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鳥居の島  作者: 青竹煤
護役サナギ
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プール

 事の起こりは、今年の春の二月頃だったと思う。

 妖怪が当たり前にいるけど、それが見える人も見えない人もごちゃごちゃにいるせいでプールの異変に気付かなかったのは、あたしたち護役もりやくの責任だ。

 学校の怪異関係のトラブルの対処は学生護役のあたしたちの役目だからこの島の護役長は頼れないし、正直なところ力を借りると後でうるさいから、どうしようもないところまでは自分たちで何とかしないといけない。

 ちょうどいいというのも変だけど、今なら戦力になりそうな二人がいる。もう帰っちゃったなら明日連れてくればいいけど、できれば今日! まだここにいてほしい!


 

 「サナギちゃん、いる!?」

 開きっ放しの四年二組の教室の戸から飛び込んできたキリエの声は、サナギと千松を跳び上がらせた。

 「えっと、います、よ?」

 キリエが来る前はもう二人しかいなかった教室の中、サナギの方はどうしてそんな大きな声で呼ばれたのかわからず、自分が何かしてしまったのかと肩を竦めておずおずと答え、その守護霊である狼の妖怪千松は椅子にもたれかかったままで視線をキリエに投げてよこす。

 「昼間の姉ちゃんじゃねえか。ちょうどよかった。こいつに帰っていいって言ってやってくれよ」

 千松が言うには世話係のウズモがさっさと帰ってしまい、勝手に帰っていいのかわからずまごまごしていたらしい。サナギは自分が住んでいる島を離れているため、勝手な行動をしてはいけないと思っているようだ。現在世話になっている神社のユウトはまだ授業中で、一緒に帰ることはできない。

 キリエはますます上機嫌になって、ちょっと力を貸してほしいと二人を昼間の集会室に引っ張っていく。

 

 護役もりやくの集会室のカーテンを閉め、逃げないように連れてきた二人を壁に向かせると、キリエはすぐに教室の端のロッカーから装束を取り出して着替え始めた。袖口を赤く楕円に染めた白衣びゃくえに腕を通し、赤い差袴さしこの上に同じく赤い地に二重にした白い羽根とその下に黒い羽根の模様を覗かせた差袴さしこの覆いをまとい、腰紐を巻いているとサナギの声が聞こえてきた。

 「千松くん、後ろ向いちゃだめだよ」

 「見られて減るもんじゃねえだろ」

  

 着替えながら二人のやり取りを聞くキリエは既視感を覚えた。まるで親子か兄妹のやり取りで、微笑ましさすら感じる。サナギは甘えたような、自分というものがないような様子だが、それを自称守護霊のこの狼が導いているというか、引っ張っていというか。

 うちにも似たのがいるけど、この二人の方が自然な感じがしていいなぁ。そんなことを思いながら、ぐるりと巻いた腰紐を腹の辺りできゅっと締める。


 「着替え、終わったよ。壁向きご苦労さん」

 声を掛ければ、振り向いたサナギがキリエの衣装を見て目を輝かせた。

 「お揃いだ! でも、私のと違うね」

 自分の白衣の袖を持ち、サナギは弾けんばかりの──子供のような笑顔でキリエに見えるように広げるので、キリエも同じように袖口をもって腕を広げた。

 サナギの袖には、大小ばらつきのある大きさの黒で縁取られた白い五角形が並んでいて、龍の鱗だろうと連想させる。その鱗模様は差袴の覆いにもされており、こちらは白い布を黒い糸で鱗模様に見えるように縫い付けてあるようだ。ついでに龍の腹のようなものまで見える。

 「サナギちゃんの潜竜島せんりょうじまの守り神様は、龍だからね。その白い鱗模様、玲瓏れいろうスイ様でしょ。ツガさん玲瓏ヒ様の鱗模様の装束しか着てないから、スイ様喜ばれただろうね」

 玲瓏スイ、玲瓏ヒ、ツガの名を出すと、サナギの表情は少し固くなった気がした。どう反応すればいいのかわからない、そんな表情だ。

 「ツガさん、厳しい?」

 「よくわかんない」

 短い答えの追及をしようとしたが、髪を引っ張られてキリエははっとした。

 「キリエ、今はお仕事です」

 肩に乗っていた鼠はキリエの髪を離すと、キリエには見えていないが小さい手でプールを指す。

 

