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転移直後6

「どんぐらい時間が経った?」


 保健室を出て早速、進也は紅峰へ尋ねた。


「あれからまだ小一時間ってとこね。色んな始末に追われて、みんな大忙しよ」

「会長さん――紅峰さんはこっちへ来て大丈夫なんですか?」

「ホントはダメ。でも、今回の功労者のあなたたちがいないと、どうせ始まらないから」

「功労者?」

「ひとつは神剣使いであること。もうひとつは積極的に事態へ介入し、怪物たちを率先して追い払う、あるいは生徒を守ることに貢献した、これね」


 指を立てて紅峰が説明する。実感が湧かないのか、梨子は「はあ」と気の抜けた返事をした。


「その神剣使いってのは?」

「言葉通りね。この剣――この世界イールドの女神とやらが私たちに授けてくれた剣ですってよ」


 紅峰が自分の腰に差した剣を示す。


「イールド? 女神? なんか本格的にゲームみたい」

「……どこでそんな話を?」


 不審をあらわに進也は尋ねる。紅峰は気にせず微笑んだままだ。


「気になる? でもあいにく、ゲームでよくいる黒幕だから、とかじゃないわ。さっきお告げがあったのよ。その女神とやらから」

「お告げ?」

「『この世界イールドに危機が訪れている』。『女神の名はダフニ』。『神剣を異世界の勇者たちに授ける』。『どうか魔王を倒してほしい』。『よろしくお願いします』、だそうよ」

「うわあ……」


 梨子が呆れたように呻く。進也も印象をそのまま口にする。


「うさんくせえ」

「でしょうね。私も同感。しかもお告げがあったのは騒動が収まってから。剣はその前に与えられているのに、助言などはなかった」


 紅峰の言動には含むところがあった。直接ではないが問われているのだと進也は察し、答えを返す。


「選別した?」


 紅峰は出来の良い生徒を見るような目で笑みを増し、頷く。


「恐らくは。神剣を扱うにふさわしい人間がいるかどうか。積極的にこの世界に関わろうとするかどうか。その選別だと思う。女神が性悪だという仮定での話だから、ちょっと憶測が過ぎるけどね」

「でもそれがホントなら、恭二くんたちは……」


 ショックを受けた様子で梨子が呟く。恭二や他の生徒たちは偶々女神の気まぐれで死んだ。そういうことになる。


「進也……」


 梨子が進也を気遣うように見る。


「安心しろ。ブチ切れたりしねえよ。そもそも推測が外れてようが、俺らもその女神とやらの気まぐれに巻き込まれてるのは変わりねえ」


 進也は平静に告げる。腹立たしいのは確かだが、また取り乱すような真似はしない。


「ボクたちは帰れるんですか?」


 梨子が核心の話をする。紅峰は何とも言えないような表情で梨子を見返す。


「……魔王を倒せばなんとかなる。とりあえずはそう思われている」


 紅峰は再び含みのある言い方をした。つまり、また問いだ。進也はあっさりと答えを口にした。


「ありえねえな」

「進也?」

「どうしてそう思うのかしら?」

「詐欺の手口だ。嘘はついてない。だが肝心の話は言ってない。帰れるって話は、アンタが聞いた限りその女神の話の中にあったか?」

「……念のため言っておくけど、他の生徒の前では口にしないでね」

「しねえよ。気づかねえ無能のことなんぞどうでもいいわ」

「うわあ……ハードモードだねえ」


 梨子も軽口を叩いてはいるが、その顔にはショックが隠せていない。


「察しの悪くない子たちで助かるわ。あなたたち――特に天杉くんにはやってもらいたいことがあるからね」

「やってもらいたいこと?」

「まあすぐに分かるわ」

「今度はあんたが選別か? ……ふむ」


 進也は今後の事態を予想する。周囲は荒野で、人家も存在しない。校舎という建物はあるものの、大勢の生徒たちが住む生活圏としては不便が多すぎる。食料、水、布や衣類、怪我人の対処や医療品、足りないものはいくらでもある。おまけにあの怪物だ。まともに休む安心さえ保証されない。

 どうにかして生活基盤を作らなければ明日にでも全滅する。となれば、この異世界を探索するしかない。

 進也は答えを察し、紅峰へ告げる。


「無能はいらねえぜ。バカもごめんだ」


 紅峰が虚を突かれた表情を見せ、すぐに笑顔へ戻る。


「贅沢ね。配慮はするけど、期待はしないでちょうだい」

「ま、この状況だしな。文句は言わせてもらうが」

「ええっと、何の話?」

「気にすんな。今後のことさ」

「あんまり人を置いてけぼりにしないでほしいなあ」

「察しがいいのも困りものね。あ、恋人さんはさすがに入れといてあげるわよ」

「「は?」」


 進也と梨子は同時に声を上げる。


「恋人? 誰が?」

「い、いやいやいや。あなたたち、そうでしょ、どう考えても」

「「いや、違うが」ますけど」

「ん……んんん? 姫口さん、あなたあんな大立ち回りして天杉くんを止めたのよね? それで恋人じゃないの?」

「違いますよ。進也は友達です」


 梨子はきっぱりと言った。紅峰が進也の方を見てくる。


「……いろいろ事情があんだよ。察してくれ。とりあえず、恋人ってのは間違いだ」

「そ、そう」

「だからわざわざ配慮する必要はねえぜ。俺のそばにいるような物好きだからな。そこそこ度胸はあるし、剣を使うのも素人じゃない。勘も、まあ鈍くはないし。こき使っても問題ねえ」

