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異世界転移したけど、それより先公ぶっ潰すのどうするよ  作者: kuro
我が身の裡に炎をともせ
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我が身の裡に炎をともせ12

 進也がダフニを倒すと、蛇の肉体は消失し、戦いによって荒れ果てた地面へと戻ってきた。


「……おい、梨子。大丈夫か」


 進也は背中を振り返る。同化で無効に出来るとはいえ、ダフニに斬りかかる間はずっと熱を(とお)させていた。進也の体が盾になってはいたが、余波(よは)の影響は(すさ)まじかったはずだ。


「……うん、なんとか」


 言いながら、梨子はぼとりと背中から落ち、へたり込む。

 見えている肌にはあちこち火傷(やけど)の跡がある。どうせ再生するとはいえ、かなり無茶をさせたものだ。

 ひとまず休ませておこうと進也が前を向くと、両断したはずのダフニの上半身が、わずかに身じろぎする様子が目に飛び込んだ。


「ちっ」


 進也は剣を振り上げる。全力を振り絞った後であるため、先のような威力は出せない。だが瀕死(ひんし)の相手への(とど)めなら、今の状態でも十分刺せる。

 そこへ、進也の剣を食い止めるように、トウダイがすっと体を割り込ませる。


「おい、テメエ!」


「……大丈夫だ。彼女の魂は砕けた。もう起き上がることはない」


 哀愁(あいしゅう)(ふく)んだトウダイの視線が、ダフニへ向けられる。

 ダフニはかろうじて顔を上げ、(うら)みがましくトウダイを、そして進也たちを見てくる。


「……こんなことをして、この世界がどうなるか、お前たちは分かっているの……?」


「この()(およ)んで何言ってんだ、このクソ女」


 往生際の悪さに、進也が吐き捨てるように言うと、ダフニの表情が冷笑へと変わる。


「私が消えれば、もうこの世界で神剣使いが生まれることはない……そうなればクロムの民はいずれ全て死にゆく……」


 生徒たちがざわつく。

 ストレーミア王国の人間は、進也以外の者にとっては、少なくない時間を共有した相手でもある。滅びると聞かされて、穏やかではいられない。


「お前たちは、この世界の人間を、私よりも多く殺したのよ」


 ダフニが哄笑(こうしょう)を上げた。生徒たちへ、呪いのように不快感を()り立てる。


「それは詭弁(きべん)だ。彼らに責任はない。(あやま)ちを(おか)したのは君であり、僕だ」


 トウダイがダフニの言葉をきっぱりと否定した。あらかじめ止めることの出来なかった自分自身の罪さえ言及しながら、ダフニを見下ろす。

 ダフニは不敵に笑い、言った。


「さようなら、トウダイ。私は、死んでもあんたが大嫌いよ」


「さようなら、ダフニ。僕は君を、記憶に閉じ込めて永遠に取り出さないだろう」


 トウダイが手を掲げ、重力を解き放つ。ぶわりと死の風が吹き、ダフニの体が(ちり)一つ残さず消失した。

 沈黙が下りる。


「……終わったの?」


 梨子が(つぶや)いた。実感が薄い。

 勝って、生き延びた。そのはずなのに、ひどく後味の悪い決着だった。


「……うむ。ダフニの干渉が入らなくなった今、君たちを元の世界へ帰すことが出来る。全ては、終わったのだ」


 かつての仲間を殺した動揺を(おお)い隠すように、(つと)めて平静な顔でトウダイが告げた。生徒たちに、一斉(いっせい)安堵(あんど)の表情が浮かぶ。


「か、帰れるんだ……!」


「もう、戦わなくていいのね……」


 口々に苦しみから解放される喜びを()らして、生徒たちが地面へ座り込んでいく。


「うむ。ただ人数が人数なので、少々時間はもらうが」


「それぐらい構わないわ。どうせ怪我人の回復も待つし、私たち以外の生徒や先生もいるものね。……校舎は一緒に送るのかしら?」


「問題ない。修繕(しゅうぜん)まで手が回るかは微妙だが、善処しよう」


 紅峰の問いに返答すると、トウダイはすぐさま重力を操り、準備に取り掛かる。


「……あの、それはいいんですけど。女神の言ってた通り、イールドの人間は、滅んでしまうんですか?」


 熊崎が躊躇(ためら)いがちにトウダイへ(たず)ねた。

 トウダイは複雑な表情で熊崎を見返す。


「さすがに僕も、このまま、ということにはしないが、ダフニがやったことの手前、あまり干渉しすぎるわけにもいかない。後始末が終わった後は、神剣のない世界になるだろうね」


