護役の仕事を少し見る ※虫が出ます
「うわ!」
じりじりと照りつける夏の日差しの下、ケイタは素早く状況を把握する。
目の前の結界の中で今にも暴れだしそうなのは、巨大なカマキリだ。
あれは妖怪だ。
自分も島で何度か見たことがあるが、相方がいないのは珍しいことだ。
カマキリは結界を解こうとしていて、目の前の新人護役はそれを阻止しようとしている。
「嫁ー!」
カマキリの身体は怒りで真っ赤に染まっていた。このまま結界を解けば、以前よりひどく暴れるだろう。前回はうっかり怪我をさせてしまった程度だったが、今度は死者が出るかもしれない。
「いつになったら落ち着くんだよ!」
ずり落ちた眼鏡を押し上げ、ケイタは校庭にいた全員に校舎の中に避難するよう促し、地面にはいつくばっている千松はそのままに全員が避難したのを確認するとウズモを呼んだ。
自分たちが使っていたバレーボールを一つ持ってこさせて再びカマキリに対峙する。
結界に閉じ込めたのはケイタではなかったが、様子見のつもりでそのままにしていた。自分のしたいように遊ぶ妖怪たちは、人間の都合を考えない。欲のままに動いている妖怪は冷静になるまで閉じ込めておき、話ができるようになれば島に帰す。それがこのカマキリに下された処置だった。
結界を張ったのはケイタではないが、面識がある。自分の島で何度か話をしたことがあるから嫁にこだわる事情も分かるが……。
「なにも学校に置き去りにしなくてもさぁ……」
ケイタは護符をボールに貼る。
「うちの護役長も、あの『嫁』に困ってるけどさぁ」
左手でボールを目の高さに持ち上げ、右肩を後ろに下げて手のひらを上げる。
「カマキリにもカエルにも言い寄られて困ってるなら、関わるような場所に行くなって話だよなぁ!」
ボールをまっすぐ上に、軽く飛ばす。左足を踏み込み、右腕を上から振り上げて親指を曲げた手を落ちてくるボールに叩きつけた。
「ちょっとごめんなあぁぁ!」
ボールがカマキリの胸にめり込む。ぎゅっと息を吐き出すと、カマキリは蹲った。
「すっげー」
静かになった校庭に、ウズモの拍手の音が響く。サナギはその寂しい音の中で、そっと結界の一部から手を放して崩れ落ちたカマキリを見、次いで光を背に立つケイタとウズモに目を移した。なにが起こったかわからない。
「今の、何?」
ウズモは怪訝そうな顔をサナギに向けた。護役というのは、こんなこともできるようにならなきゃダメなのか。そんな不安が見え隠れするな声である。
ウズモが言うには、護符には守り神様の力が宿る。それを貼ったものは、魔除けの効果を得るらしい。
「そっか、それでツガさんが千松君を殴れるんだね」
「いや、あのおっさん護符はあんまり使ってねえぞ……」
声を絞り出す千松。ケイタはカマキリの鎌に護符を貼ると、結界を張り直した。
「マジで!? ツガさん、素手で妖怪ぶん殴ったの? あんた、それ教わってねーの?」
ツガさんすっげー。でもアンタは……。と思わずこぼすウズモに、サナギは少しムッとしてしまう。
サナギはツガから何かを教わる前に、挨拶回りとして潜竜島を出された。サナギとしても、もっと冷静な状態であったならこんなことになっていない。守り神に疑問をぶつけただけなのに答えてもらえなかったそれどころか、見当違いの方向で注意されて島を出されたというのが当人から見た現状である。
「ツガさん、私に何も教えたくないのかなぁ」
サナギは呟いた。いつの間にか復活していたセミの大合唱の中、その言葉に少しだけ身を震わせて口を覆って、そんなはずはないと自分に言い聞かせた。
「とにかく、このカマキリはうちの島の妖怪だから、後で引き取ってもらうよ。先生たちにも言うけど、結界を崩さないでくださいね」
ケイタがサナギを現実に引き戻す。その目はまっすぐにサナギを見つめている。
「サナギも俺も、あからさまにそれとわかるものを崩したりしねえって」
ケイタはそうなんだけど、と言いながら千松に貼った護符を力任せに引きはがすので、千松はうおっとうめき声をあげる。
「挨拶回りの途中でも、わからないことは訊けば教えてもらえますよ。特にこの島の護役長は、自分の職務をよくわかってる人ですから」
「やだ!」
咄嗟に口をついて出た言葉に、ウズモもケイタも目を丸くしてサナギに注視する。今回のトラブルに対してものほほんとしたような目が、完全に拒否の色を浮かべていた。
「あのおじさんに教えてもらうくらいなら、他の人に教えてもらうから、いい」
ウズモとケイタの二人には、千松を立たせて校舎に向かうサナギの背に向かって、校庭のセミが一斉に笑ったように聞こえた。