「人の意志を無視して勝手に話進めないでくれる?」

「いいじゃねえか。この危機的状況だ、素敵な出会いがあるかもしれんぞ」

「む、それは確かに魅力的……」

「ちょ、ちょっとそれは困るわ。人材は集中したくないけど、さっきの暴走を考えたら姫口さんにはついていてもらわないと」


 紅峰が慌てて口を挟む。彼女の今後の方針を考えれば、進也が再び暴走するリスクは許容できないだろう。


「次はしねえよ、あんな真似は」

「あのね、言葉だけで信用があると」

「もし同じことになったら、自分で首を掻っ切る。その場で、即座にだ。なんならあんたが殺してもいい。抵抗はしねえ」


 進也は告げる。無論、本気だ。気に食わないものは壊す。それは周りだけでなく、進也自身にも科している考えだ。自分で自分を思い通りにできなくなったなら、きっと進也は両親と同じになってしまう。ならば遠慮なく自死を選ぶ。


「……あのねえ。武士じゃないんだから」

「そんなつもりはねえよ。これは俺の考えだ。返答は?」

「……オーケー。配慮はなしでオーダー組むわ。ただし、返品はしないでね」

「構わねえ。そのぐらいは飲む。だがいいのか? その前にクリアしなきゃならんことがあるだろ」

「ええ、そうね。だからあなたにはそこで存分に立ち回ってもらおうかと」

「成り行き次第だな。何人残ってるのやら」

「七人ね。現実見てくれないのが五人くらい」

「最悪だな。もっと減らせよあの怪物ども」

「私たちでさえ現実感がないんだから、しょうがない所ではあるけどね」

「……ああ、今度の話はボクにもなんとなく分かった。というか、進也はともかく、紅峰さんまでそんなこと言っていいんですか?」

「詳細は省くけど、行動しない人間に価値があると思う?」


 紅峰の怜悧な眼が光る。梨子は黙り、進也は嘆息する。


「ま、なんにせよ詳しいことは向こうについてからね」


 一行は校舎を出て体育館へ向かう。外には、亡くなった生徒たちの遺体が並べてある。その周りで穴を掘っている生徒たちがいる。


「……埋めてるの?」

「まだその用意の段階ね。お別れを済ませたがってる子たちも多いし……」

「……本当に、みんなもう会えないんだね……」

「…………」


 梨子の沈痛な呟きに、進也も押し黙って生徒たちを眺める。


「見知らぬ異世界で亡くなって、こんな荒れた、怪物の闊歩する土の下に埋まってもらなわきゃならないなんてね……」


 紅峰も、何かを堪えるように言葉を漏らす。


「……後で俺が燃やす。適当に集めといてくれ」

「助かるけど、大丈夫?」

「どのみちやらせるつもりだろ? 知らねー奴もいるのに、いちいち気にしてられるか」

「そうね……ありがとう」


 感じ入ったように紅峰は礼を言った。

 体育館へとたどり着く。中では、無事だった生徒たちが身を寄せ合っている。怪我人もいるが、比較的軽症の者が痛々しく布を巻きつけていたり、床に寝かされていたりするだけで、重篤者は見かけない。別のスペースへ隔離しているのだろう。


「そういや、俺らはなんで向こうにいたんだ?」

「さっきも言ったけど、功労者ってのがひとつ。もうひとつは……まあ言わなくても分かるわね」


 周囲の生徒たちが、進也と梨子へ目を向けてくる。好奇の視線も多いが、不信や恐怖も同じくらい混じっている。


「……なるほどね」

「自分のしたこと、しっかり反省しないとね」

「うるせえな。で? 肝心のゲストと同志はどこよ?」

「あっちよ」


 紅峰が指差した方向に、果たして彼らはいた。二つの集団だ。

 ひとつは神剣使い。全員が神剣を持った生徒たちだ。思ったよりずいぶん多い。五十人以上はいるか。進也が暴れた時に対峙した二人もいる。政に似た実直な雰囲気を持つ大柄な男子生徒と、どことなく脳天気さの漂う男子生徒だ。

 対するもう一つの集団は大人の勢力――つまり教師たちだった。

 進也たちが近付く前から、教師たちは神剣使いの生徒たちへ向けて何やら喚いている。

 進也はそれだけでうんざりする気分だったが、教師たちの中に見覚えのある顔を、あって当然の顔を見つけ、気色ばんだ。進也のクラスの担任、檎台相司だ。


「クソのなすり合いか」


 思わず感想が口から零れる。紅峰はもはや進也の言動には動じず、笑顔で肯定する。


「そうね、よろしくね」

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