「……やっぱりそうなんですか。だったら、僕をこの世界に残してもらえませんか?」


「ちょ、ちょっと熊崎くん?」


「この世界の人たちを助けたいんです。お願いします」


 どよめきが走る。熊崎の性格からすれば言い出しかねない内容ではあったが、それにしても、という話である。


「それは……君の気持ちは分かるが、しかし」


「いーじゃねえか。好きにさせりゃ。終わったら送り返しゃいいだけの話だろ」


「そう簡単に言わないでくれ。乱れた世界律の調整に気を使わねばならんのに、違う時間軸の人間を神剣ごと置いておくなど……」


 何やら聞き慣れない単語と共にトウダイが否定的な意見を述べる。


「というか、ボクらの神剣ってどうするの? そのまま持ち帰っていいの?」


 梨子が尋ねると、生徒たちも同様の疑問を浮かべてトウダイを見る。


「さすがに君たちの世界に持ち込むのは少々困る。他の上位者を呼び寄せかねん。こちらに預けてもらって封印を(ほどこ)すつもりだ」


「……まあ、当然の処置でしょうね」


 紅峰を始め、それぞれが感慨を込めて自分の神剣を見下ろす。苦労の方が多かったが、助けられてもきた武器である。


「納得いかない者もいるかもしれないが、神剣とは本来選ばれた者だけが手にするべき代物(しろもの)だ。今回のように、無差別に引き出して与えていい物ではない」


「その与えてきた奴が相応(ふさわ)しくないという不具合について、一言(ひとこと)


「皮肉を言わないので欲しいのだが」


 進也がすかさず茶々を入れると、トウダイは困り顔を見せた。


「それで結局~、熊崎くんとか、他にも残りたい人は、残っていいの~?」


「だから困ると言っているのだが……」


「何言ってんだ。今回のこと、テメエは悪いと思ってんだろ? だったらその責任取って、面倒くらい見ろや。都合よく、送り返すだけして終わりにしようとすんなよ」


 進也が指摘すると、トウダイは、うっ、と痛い所を突かれたような仕草を見せる。


「……手厳しいな。だが、確かにその言葉は正しい。逃げるべきではないな」


 トウダイは生徒たちを見回し、改めて呼びかける。


「こちらに残る希望者は集まっておいてくれ。滞在する間は、神剣を使っていていい。戻る時期になったら、同じように封印してから帰ってもらう」


 途端に、何人かが熊崎の元へ(つど)う。あれだけの過酷さを味わってなお、異世界の他者を思いやる者たちがいた。


「進也はどうするの?」


 梨子に尋ねられるが、進也は何の(てら)いもなく答えた。


「帰るわ」


「えっ……そっか。じゃあ、ボクも帰ろうかな」


「そうしとけ。いい加減休みてえからな」


 一足先に、進也はトウダイへ神剣を投げ渡す。


「あまりぞんざいな扱いはよしたまえ」


「うるせーな。おめーの(ツラ)と合わせて、もう見なくて済むと思うと、清々(せいせい)する」


「最後まで変わらないな……ふむ?」


 トウダイが、進也の神剣に対し目を細める。


「おい、なんだよ」


「……いや、何でもない。今さらだが、僕を信じて助けてくれて、ありがとう」


「おめーのためにやったわけじゃねえよ」


「うむ。本当の別れはまだあとだが、ともかくいったんお疲れ様だ」


「ああ、じゃあな」


 (きびす)を返す。

 去り際、熊崎と目が合った。()わしたのは数瞬だったが、やけに長く感じられた。

 熊崎は何か得心(とくしん)したように頷いてみせる。進也も(こた)えるように手を振り、背を向ける。お互い言葉は発さなかった。

 進也と入れ替わるように、梨子がトウダイへ神剣を渡しに行く。

 他にも、神剣を手渡す者や居残る者で、トウダイの周りは囲まれている。

 なんとも忙しい光景だったが、トウダイはどうにか一区切りをつけて、全員を見渡す。


「……今回の件は本当に済まなかった。全て僕の(おご)りが原因だ。もっとダフニを、気にかけていればよかった。謝って取り返しのつくことではないが、それでも君たちに対して非常に申し訳なく思っている」


 トウダイが頭を下げる。

 生徒たちは皆、複雑な表情で見返している。いたずらに怒りを露わに出来る者は、この場にはいなかった。

 トウダイが顔を上げた。


「そして、ありがとう。少々早いが、先に君たちには言っておこう。どうか元気で。ここで受けた苦しみが、元の世界で一日も早く(やわ)らぐことを(いの)っている」


 涙を流す者がいた。

 呆然(ぼうぜん)と空を見上げる者がいた。

 地面をひたすら眺める者がいた。

 友人とぽつりぽつりと会話を始める者がいた。

 怪我を負った者に、肩を貸す者がいた。

 壊れたアルディシアの街並みを見る者がいた。

 ストレーミア王国や、校舎のある荒れ地の方角を振り返る者がいた。

 それぞれが、異世界へ思いを()せていた。

 そして進也たちは、元の世界へと送り返されていった。

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