違うが、包み込むような暗い帳は元居た世界と変わらない。生徒たちの悲しみへ寄り添うように影が落ちる。

 燃えていく死体からはただただ嫌な臭いがする。だが構わずに進也は、火を燃やし続けていった。


「ああああああっ!」


 突然、誰かが叫び、飛び出してきた。別れを見守っていた女子生徒の一人だ。友を求めるように、燃える火へ向かって自らも飛び込もうとする。

 舌打ちして進也は食い止めようと走る。だが間に合わず――割り込んできた桂木が女子生徒を押さえ込んだ。


「離してっ! 死なせてよぉ!」


 半狂乱になりながら女子生徒が叫んだ。友人との別れに耐え切れずに後追いしようとしたのか。

 桂木が暴れる女子の顔を容赦なく引っ叩いた。女子生徒は痛みよりも驚きでその動きを止める。


「勝手に死のうとするんじゃないよ。全員生きて帰すって紅峰が言ったばっかでしょ。あたしたちに嘘つかせる気? そんなことは許さないよ」


 桂木が冷たく告げると、女子生徒はその場で泣き崩れる。すぐさま他の生徒たちが寄ってきて、彼女の肩を支えた。


「火からはなるべく離れな。他の奴の様子も、おかしかったら殴ってでも止めなさい。別れる人数を増やしたくないでしょ」


 生徒たちは頷き、女子生徒を連れて戻っていった。


「……助かったぜ」

「礼はいらないよ。あんたは気にせずちゃっちゃと済ませな。……憎まれるのは慣れてるしね」


 桂木がにこりともせずに告げてくるが、その言葉には彼女なりの不器用さがうかがえた。

 だから進也は、梨子にそうするように、いつもの調子で返した。


「そりゃこっちも同じだ」


 実際、周りからは、よく友に火を付けられるものだ、という視線が混じっている。進也にとっては毛ほども気にするに値しないが。


「そうかい。苦労するね」

「お互いな」


 桂木と別れ、進也はまた別の死体に火を点ける。こちらは一年の死体だった。

 彼らの同級生たちは離れた位置にいるが、こらえきれずに、感情をあらわにする者が多い。たった一年差とはいえ、幼い下級生たちにとって別れのショックは大きいのだろう。

 そんな下級生たちを、熊崎が賢明に励ましている。


「大丈夫、大丈夫だよ。俺たちがみんなを助ける。絶対にだ。約束するよ」


 根拠も具体性もない言葉だが、不思議と信じられる明るさが混じっている。いつしか周りの生徒たちは、ぐっと悲しみを堪えて火を見送っていた。

 あれは真似できんな、と進也は熊崎に対する評価を少し改めた。

 進也に気付いた熊崎が手を振ってきた。相変わらず鬱陶しいことだが、進也は軽く手を掲げてその場から離れた。

 消えている火がないか具合を見て回っていると、柊白亜に会った。死体の方は向かずに、空を眺めている。


「や♪ お疲れ様~」


 進也に気が付いた白亜が陽気に話しかけてきた。


「まだ途中だがな。……あんたはもう別れは済ませたのか」

「一応ね。あとこれ以上は、見るのが辛いから」

「何だ、恋人でも死んだか」

「あ、正解」


 軽口のつもりで聞いたが、思いの外あっさりと返され、進也は息を呑んだ。


「あー……なんだ、すまねえ」

「お、すぐ謝れる子は、お姉さん好感度高いゾ。でもい~よ。もうそうなっちゃったんだから、割り切らなきゃ」


 何も言えずに進也が黙っていると、白亜は勝手に話を続ける。


「楽しい人だったよ。けっこうケンカとかもしてたんだけどね。今日こっちに来る前も、少し言い合ってて……それであの騒ぎ。マーくんが気になって助けに行ったら、まあなんというかね、そうなっちゃったわけですよ。謝っておけば、良かったなあ」


