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転移直後7

「あっ!」


 神剣使いの集団の中から、こちらに気付いた一人が駆け寄ってきた。水使いの生徒だ。


「二人とも起きたんだね! 良かったあ!」


 水使いの生徒は人懐っこい笑顔を浮かべながら話しかけてきた。


「すごい格好良かったね、あの剣さばき! 怪物たちみんな逃げだしちゃってさ! そっちの女の子も神剣使いだったんだね! どんな能力なの? あ、俺、二年の熊崎明日真! 君たちは!?」


 熊崎はうるさいくらいに明るくまくし立て、手を差し出してくる。進也は思わず開いた口が塞がらなくなる。


「ボクが姫口梨子。でこっちが天杉進也。同じ二年だよ」

「そっか、よろしくね、天杉くん、姫口さん!」


 ずいっと熊崎は握手を求めてくる。進也は避けようとするが、梨子が横から手を無理やり差し出させる。


「おい!」

「よろしく!」


 熊崎は無遠慮に手を握ってきた。進也はすぐさま強引に引きはがし、汚いものへ触れたかのように手をぶんぶんと振った。


「そんなに避けることないじゃないか」

「ごめんね、照れてるだけだから」


 言って、梨子は笑顔で自分も熊崎と握手を交わした。


「そっか。大丈夫だって、なんせ同じ神剣使いだし。これから一緒に戦えるなんて楽しみだなあ!」


 ひとり陽気な熊崎の様子に進也はげんなりする。ふと女性陣を見れば、二人とも笑いをこらえていた。熊崎が進也の苦手なタイプだと察したらしい。


「あのよ……大丈夫かよ、お花畑じゃねーのか、こいつ」

「捉え方次第だと思うけどね。きついハードルを越えるには、こういう人間も必要よ」


 紅峰はきっぱりと言い切る。進也は好悪で判別するが、紅峰の方はあくまで困難へ立ち向かうための人材とみなしているようだ。


「贅沢は言えないでしょう?」


 紅峰の念押しに進也は肩をすくめた。


「……で、その贅沢を言ってるのが先公どもか?」

「まーね。この状況で『助けを待とう』って言い始めてるわけ。嫌になるわ」

「怪我人、死人に、周りの土地見てそれ言えるんなら、もうただの現実逃避だろ」

「あら、いいわねその指摘。私の代わりに言ってあげて」

「ふざけろよ」

「実際、話が通じないんだ。ここが日本じゃないって言ってるのに、警察や救急車が来る、それまでおとなしくしろ、だもの」


 熊崎も困った表情で言った。無駄にテンションの高いこの男も疲れるほどとなると、よほど頑迷な教師ばかり残っているようだ。

 せっかく助かったのだから大人しくしておけばいいものを、と進也は考える。


「しかしあの騒ぎでよく生き残ってたな」

「多分だけど、残ってる教師の内、ほとんどは真っ先に逃げ出したんだと思うわ。少なくとも、校内で見た覚えがないもの。他の教師は軒並み死んでいるか、精神をやられてるし」


