我が身の裡に炎をともせ9
「どいつもこいつも……何でいつも思い通りにならないのかしら」
女神ダフニが吐き捨てるように呟いた。
その瞳には一切慈悲めいたものは浮かんでいない。むしろ汚らわしいものであるかのように、進也たち神剣使いを空から見下している。
「……あれが女神? 思ったより、何と言うか」
「……小物っぽいね。見かけはともかく」
熊崎と桂木が印象を述べた。
元々好感など持ちようのない相手だが、それを抜きにしても、神々しさというものがまるで伝わってこない。
「何だっていいさ。わざわざこっちに姿を見せやがったんだ。チャンスだろ」
進也は、どう戦うかの算段を付けながら、状況を前向きに捉える。周囲も同意して頷く。
出てきた理由が何であれ、ダフニの元まで向かう手間は省けた。このまま倒せるならば、それに越したことはない。
「……私が神剣を与えてやったおかげでこの世界で生き延びられたくせに、よくもまあ無礼な口が聞けるわね。おまけに、戦うつもり? 舐めてるの?」
ダフニは依然、業を煮やした様子で蔑んでくる。
「舐めてんのはテメーだ。人をこんな世界に拉致ったあげく、恩着せがましく神剣を『与えてやった』だあ? 誰も頼んでねーよ、ボケ。気にかけてるつもりなら、今すぐ死んで詫びろ、クソアマ」
話しかけられ、進也は溜まりに溜まっていた女神への鬱憤を反射的に軽く放り返してやった。
痛快な物言いに、梨子や白亜がくすりと笑う。その他、桂木や熊崎なども、感じ方に差異はあるにせよ、おおむね言い分に同意を浮かべる。
「ああ、そう。口を聞くだけ無駄ってわけね。ならいいわ。戦えるつもりなんて愚かなことを考えているのなら、その希望ごと捻り潰してやるわ」
次の瞬間、強大な重力がかかったような圧力を受け、進也たちは全員その場で立つことすら出来なくなった。
「ぐっ!?」
「うわあっ!?」
「っ……!」
「きゃあああっ!?」
各々が悲鳴を上げる。見えない力が圧し掛かり、全身が軋んだ。進也たちだけでなく、トウダイも同じ状況だった。
「……上位者という、存在は、いるだけで、こうした影響が、出る。手を借りる、意味が分かる、だろう?」
トウダイが教えてくるのを、進也は忌々しげに聞く。
女神の精神性がいかに幼稚であれ、力まで飾りなわけではない。このままでは、言葉通り戦いにすらならない。
進也はこのプレッシャーを跳ね除けられないかと、神剣を握り締めるが、改善の兆しはない。他の者も同様だ。
特に皐月への被害は深刻だった。先ほど打ち倒されたばかりのところへこの圧力が続けば、今度こそ死にかねない。
「ちっ……だったらテメエも解除して、なんとかしろや!」
「無茶を……僕まで今やったら、君たちが先に死ぬ、ぞ」
「じゃあどうしろって……!」
トウダイは重力を発生させ、無理矢理に力場を中和する。
急に圧力の軽くなった面々は、崩れていた態勢を慌てて立て直す。
その間にトウダイは、上空へと飛び上がり、ダフニと対峙する。
「……トウダイ!」
どちらにとっても、久々の邂逅ではあった。
だが見せ合うのは、旧交を温める仕草ではなく、片や憎しみのこもった眼差しであり、片や怒りと悲しみの混ざった面持ちであった。
「……何故だ、ダフニ。何がここまで君を駆り立てた」
「聞いてどうするつもり? またあんたのくだらない正義感で、止めるとでも言うつもり?」
「無論だ。いささか遅きに失したがね。それでも、今の君の蛮行は見過ごせない」
「……ふっ、あはははは! あっはははは!」
堪え切れない、といった様子で吹き出すダフニに、トウダイは戸惑う。
「何がおかしいのだ、ダフニ」
「おかしいに決まってるでしょう! ふっ、ふふふ……トウダイ、私は前からずっと、あんたのそういう所が気に食わなかった!」
ダフニは、皐月がやってみせたのと同じように魔力を集中させ撃ち出した。
圧力と制限のかかる中、トウダイはなんとか攻撃を横へかわす。
遥か後方に着弾した砲撃が、皐月の時とは比べ物にならないほどの威力で爆発し、地形を大きく変える。
「お前はずっと周りの上位者にもその振る舞いを強要したわ……! 冗談じゃない! 指先ひとつで星を壊し、再構成するような化け物がいる中で、私の力と振る舞いが、どれほど存在価値を保てるっていうのっ」
「……ダフニ、君は……」
「だから私は、やめにしたのよ。上位者としての在り様なんて捨てた。自分のために力を振るうことにした。自分よりも見下せる連中がいる場所で、右往左往する様を眺める。そしてそいつらに恩恵を与えて讃えさせる。滑稽でしょう。愉快でしょう」
「君は、そのためだけにあの生徒たちから神剣を引き出したのか」
「ええ、そうよ。でも節度は保っているでしょう。全員からは引き出さなかったもの。あいつらは感謝しないといけないのよ。一時でも、他人より優れた自分になれるという夢を見れた。だからあいつらは、私の思い通りにならないといけないのよ」
「……君は、これで後悔しないというのか? 彼らの人生を滅茶苦茶にしても、少しの良心も痛まぬと、本気で思っているのか?」
決別を確かめる言葉を、むしろ自分の方が苦痛を伴うような表情で、トウダイはぶつけた。
「ええそうよ。でも滅茶苦茶にしたのは私のせいじゃない。私をこうしたあんたたちが悪い」
「……分かった。もういい。僕の友は、未来永劫失われた。たとえこの戦いに勝とうが負けようが、二度と戻っては来ない」
「私は消えたりしないわ。死ぬのはお前たちだけよ!」