 努めて何でもないことのように白亜は言った。だが言葉の端には後悔がにじんでいる。


「……別に間違ったことじゃねえだろ。身内を助けに行くのは」

「うん。でもね、もうちょっと楓ちゃんとか、君や桂木さんみたく、色々気付いて上手くできてれば、どうにかなったのかなって思うと……ちょっと辛くなるの」

「……俺もうまくはできてねえよ」


 進也は思い出す。恭二のこと、自分で自分を止められなかったこと。いつかの日のように、無力さを思い知った。


「……そっか。みんなそうなのかな。もしみんなも同じように失敗して、それに苦しんだり悲しんだりしてるなら――守ってあげないとね」


 こちらを見ながら言う白亜の目には、暗いものは何もない。迷い苦しむものを救う、慈母の目だ。


「たくましいことで」

「お、そうなのよ。お姉ちゃんは強いのです」


 力こぶを見せるように腕を掲げて白亜が笑う。つられて進也も笑い返した。


「――柊、ここにいたか」


 不愛想な男の声がかかる。梅里だった。


「どしたの、梅里くん?」

「先生方の扱いについて揉め出している連中がいる。仲裁に加わって欲しい。体育館の方だ」

「オッケ~、任せて~」


 すぐさま白亜が駆け出して行った。梅里も追うのかと思えば、何故か進也の方を見てきた。


「……すまんな」


 急な謝罪に一瞬困惑するが、進也はすぐに思い当たった。


「立ち聞きは良くないぜ、梅里先輩」

「そうだな。後で柊にも詫びておこう」

「それは好きにすりゃいいが、俺に対して謝る必要はないと思うがね」

「俺では話を聞いてやることもできんのでな」

「あれは向こうが勝手に話してくれただけだと思うが」

「それでも、だ」


 あくまで梅里は譲らず、進也に対して詫びた。そして自身も体育館の方へ向かっていった。

 火は巡り続ける。始めに焼いた者たちは骨だけに変わり、既に何人かが埋められ始めている。丸ごと灰になっていない辺り、進也の火加減はうまくいっていたようだ。遺骨を大事に拾う生徒の姿もあった。


「……なあ、ふざけんなよ。何でお前がリーダーなんだよ」


 ふと隅の方から妙な声がして、進也はそちらを見た。

 数人の生徒が、一人の男子生徒を取り囲んでいる。囲まれているのは柊護だった。

 やっかみか、それとも元からのいじめか。どちらかは分からなかったが、囲んでいる者たちは護へ容赦ない言葉を浴びせる。


「俺たちに寄こせよ。お前よりうまく使ってやるから」

「怪物ぶった切るだけだろ~? 簡単簡単」

「あ、ちょっと……」


 集団の一人が護から剣を奪う。しかし主以外の手に入った剣は当然のように抗議のうなりを上げる。


「なんかうるせーな?」

「ははっ、格好よくね? ほら、ジャキーン!」

「うわ、だっせえ。ふらふらじゃん」

「けっこう重いんだよ、しょうがないだろ」

「なあ、次俺に貸してよ、早く」


 めいめいが好き勝手に神剣を扱う。進也たちが手にしている時と違い、いつもの輝きが刀身に無い。他の者の手では、やはり効力を発揮しないのだろう。

 肝心の護はというと、集団を止めれらずにただうつむいている。取り返す気概も文句を言う勇気すらも見受けられない、鹿沼と同じような状態だった。

 進也は無視して立ち去ろうとし――足を止める。白亜はしばらく戻ってこない。梅里も同じだ。熊崎ならすぐ来るだろうが、あの手の男は大勢を相手に使う方がいい。桂木には相談するまでもない。無視一択だろう。というより、進也も普段ならそうしている。紅峰に至っては些事に関わる暇がない。

 ごちゃごちゃ考えはしたものの、気にして足を止めた時点で負けだった。いつも通り、気に食わないから、そうする。それだけの話だ。


「楽しそうだな、おい」

「え、あっ」


 集団が進也に気付いて、ばつが悪そうに顔を逸らす。


「あ、天杉先輩……」


 護が怯え交じりに呟き、助けを求めるように視線を向けてきた。

 何とも虫唾が走る。殴りつけたいところだが、先に集団の方を相手にする。


「何やってんだお前ら?」

「うわ……この人、例の先輩……」

「何って……話ですよ。ほら、俺ら神剣持ってないから貸してもらって、な?」

「えっ……」


 ひとりが肩を組んで護に言うが、当の護は困惑した表情を見せた。すると肩を組んだ生徒は、すっと自分の身体で陰になるように隠しながら護の腹に拳を突き入れた。手慣れた動作だった。


