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鳥居の島  作者: 青竹煤
護役サナギ
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カッパ 対 千松

 相撲の場数を踏んでいるカッパと素人であるサナギとの対決。勝負の結果は、戦わずともその場にいた全員が解っていた。

 キリエは、サナギが予想通りに自分と同じようにプールに突き落とされたのを見て、大きく頷いた。解っていた。素人なりに何度も挑んできた自分が勝てないのだから。一方、サナギの守護霊は勝敗という次元ではない方向で黙っていられなかったようだ。


 「サナギ、とりあえずここで脱げ! その辺にでも干しとけ!」

 「いーやーだー! これ以外に着るもの持ってない!」

 狼の守護霊は、全身からプールの緑色を滴らせてうっすらとその色に染まる白い護役もりやく白衣びゃくえに手をかけるが、本人に拒否される。その様子を横目で観察しながら、プールサイドに座ったキリエは夏の陽の下でフェンスに寄りかかり、両脚を投げ出して自然乾燥を試みた。

 夏の日差しはジリジリと装束の水分を蒸発させるが、絞っても水滴が落ちる長い髪の毛が乾くまでにはまだ時間がかかる。プールサイドに落とした水滴の跡が消えていくのを見て、キリエは自分の守護霊に囁いた。

 「どう思う?」

 水干すいかんを着た白い鼠に囁くと、鼠もキリエと同じく違和感のこもる目を、自分と同じ立場であるはずの巨体の狼に向けた。

 「妖怪のは初めてなので……。須臾シュユにはよく、わかりません。あの、お役に立てず、申し訳ありません」

 おどおどと鼠は守護対象に頭を深く下げるが、キリエは人差し指でその頭をくいと戻した。

 妖怪の守護霊などキリエだって初めてだし、わからないことを謝る必要などないのに。自分の守護霊に聞きたかったのは、あの狼の行動を単にどう思うかであって、深い意味などなかった。


 「よぉう、潜竜せんりょうの護役は手応えがねえなぁ。鶯舌おうぜつの方がまだ頑張ってたぞ」

 「だって、相撲なんてテレビでしか見たことないもん!」

 自分の守護霊から脱がされまいと身を護るサナギは、まるで子供のような返しをカッパにする。

 「『てれび』が何だか知らねぇが、そういうときゃあな、ただ相撲を知らないって言えばいいんだ」

 「相撲も知らねえ奴を教えるでもなく容赦なく負かすとか、大した力士だな」

 のんびり言うカッパに対し、守護対象の白衣を脱がそうとして抵抗されている狼は、脱がそうとする力が入るままに強く言葉を吐く。

 カッパは、プールサイドに下りてサナギの白衣を脱がそうとする狼の妖怪の着流しの袖を引き、プールの中の土俵を指した。

 千松は掴んでいたサナギの白衣を放し、カッパに従っておそるおそるとプールの水に足を下ろして安全だとわかると安心した様子で土俵に上がった。


 「相撲がわからねぇなら、簡単に教えてやる。この土俵から俺を出すか、足の裏以外を土俵に付けさせたらおめぇさんの勝ちだ」

 カッパの右手で勢いよく自分の横っ腹を叩く仕草に、どことなく歴戦の猛者の雰囲気を感じ取った千松は、その簡単なルールに質問をした。

 「ここから出せばいいのか?」

 勝負俵しょうぶだわらに見立てた水の盛り上がりを指して、千松は尋ねる。

 「おう。やれるもんならな」

 自信たっぷりにカッパは答える。千松の身体は筋肉質だが、相撲で有利なタイプではない。何も知らない相手なら、先程に相手をしたサナギのように簡単に勝てるだろうと踏んだ。体格に差があるのは少々きついが、脚を攻めればいけるだろう。

 「お前を転ばせてもいいのか?」

 「おう。やれるもんならな」

 みすみすやられるつもりもない。なにしろ、自分はあの守り神様の力を分け与えられたと噂される護役負けたことがないのだ。強い妖怪として名を揚げ、いつか近海に浮かぶ「海河童の土俵」でくじらと相撲を取るのだ。こんな妖怪など、一撃で伸してくれる。

 「凶器は使っていいのか?」

 「何考えてんだよ、おめぇさん。男と男の真剣勝負だぞ。道具に頼んなよ。あっ、噛みつくのもだめだからな」

 「チッ」

 「え、やるつもりだったんかよ。こわ……」

 カッパは怯えて見せるが行司は気にも留めず、よく通る声で「はっけよい」と声を出す。

  目の前の狼の妖怪はカッパの倍近く背が高いが、相撲は身体の大きさなどあまり関係ない。相撲を特技としているカッパという妖怪は力持ちだ。相手はまわしこそしていないが、護役たちを倒した時のように帯を掴んで投げれば勝てる。背が高い相手なら、横に倒してもいい。とにかく負ける気はしない。

 「のこった!」

 

 千松はすり足で突っ込んでくるカッパを迎え撃とうとするが、まるで車がゆっくりと突っ込んでくるような様に気後れして先手を取られてしまった。

 カッパの緑色の手が千松の細い帯に触れ、強い力で身体が持ち上げられる。小さな体に潜む大きな力に、千松は目を吊り上げた。舐めてかかるんじゃなかった。そんな目だ。

 観客たちは沸き立つ。千松を応援しているものは妖怪たちの中に誰もおらず、しかしその中で千松は自分の勝ちを信じてくれているであろうたった一人を思い浮かべて歯を食いしばるってその腕を掴む。

 千松の守護対象であるサナギは千松が負けてしまうというハラハラした気持ちで、まで緑色の水が滴る袖を絞った。

 「千松くん、がんばれー!」

 