 紅峰が言うと、梨子が複雑な表情で口を開く。


「状況が状況だから、逃げるのが悪いとも言えないのがなんとも、だね」

「あ、小手毬先生は違うよ。俺と一緒にみんなを逃がしてたから」


 熊崎の言葉に、進也は即座に反応した。


「どいつだ?」

「あの若い女の先生。うちの担任だよ」


 熊崎が指差した方を見ると、困ったように佇んでいる女教師の姿があった。小手毬は檎台と同じく後方に控え、言い争う他の教師と生徒たちを、おろおろしながら見守っている。


「――なるほど」

「志の高い教師はありがたいわね♪」


 味方にしやすく御しやすい、とにらんだ進也と紅峰は黒い笑みを浮かべる。


「……ねえ、姫口さん。何でこの人たちこんなに悪い顔してんの?」

「それはもちろん、正義の味方ではないからだろうね」


 熊崎が何やらぼやいている気がするが、進也たちにとってはどうでも良かった。




「子供がふざけたことを言っているんじゃない! 警察が来るまで大人しくしろ!」


 真っ向から喚いている教師に進也は見覚えがあった。転移する前にも顔を合わせた野球部の顧問、南竹赤彦だ。


「そうよ! 怪我した子も大勢いるのよ!? あなたたちに何ができるっていうの! じっとしてなさい!」


 同調して中年の女性教師が叫ぶ。こちらの名前には思い当たらない。おそらく他の学年の担当か。


「この騒ぎだと、きっと自衛隊が来るんじゃないですか?」


 檎台が口を挟んだ。中年の女性教師はすぐさまそれを真に受けて言い募る。


「聞いたでしょ、自衛隊の人が来るまで勝手なことは禁止よ!」

「外の穴掘りも止めさせろ! 校庭に死体なんぞ埋めて、お前たち恥ずかしいと思わんのか!」

「先生、きちんとこっちの話を聞いてください!」


 女生徒のひとりが毅然として訴える。七海円花だ。こちらに合流していたらしい。離れた位置に鹿沼の姿もある。

 大柄な男子生徒が七海に追随し、教師たちを説き伏せようとする。


「重傷の者が大勢います。周りには民家ひとつない。助けを待っている暇はないんです。こちらから探しに行かなければ」

「子供が生意気なこと言うんじゃない!」

「いい? きっとマスコミも大勢来るわ。何も言ってはダメよ。怖かったとか、助かって良かったとか、そんなことを言っとけば悪い噂は少なくなるから――」


 南竹が怒声を浴びせ、女性教師がのたまう。既に頭の中では、実行可能かどうかはともかく、今後のことが出来上がっているらしい。的外れどころの騒ぎではない。進也は聞いてるだけで吐き気がしそうになり、梨子も目を丸くする。


「――よろしいですか、先生方?」


 火中の栗に等しい言い合いへ、凛然と紅峰が割り込んだ。


「紅峰、貴様、どこへ行っていた! 生徒会長なら、きちんと他の連中を止めろ!」

「紅峰さん、あなた前々からそうだけど、目上の人間に対する態度はきちんとしなさい。そのおかげで私のところにいつも苦情が」

「すみません、お二方、並びに他の先生方も。黙ってていただけますか? これからのことは既に決めましたので」

「は?」

「意見は受け付けません。いわゆる緊急避難、切迫した状況に対する即時かつ暫定の処置です。まず、現状における全指揮権は我々神剣使いが取り仕切ります」

「は? な?」


 突然のことに教師たちは理解が追い付いていない様子だ。紅峰は反論の隙を与えまいと、そのまま畳みかける。


「神剣使い七十七名。まず七名をリーダーとして選抜。その下に残りの神剣使いを部下として配置。部隊として活動させます。神剣を持たない一般生徒をさらにその下に配置。先生方の位置もここですね、誰も神剣はお持ちではないですし」


 人数を聞いて進也は表情には出さず驚く。残っている生徒全体の数からすればもちろん少ないが、ずいぶんと景気よく神剣は配られているようだ。この場にいる人数は七十七名に満たないが、何人かは歩哨に行っているのだろう。


「な、何を勝手な――」

「各部隊は周辺の探索、食料・資源の調達、拠点である学校の防衛……任務をこなして生活基盤を形成します。何しろ、手持ちや備蓄をかき集めても三日持ちませんので」

「そ、そんなに……!?」


 発言を控えていた小手毬が驚愕する。


「この人数ですよ? 医療品が足りないのも当たり前、布の一枚だって貴重品です。正直、木造の学校だったらさらに使える部分があったかもしれませんね。床板を引きはがすとか」

「ば、バカなことを」

「ええ、そうです。ばかげた話です。でもそうしなければならない。私たちは絶望的な状況にある。明日になったらまた、死者が増えるでしょう。だからなんとかしなければならない。そうならないためにも、行動しなければならない」

「勝手なことを抜かすな! 誰がそんなことを許すものか!」

「話を聞いていました? あなたたちの許可はいりません。今の話は神剣使い全員へ既に通達してあります」


 他の神剣使いが一斉に頷く。


「……えっ」


 寝耳に水だったのか、梨子が小さく声を上げる。進也たちは遅れて起きたせいもあって、正確な話は後回しにされたようだ。あるいは進也が察していたから省いたのか。


「いいから頷いとけ」

「ひどい政治ゲームだなあ」


 ぼやく梨子を尻目に、紅峰の舌戦は続く。


「別に先生方を疎んじるつもりはありません。手は足りていませんし、他の生徒同様に働いてもらおうと思っています。ただ結局、最重要な戦力というのは、この女神から与えられた神剣、そしてその使い手たちです。例の怪物にそれ以外の物で対抗するのが不可能なことは、既にご存知なはず。我々が立つしかないのです」