「うっ……」

「ほら、そうだろ? 早く言えよ」


 護は強制的に首を縦に振らされる。そこへ割り込むように、神剣を奪った生徒が進也へ懇願してくる。


「なあ、先輩! 俺も戦わせてよ! 柊の奴じゃなくて、俺の方が強いからさあ」


 一行に反応しない神剣を片手に、純粋な目で進也へ訴えてきた。ヒーローにでも憧れているのか、あるいは自分もそうなれると思い至ったのか。何とも可愛らしいことだ。

 進也は乾いた笑いしか出ない。彼らが同じ口で護を罵倒できることも、神剣使いへ勝手な憧れを抱くことも。


「あ、あの先輩……?」


 集団はこちらが笑っているのを不審に思い、後ずさる。


「一緒に戦いたいって? いいぜ別に」

「ホント!」

「ああ、ただし――」


 進也は熱を込めた神剣を一番手前の生徒の首へ突き付ける。じじっ、と生徒の髪先がわずかに焦げる。


「ひっ」

「俺と並んで戦うってことは、いつでも燃やされる勇気と覚悟を持ってるってことだよな? 向こうのオトモダチと明日再会しても文句は言わない――そういうことでいいんだよな?」


 一瞬にして集団が恐怖に凍り付く。集団の主犯格らしき生徒は判断が素早いもので、さっさと逃げ出していた。


「う、うわっ」

「ひいっ」


 他の生徒もそれに続くように逃げていく。

 進也は残った生徒から神剣を奪い返し、心底軽蔑した目で睨みつける。


「目障りだ。さっさとどっか行け」


 最後の一人もその言葉で走り去った。


「あ、その……」


 護がもじもじとして、言葉を何か紡ごうとする。それより先に進也は護に神剣を返した。


「あ、ありがとう……ございます」


 礼の言葉を言い終えたところで、進也は護の頭を引っ叩いた。


「っ!?」

「……くだらねえ。何で抵抗しねーんだ、お前」


 驚いた顔で護が進也を見返してくる。その瞳には涙がたまっている。


「そ、そんなの無理ですよ……!」

「はあ? 神剣持ってんだろうが。あんな連中、殴って黙らせろ」

「む、無理ですよ。だいいちそんなことしたら、写真撮られてこいつが暴力振るいましたって、言われるし……」


 写真という単語が出て、一瞬進也は言葉に迷うが、すぐに口を開いた。


「んなもん、こっちも向こうの弱みを握って脅し返せ。そしてもう一回殴って逆らえなくしろ」

「……うわあ」


 全く受け入れられないのか、護が呆然とする。


「そんなことしたら向こうと同じじゃないですか」

「同じになるのが嫌だからって、じゃあ代わりに泣き寝入りすんのか。それで姉ちゃんに助けてもらうわけか」

「ち、ちがっ、そんなこと……っ」


 心当たりがあるのか、護が言葉を詰まらせた。

 重い沈黙が下りる。護は自分からは何も語ろうとしない。進也は盛大にため息を吐いた。


「正直理解出来んわ、お前らみたいなのは」

「…………」

「まあ逃げたきゃ勝手にしろよ。こっちはいちいちお前らみたいな奴の性根を叩き直してやる暇も義理もねーんだ。やる気がねーなら消えてくれた方がよっぽど楽だ」


 容赦なく言い募ると、いよいよ涙を堪え切れなくなったのか、護が震えたまま両目を拭った。

 これ以上は不毛なだけだろうと、進也はその場を後にした。

 最後の火元に戻ってくると、七海と鹿沼の姿があった。静かに涙をこぼす鹿沼の背中を、横に立つ七海が優しく撫でている。


「あっ」


 七海が進也に気付き、声を上げた。若干、嫌そうな表情が混じっている。

七海につられて鹿沼も振り向く。


「天杉くん……こんばんは」

「ああ」


 不愛想に答えつつ、進也は七海を見た。


「……何?」

「別に。挨拶もできないバカがいるな」

「何ですって――」

「ま、円花ちゃん……」


 気炎を上げようとする七海を鹿沼がなだめる。納得いかない表情を浮かべながらも、七海が進也に向かって口を開く。


「こんばんは。これでいい? いいならさっさと行って」

「おーおー。一緒に戦った仲に対して冷たいな」

「どこが一緒に戦ったのよ。勝手に一人で先に突っ込んでっただけじゃない。おまけにあんな騒ぎまで起こして」


 桂木ほどではないが、七海も容赦なくまくし立ててきた。実際、反省すべき点は多いが、進也は悪びれずに返答する。


「お前らだってそうだろ。何もできずにうろついてただけで、解決してることはひとつもねえ。教師の説得にしろ、横から俺らが口出さなきゃいつ終わったんだ?」

「っ、それは――」

「自分で何ひとつ解決する気のねえ連中が集まったって、意味がねえんだよ。少しくらい、自分のバカさ加減を自覚しろ」


 護のことの直後で多少苛ついているのもあるが、進也は遠慮なく言葉を浴びせた。七海が怒りに震えるが、激発はしなかった。鹿沼の耳にも届いていたようで、自身の肩をぎゅっと抱いている。