 夏の太陽の下で、乾きかけの装束をまとったままのキリエは、今回のカッパは、かなり譲歩していると呟いた。

 不思議そうに見上げる鼠は、もう一度水でできた土俵を見てそういえば、と思った。

 「今までのあいつって、どうしても相撲! だったよね」

 「わからなければ、教えてもくれましたものね」

 「それにさ、素人の千松くんがあの状態だと、もう勝負俵から出されるだけなのに」

 持ち上げられ、辛うじて地についている千松のつま先は、もう少しで土俵の上の円の形に整えられた水の盛り上がりから出されてしまうというところで何とか耐えている……いや、カッパがそれ以上押さなくなった。

 「なんでぇ。カッパ以外の妖怪が相手だもんで楽しみだったけど、おめえさんからっきしだな」

 「そりゃ、シロートだからな!」

 「実を言うとな、あの小娘より、おめぇさんと相撲がしたかったんだぁ」

 千松を持ち上げていた手を、力を込めてゆっくりと上下に振る。なんとかしないと、負けてしまうぞと煽っているのが伝わってくる。

 千松はカッパに腕の付け根に置いていた手を、その背にずらした。そこにあるのは頑丈な甲羅だけ。

 右手を甲羅の隙間に気付かれないように差し込む。カッパは千松を持ち上げたポーズをキープするのに神経を使っていて、奥に千松の爪の先が触れたのに気付いていないようだった。左手をカッパの後頭部に、触れないように添える。

 「相撲じゃ勝てなくてもケンカなら負けねえぞ」 

 千松は左手でカッパの後頭部を掴む。甲羅の中に入れていた右手は内側から外に向かって押す! 触れて分かったことだが、カッパにとって甲羅は取り外しができない。つまり甲羅ですら身体の一部だ。それを強引に引っ張られたら、どうなるか。

 「いいいいいいでぇ! いてえ、いてえよぅ!」

 軽く押しただけだが、それでもこの痛がりよう。しめたとばかりに千松はもう少し力を加える。

 「手ぇ放せ! 放さねえとどうなるか、わかってんだろうなぁ!」

 「わかった、わかったよぅ!」

 悲鳴を上げながら、カッパは千松を乱暴に下ろした。バランスを崩しそうになった千松はカッパの頭を力を込めて後ろにやり、自分の体を前に出そうとした。


 「なんだそりゃ!」

 全員が口々にその言葉を吐くが、勝者である千松は涼しい顔で体を震わせて水を飛ばし、表面が乾きかけていたサナギの肩を掴んで勝った褒美をよこせとねだっていたところにキリエは割り込んだ。

 「ちょっと待ってよ! そんな勝ちでいいの!?」

 なんにでも余裕をもって接してきたさすがのキリエも、こんな簡単に勝ってしまっていいのか。今まで負けてきた自分たちは何だったのかと感情をあらわにする。

 「勝てばいいんだって、あいつも言ってたろ」

 千松の目線の先のプールには、心底悲しそうな顔をしたカッパが空に涙を見せて浮かんでいた。

 「でも、カッパさんかわいそうだよ。たぶん、相撲で勝ちたかったと思うよ」

 確かに、土俵から出せば勝ちだと言ってた。しかしそれは相撲という競技にのっとった上での勝ちじゃないの? ルールを知らなくても、それなりにそれっぽい勝負で勝つのが礼儀ってものじゃないの? とサナギが千松に文句を言うと、カッパは泣き声を上げた。

 「仕方ねえよぉ。道具に頼るな、噛みつくなっていう決まり以外で負けたんだぁ。それに、土俵の外に出されたんじゃ負けなんだよぉ」

 こういうのを「シャクゼンとしない」っていうのかな。とサナギは複雑な表情でカッパと千松を交互に見る。観客だった妖怪たちは、久々につまらないものを見た、興ざめだと散り散りに姿を消していった。


 「俺の負けだ……」

 プールサイドにいくつもの酒瓶、徳利、どこからか拾ってきた雑誌や新聞といったゴミを千松の前に置き、カッパは涙の浮かぶ目で勝利者を見上げた。どうやら勝者への献上品のつもりのようだ。

 「今日、この瞬間から、このプールはお前のもんだ」

 「えっ、学校のものじゃないの?」

 カッパが千松にプールを託そうとするのに、サナギは疑問を挟む。

 「俺は新しい住処を探す旅に出る……」

 「止めねえけど」

 千松はすげなく答えた。

 「けど、夏以外なら帰っていていいよな?」

 「ダメ!」

 キリエはきっぱりと突き放した。それらに何も反応せず、カッパはプールを囲うフェンスを出て林へと歩いていくが、キリエはそれを止めた。ぱぁっと何かを期待した顔で振り返るカッパに差し出されたのは、千松の足元に置かれていたゴミ。

 「集積所に捨ててきて」

 カッパは再び、涙を流した……。

 「あ、護役長。ただいまっス」

 「ユウト、学校でのあの二人のことだが……」

 「気にすることは何もありませんでした」

 「ないわけがないだろう! 小学生を相手に恫喝をしたと、学校から連絡が」

 「校庭で暴れた馥郁島ふくいくじまの妖怪を捕縛する手伝いをしてくれて、プールに居座っていたカッパを立ち退かせてくれました!

 1日で2つの案件を片付けてくれたんだから、俺らとしては言うことないです」

 「そのことについては馥郁と鶯舌おうぜつの護役から連絡があった。私が訊きたいのは……」

 「俺、あの二人の様子を見てないんで詳しいことはわかりませんが、守り神様が言うには子どものケンカで済ませられることらしいです。まぁ、本人に直接聞いたらいいんじゃないですか」

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