 怪物のことを口に出され、教師たちはごくりと息を呑む。さすがに直前に刻まれた恐怖は抜け切るものではない。


「先生、俺たちならやれます! 信じてください!」

「子供の俺たちに信用がないのは分かっています。でもやるしかない」

「これ以上友達が減るなんて嫌っスよ!」

「お願いします!」


 神剣使いたちが声を張り上げる。だが南竹は納得せず声を張り上げる。


「ふ、ふ、ふざけるな! 何で私たちが子供の言うことを聞かねばならん! 大体、お前たちの言うとおりにして助かる保証があるのか!?」


 冷静でないとはいえ、南竹は痛いところを突いてくる。当然、紅峰も即答はしなかった。


「……それは確約できません。ですが座して死を待つよりはマシです」

「助かる見込みもないくせに、子供がそんな真似をするんじゃない! これは命令だ! 全員学校から出るな!」

「そんな、横暴だ!」

「子供は大人の言うことを聞いていればいいのよ! 分かったら大人しく――」


 だんっ! と轟音を立てて進也は剣を床に突き刺す。全員の目が一斉に向いた。

 タイミングとしては頃合いだろう。進也自身、教師たちの言い分に限界だったし、紅峰の口にする規律はさっさと行き渡らせなければ未来がない。


「おい、ひとつ聞くぜ」

「な、なんだ」


 進也に苦手意識を覚えているのか、南竹は素直に聞き返してきた。


「俺はな、さっきの襲撃の時、怪物を殺すために校舎を見て回った。隅から隅まで散々だ。何しろダチの仇だからな。全員すり潰すまで気が収まらねえから、それこそ一匹も逃さねえつもりで探してた。ここまではいいか?」


 ほとんどの者が進也の戦いぶりを目の当たりにしている。神剣使いたちはもちろん、話し合いを見守っている一般の生徒たちも漏れなくその言葉を肯定した。


「そ、それがなんだと」

「今そこの会長さんから聞いたんだけどよ。あんたらの姿を全然見かけなかったんだとよ。そこら中、怪物騒ぎで混乱してて、すぐに逃げ出す暇なんかなかったはずなのに、中心で動いていた会長が見かけてねえ。もちろん俺もだ。どういうことだ?」


 ざわざわと周りが騒がしくなる。進也は教師たちの反論を待った。


「そ、それがどうした! あの騒ぎの中で、いちいち覚えてるわけがないだろう!」

「そうだな。別にそれだけでどうのこうの言うつもりはねえ。だが引っかかることは他にもある。どうもあの怪物ども、襲う相手には優先順位があるみてえでな」

「優先順位?」


 熊崎が疑問を返す。進也は頷いて話を続ける。


「襲われたのは生徒が中心。まあこれは当たり前に聞こえるよな、人数が多いんだからよ。けど違う。あいつらが襲ってた生徒ってのは、神剣を持ってねえのがほとんどだ。神剣を持っている連中は殺すのを優先してねえ」

「そういえば……」


 熊崎が何やら思い当てたように呟く。怪物は校舎への侵入を優先しており、目前の神剣使いへの攻撃はあくまで即応的だった。吹き飛んだ神剣使いがいた時、止めを刺さずに侵入してきたことが裏付けている。


「何でなのか理由は知らん。殺しにくいから避けてるのかもしれん。ただ重要なのは、最初に狙われるのは一番弱い、神剣を持ってねえ生徒って話だ。これと、誰も先公共を見かけてないって話と、真っ先に逃げたって話を繋げると、どうなる?」


 騒ぎが増していく。察しのいい者たちは既に当たりを付け、一斉に表情を変えた。


「まさか……!」

「単刀直入に聞くぜ。お前ら生徒を囮にして逃げたな?」

「なっ!」


 進也の言葉とともに、数名の教師が顔色を変えた。全員ではない。小手毬は驚いて他の教師たちを見やり、檎台もすました表情で生徒たちと教師たちとを交互に眺める。


「ち、違う! そんなことはしていない!」


 白衣の教師が前へ出て訴える。真っ先に反論している時点で疑わしさは濃厚だ。


「マジかよ、あいつら……!」

「ひどい、それでも先生なの!?」

「せ、先輩が、あとから行くからって、言ってたのに、この人たちのせいで……!?」

「ち、違う! 違う! 天杉、貴様! デタラメを言うな!」


 教師たちは必死に抵抗の声を上げるが、流れは既に傾いている。

 進也は、本当かどうかなどはどうでもよかった。半分以上はただのカマかけだからだ。論理は飛躍しているし、校舎の捜索にしろ、実際に隅々まで向かう時間はなかった。何より、誰かを盾に使う状況に心当たりがあるのは、生徒でも教師でも変わらないだろう。自分の命を優先しているなら何らおかしい行動ではない。