 「ねずみが、服着てる」

 呆気にとられるサナギに、キリエは軽く笑って言う。

 「あんたの守護霊君も、服を着てるでしょ。この子、あたしの守護霊なの」

 水干すいかんを着た白い鼠がキリエの肩の上で、震えながらぺこりと頭を下げた。

 「本当はきちんと挨拶させたいんだけど、先に手伝ってほしいんだ」

 キリエはついてくるように言い、集会室を出た。


 小学校側の校舎の一階は小学一年生と保育所の教室が並んでいる。廊下は児童たちの工作が展示されていて賑わっており、それが切れると粘土の匂いが薄くなったと思ったら赤ん坊のような甘い匂いに換わっていくと同時に、開け放された教室の戸の向こうから小さな子供たちの声が聞こえた。通りすがりに覗いてみると、赤ん坊からそれに毛が生えたくらいのよちよち歩きの子どもたちがエプロンを着けた先生たちと遊んでいる。

 「ああ、ここは一年生の教室の他に、保育所もあるんだよ」

 歩みが遅くなったサナギにキリエが教える。学校は避難所も兼ねている上に教室が余っており、この島で働いている親、よその島から働きに来ている親が子供を預けに来るのだ。

 「ちょっと、懐かしいかも」

 サナギは千松に囁くが、千松はすげなく「あっそ」とだけ返した。

 この廊下の突き当りの出口を抜けると、グラウンドの反対方向に出る。こちらは切り拓かれていない林が近くに広がっており、セミの声があちこちから聞こえてきてとても騒がしい。

 その中にあるプールは夏という季節であるにもかかわらず、現在解放されていない。校舎から六メートルほど離れたプールは鍵付きのフェンスで囲われた状態で、解放される時を待っていた。プールサイドには木陰もあり、日除けにはいいかもしれないがいつのものかわからない葉が多量に落ちていて、寂しい雰囲気が漂っている。


 「夏なのに、プールやってないの?」

 サナギに尋ねられたキリエは、セミの笑い声の中で掃除がまだだからプールが開けられないと説明した。本来ならもっと早いうちからプール開きをする予定であったのだが、掃除をしようと教師たちがプールサイドに足を踏み入れた途端に怪奇現象に見舞われ、掃除どころではなくなってしまったのだ。

 「つまり、その怪奇現象とやらをなんとかしろってか」

 千松から責めるような口調で言われれば、キリエは「そういうこと」と答える他にない。

 学校内の怪奇現象トラブルは、大抵がここに通っている護役である生徒の役目だ。キリエもこの学校に通うようになってから幾度となく怪異を相手に大立ち回りを演じ、時には生徒に取り憑いたモノを祓ったものだ。高校一年生のユウトをはじめ、他の護役の誰よりも場数を踏んでいる。その実績を知っている教師たちは、こういう困りごとを真っ先にキリエに話すようになっていたし、キリエは特例で授業を抜けて仕事をしていいことになっていた。要は時間に自由が利く、強力な護役として頼られていたのである。

 「場数を踏んでるって言っても、勝てるかどうかなんて相手によるからさ。強引に引きはがすのもかわいそうだし……ていうか、強いんだよ。

 いや強いっていうか、相撲がね」

 「相撲?」

 サナギと千松はプールの水面に目を滑らせる。緑色で、落ち葉が浮かぶ汚い水だ。

 キリエはフェンスの外から、セミに負けないくらいの大声を出す。


 「たのもーう!」

 セミの声が、ぴたりと止んだ。代わりに別の声がざわざわと近寄ってくる。

 「勝負じゃ、勝負じゃ」

 「ほほう、キリエじゃ。今回で三十六敗目かの。あの臆病な守護霊では、もう庇いきれまい」

 「後ろは誰だ。見たことがない護役と妖怪じゃ」

 日陰から出てこないが、そこからは無数の目が浮かんで見えた。いつの頃からか、ここで勝負するとどこからともなく集まって観戦している妖怪たちだ。

 サナギが慌てて辺りを見回すのを背で感じる。ここまでの数の妖怪に囲まれたことがないのかもしれない。

 「千松くん」

 「お前だけは守るって、いつも言ってんだろ」

 ──守護霊という心構えはあるみたいだね。でも、なぁ。

 キリエはプールを向き、背後の二人の話を聞きながらも別のことを考えていた。

 この二人はいずれ、自分のいる島に来る。それまでにどれだけのことができるのかを知りたい。千松が過剰にサナギを守れば、肝心の護役であるサナギの実力がわからない。それでは困る。


 「おめえたち、俺の家で何してんだ?」

 三人の後方から、のんびりした声が聞こえてきた。

 振り返れば、キリエが会いたかった相手がいる。

 

 丸い徳利を持って、新聞を小脇に抱えたカッパが、ぼんやりとした表情で立っていた。


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