我が身の裡に炎をともせ10
上空でトウダイとダフニが戦いを繰り広げている。その様子を、地上から進也たちは歯がゆく見つめる。
「くそっ、俺のも飛べたり遠くまで撃てりゃ……」
「あの状況だと、下手に割り込むのもまずそうだけどね~」
「さすがに、あたしも当てる自信は無いね。効くかも怪しいけど」
介入出来ないまま趨勢を眺めるが、やがてトウダイが吹き飛ばされ、近くの地面に叩きつけられて戻ってきた。
「……やあ。やっぱりちょっと無茶だった」
「見りゃ分かるわ!」
「どどどど、どうするのさっ!?」
先の砲撃は、辺り一帯を消し飛ばすほどの威力を見せている。またダフニは皐月の時と違い、跳躍だけでは届かないほどの距離にいる。一度撃たれるだけでほぼ詰みだ。
こちらからは打てる手がない。相手だけが圧倒的に有利な状況で、とっかかりとなる布石さえ存在しない。諦めるつもりがなくとも、物理的に攻撃し得ない相手を倒すことは不可能だ。
「……いや、間に合った」
トウダイが呟いた。
と同時に、進也たちの周囲、そしてダフニの背後に、次元の歪みが発生する。
相手の攻撃かと身構えるが、出てきたのは梅里を始めとした、神剣使いの生徒達だった。
そして上空、躍り出た紅峰が自身の最高速をもってダフニの背を斬り、地面へと叩き落す。
「これは……」
進也たちが戸惑っていると、地面に激突したはずのダフニが凄まじい勢いで起き上がる。今の攻撃でも傷ひとつ負っていない。
「審判者ぁっ! お前か!」
およそ女神とは思えぬほど呪いのこもった叫び声を上げる。
ダフニやトウダイの仕業で無いなら、次元を操る者は他にはあり得ない。
審判者は、進也たちと少し離れた後方から姿を現した。
進也は敵意と困惑を抱えて身構える。
「テメエ、何でここに……」
「契約違反だぞ! 何をしている!」
進也の声をかき消すように、ダフニが喚いた。
審判者はトウダイと進也をちらりと見た後、泰然とダフニの方を向く。
「契約には反していない。貴様自身が出張って手を下すというなら、これは異邦者共を連れてくる手間を省いただけのこと」
「そんな屁理屈が通るか!」
「貴様が自分で蒔いた種、いや、植え替えた苗木だ。自分の手で刈り取るがいい。……あとは勝手にやれ」
最後の部分はトウダイに向けて言い放ち、審判者はそれ以上、この場に干渉する姿勢を取ろうとはしない。
「鞍替えしやがったのか? つーか、何が勝手にしろだよ、このゴキブリもどき」
トウダイとひと当てあって力を貸した、ということなのだろうが、負けた相手の変わり身ぶりに、進也はいまいち納得できず、文句が口を突いて出た。
審判者は反応を返してこない。眼中に無いということかと、舌打ちする。
だが進也以上に憤りを露わにする者がいた。
「……死人風情が」
ダフニは息巻くと同時に、手の平を宙にかざして広げると、何かを握り潰すように勢いよくその手を閉じた。
「ぐがっ……!?」
突如、審判者が体を痙攣させて呻き、兜の隙間から血を溢れさせた。そのままよろよろと膝をつく。
「もういいわ。誰に命を握られているかも分からないほど愚かなら、あんたは消えなさい」
ダフニが冷たく言い放った。恐らく審判者の生命を維持していた源を、今ので砕いたのだ。
「ぐっ…………のむ、……を」
息を呑んで見つめる異邦者全員に向け、瀕死の審判者は懸命に最後の言葉を紡ぐ。
「どうか私たちを……解き放……」
すがるように伸ばされた手は、何もつかめずに地面へ落ちる。女神の威光の下、イールドの歴史で暗躍し続けていた始祖の剣士は、そうして事切れた。
「ああ、くだらない。一番最初に目をかけてやったっていうのに。結局面倒ばかり増やしてくれたわね」
慰めの言葉ひとつなく、ダフニは肩をすくめる。
「ちょうどいいわ。誰かあれの代わりになる奴、手を上げなさい。そうすれば助けてあげるわよ。他は全員殺すけど」
「誰がやるか。テメエこそここで死ね」
ダフニはまるでいい思い付きであるかのように、生徒たちへ契約を持ち掛ける。当然ながら頷く者はいなかった。命を惜しむ者はいても、片手間に殺される枷をはめられた奴隷を望む者など、いるはずがなかった。
「何が女神だ。お前のやってることは結局、アリの巣に水を流し込んで遊んでるガキと大差ねえ。心底くだらねえ」
「だから何? 楽しいんだからいいでしょう。それにお前たちが下等なのには変わりないわ。アリの言うことなど、何故私が聞いてやる必要があるの?」
「そんなんでよく名を残そうなんて考えたもんだな。だから審判者の野郎も見限ったんだろうが」
「……ダフニ。君はやり過ぎた。僕は君の存在を、この世界から徹底的に消し去る。君の望みとは反対に、君の為した痕跡を一切イールドに残さない。それが君に与える罰だ」
「……私は消えない! 消えるのはお前たちだ!」
めきっ、と音を立ててダフニの体が爆発的に膨れ上がる。人の形から一挙に変貌を遂げ、装甲を覆いまとった多頭の蛇と化す。
咆哮が上がり、プレッシャーの増した上位者の神威が襲い掛かる。
潰されかけ、及び腰になる生徒たちの精神へ進也が点火、トウダイが圧力を重力で受け止める。
「勝つぞ! 倒して、生きて帰ってやれ!」