「私、あんたのこと大っ嫌いだわ。あんたが皐月にしたことは忘れてないからね」

「そりゃ結構。俺もお前らのことが大嫌いだ。ま、せいぜい死ぬなよ」


 桂木とは違って激励にはならなかったようだ。ともあれ進也は会話を打ち切り、二人と別れた。去り際、勢いよく鼻を鳴らす七海と、頭を下げる鹿沼の姿が見えた。




 学友たちの見送りはつつがなく終わり、いよいよ長い夜が始まる。

 怪物たちがいつ襲ってくるかもわからない状況では、校舎の周辺は入念な警戒が必要だ。

 当然、進也も駆り出されている。戦力はもちろん、火での暖や明かり取りが重要だからだ。懐中電灯や携帯電話など、他にも照らす方法はそれなりにあるが、電池が切れればどうしようもない。

 逆に言えば、進也は寝ずの番を強いられる。初日から何とも非常識な警備体制であった。


「進也」

「あん?」


 突然声がかかり、進也は辺りを見回す。梨子の声だ。


「どこだ?」


 呼びかけるも、辺りに姿はない。空耳ではないだろう。梨子の笑い声がはっきりと聞こえている。


「おい、どこ――ぶわっ!?」


 いきなり頭に何かが覆いかぶさり、視界を塞いだ。慌てて手でつかんで引きはがす。

 戻った視界で確かめると、それは制服のシャツだった。


「……なんだあ?」

「くっくっ、いや成功成功」


 背後から声がした。振り向けば梨子がいつの間にか立っている。先ほど見回した時は全くいなかったはずだが。


「何だ、お前の剣の能力か?」

「すぐ気付くんだねえ。相変わらず勘のいい」


 梨子が笑いながら剣をかざした。前と同じように輪郭がぼやけたかと思うと、周囲の風景に溶け込んで、姿がまったく見えなくなった。

 進也が驚いていると、能力を解除して再び梨子が姿を現す。


「どう、面白い能力だろう?」

「何とも悪用できそうな能力だな」

「これを見てすぐ出てくる感想がそれかい? 進也も男の子というか、何というか」

「あのなあ……じゃ、他に何に使うんだよ。言ってみろ」

「……陰口を呟いている人のそばにこっそり近付いて内容を聞く、とか?」

「どっちにしろタチ悪いじゃねーか。あとなんだこのシャツは」

「ああ、そっちはいつまでも上が裸だと風邪ひくだろうから。見栄えも悪いしね。感謝してくれていいよ?」

「いや、別に寒くならんから、いらんのだが」


 進也はやんわりと指摘する。刺青が常に見えている点はともかく、神剣のおかげで体温が下がることはまったくない。


「ええっ……」


 梨子は大げさにショックを受けた様子でふらふらと離れる。


「せっかく……せっかく進也のためにわざわざ持ってきてあげたのに……布も貴重品だから、わざわざみんなの目を盗んで……ボクの努力……」

「……うるせーな、分かったよ。着りゃいいんだろ、着りゃ」


 露骨にいじける梨子に呆れながら、進也は渋々袖を通す。どうせ剣の能力で隠れてきたのだから苦労などしなかっただろうし、そもそも死体から拝借してきたシャツであろうことなど色々言いたいことはあったが、あえて口にはしなかった。