 だが目撃者がいなかったのは、囮にされて全員死んだからだと、その点に関してははっきりと疑わしい。そして生徒たちもそこに思い至ったなら、彼らは教師たちを許すだろうか。

 目論見通り、生徒たちの不信は最高潮に達している。紅峰の「神剣使いが指揮を取る」という宣言の後押しには十分だろう。

 進也が紅峰の演説の再開を待っていると、檎台が諦めたようにため息をついた。


「だから言ったじゃないですか、兜川先生。『やめた方がいいんじゃないですか』って」


 檎台がそう言うと、白衣の教師が取り乱した。


「檎台、お前! 余計なことを――あ、いや」


 生徒たちの視線が一斉に注ぎ込まれる。檎台へ文句を言おうとしていた兜川は青い顔で黙り込む。


「あ、紅峰さん」

「は、はい?」


 場違いに間延びした声で檎台は呼びかける。


「聞きたいんだけど、紅峰さんのお話だと、僕たちを見捨てるとか、そういうことはないんだよね?」

「え、ええ、もちろん。全員助ける考えで提案しているつもりです」

「じゃ、食べ物を不公平に配るとか、そういうことはないと」

「ええ。といっても余裕がないので、調達できるようになるまで負担は強いることになるでしょうが、不公平にするつもりはありません」

「なるほど……じゃあいいかな。うん、僕は君たちを支持するよ。存分にやってくれ」


 檎台はそう言って神剣使いたちの方に付いた。よろしくね、とこれもまた真剣味の感じられない声で告げてきた。


「檎台、お前ふざけているのか!?」

「いや、だってあの怪物たちと殴り合いなんてできないでしょ? 彼らが代わりにやってくれるって言うんだし、だったらいいじゃないですか」

「そんな適当な……!」

「子供から命令されて言うことを聞く羽目になるのよ!?」


 ヒステリックに兜川たちが叫んでくるが、檎台の方は何処吹く風といった様子で聞き流している。


「言っておきますが、活動を怠けた者へのペナルティは容赦しませんよ?」

「ああ、うん。それは当然だと思うし、せいぜい頑張るよ。助け合いだしね」


 紅峰は念を押して意志を確かめるが、檎台は柳のように受け流した。


「あ、あの……私も賛成です。こんな状況じゃ、教師も生徒もない。ううん、私は大人だし、あなたたちが子供が率先してやるなら、それを助けないと」


 小手毬も手を挙げ、生徒たちのそばへ来る。すぐさま熊崎が喜んだ様子で小手毬の元へ向かい、歓迎している。


「アンタたち正気か!?」

「これだから経験の浅い教師は――」


 責められる小手毬をかばうように紅峰は言う。


「正気じゃないのも、しっかりしなきゃいけないのも皆さんの方です。ここはどう見ても日本じゃない。警察や自衛隊の救けなんて来ない。もう分かっていらっしゃるでしょう?」


 突きつけられた言葉に、今度こそ教師たちは沈黙する。本当は全員が、分かっていて目を背けているのだ。


「何としても全員で生き延びる。そして元の世界へ帰る。そのためには、力ある者が率先して立つことが必須。同時に、あなたたちの協力も、不可欠なんです」


 紅峰が振り向く。生徒たちへ、希望を奮い立たせるため言葉を紡ぐ。


「誰のことも見捨てないつもりでやる。あなたたちを無事に帰す。私は、私たちはそのために戦うわ。だからみんなの力も貸してほしい。どうかお願いよ」


 返事はない。だが言葉はいらなかった。悲しみに暮れる者も、怒りにたぎる者も、無力に打ち震える者も、全員が同じ表情を返した。決意の顔だ。


「ありがとう。では、さっそくだけど部隊の編成と行きましょう。まずは各リーダーに集まってもらいます」

「え? もう決まっているんですか?」

「さっきの戦いで目星は付けてるからね。もちろん、あなたもよ、熊崎くん」

「え、俺!? 嘘、マジですか!?」


 はしゃぐ熊崎へ、周りが称賛やからかいの言葉をかける。紅峰はさらに続ける。


「他は三年の梅里南波くん、桂木月乃さん、柊白亜さん、およびその弟で一年の柊護くん、そして二年の天杉くん。最後に私を含め、この七人がリーダーよ」


 各自から驚きやどよめきの声が上がった。進也は無論、驚きもせず肩をすくめる。


「それじゃ会議と行きましょう」


 紅峰は、リーダーたちを見回して、にこりと微笑んでみせた。

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