「うんうん。人の好意は素直に受け取るものだよ」

「お前はまず、人へ素直に差し出すことを覚えろ」

「難しいことを言うね。ところで感謝の言葉をもらってないけど」

「図々しい! あ~もう、ありがとよ。これでいいか? いいな?」

「いいとも。ではさらに貸しひとつということで」

「勝手に貸しを積み上げるな。ていうか、今のをカウントすんな」


 梨子がくすくすと笑う。いつも通りのくだらない掛け合いだ。

 空を見上げながら梨子が言う。


「こっちの星も変わらないね」

「そうか? 位置なんか全然違うもんばかりだろ」

「そーいうことじゃなくてだね。ロマンがないなあ」

「うるせーな。ロマンが欲しいんだったら星に名前でも付けたらどうだ? 今ならどの星も先着一名で、付け放題だぞ」

「ふむ……なかなかいいことを思い付くね」

「忠告しとくが、自分の名前を付けるのはやめとけよ。あとで死ぬほど恥ずかしくなって悶えるぞ」


 意地悪く言う進也に対し、梨子がいたずらっぽく笑みを返した。


「なるほど、じゃあ進也の名前を使おう!」

「はあっ? おいやめろバカ!」

「えーとあの大きいやつがシンヤガサツ星で」

「ダサい上に悪口じゃねーか! せめてまともな名前にしろよ!?」

「いやだって、『たこやき』って名前のついた星だってあるし」

「……何考えて付けたらそんな名前になるんだ?」

「そりゃあ、名付けた人がたこ焼き好きだったんじゃない?」


 呆れ果てる進也の腕を引き、梨子が空を指差す。


「ほら、進也も何か名付けたら? ガサツ星も一人じゃさみしいだろうし」

「もうその星決定なのかよ。面倒くせえなあ」

「別にボクの名前を使ってもいいからさ」

「あー……? じゃあリコヘンジン星で」

「却下。改善を要求する」

「自分の時だけ突っぱねようとするな」

「可愛くない。もっとセンスのいい名前にしてほしい」

「要求がムチャクチャだろ。……じゃあリコガーデニア星で」

「ガーデニア? どういう意味?」

「さてね。自分で考えろ――何してんだ?」


 梨子がスマートフォンを取り出していじり、無念そうに呟く。


「くそう、ネットにつながらないから調べられない」

「調べてどうすんだよ……」

「もちろん、意味を知ってからかうに決まっているじゃないか」

「センスを要求しておいて全力でネタに使おうとするな」

「ちなみにどの星にしたの?」

「決めてねえから好きにしろ」

「じゃ、あの隣の星で」


 梨子はガサツ星の隣で光る控えめな星を指差した。


「却下。お前はあんなにおとなしくない」

「こんなおしとやかな美少女を捕まえて、なんて暴言を吐くんだい」

「おしとやかって単語に喧嘩を売るな。あとお前の普段の言動は、俺への暴言じゃないのか」

「まあまあ。シンヤ星だってきっと嬉しいだろう? 隣にリコ星がいて」


 言われて進也は星を見上げる。普段、星を目にする機会は少ないし、その習慣もない。綺麗かどうかと問われれば同意するが、それ以上の感慨など持たない。

 シンヤ星は光が強く、そのためか近くに見える星が少ない。唯一そばにあるのがリコ星くらいで、それ以外とは離れた場所で輝いている。

 リコ星の光は強くない。ただ他の星と違って、これだけがシンヤ星の光を受けて瞬いている。孤高の星を支えるように、その輝きを反射している。


「……まあ少なくとも、寂しくはなさそうだな」


 ぼそりと感想を口にした。梨子がからかってくることはなく、むしろ機嫌良さそうに笑みを浮かべている。

 何が面白かったのかはよく分からないが、ともあれ進也は梨子へ向かって言う。


「とりあえず、いい加減見張りをちゃんとしろ。息抜きはここまで」

「えー。真面目だなあ、進也は」

「俺が真面目にやらなきゃならん原因の九割はお前だからな? 自覚を持て。反省しろ」

「ボクが原因で働いてる……つまり、愛だね?」

「ねーよ。起きたまま寝言吐くんだったらもうさっさと――」


 寝ろ、と言いかけて進也はあることに気が付いた。

 見張りの交代のため、一部の神剣使いは仮眠に入っている。当然梨子もその一人だ。だがこうしてこっそり抜け出してきている。

 何故そんなことをしているのか。理由は明白だ。眠れないからだ。


「あっ、えーと……」


 こちらが察したことに気付いたようで、梨子が目を泳がせた。

 異世界に来てから最初の夜に、何を思い出して眠りにつくのか。まともに眠れる人間が何人いるのか。

 進也はため息を吐こうとして――やめた。代わりに夜空を指差す。


「おい、次は?」

「え?」

「人名は却下。悪口も却下。今度はお前が何かセンスを発揮しろ」


 梨子が驚いた顔になり、すぐにまたくつくつと笑う。


「ずるいなあ」

「そりゃ俺は悪逆非道だからな。ずるいとも」


 二人は星の名付けを再開した。明日まで覚えてなさそうな小さな物にまで名前を考える。やがて梨子が微睡むまで、星の話は続いた。

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