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鳥居の島  作者: 青竹煤
護役サナギ
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閑話

 「今日の社会の授業ですが、今朝、アミコ先生から特別授業をしてくださいとお願いされました」


 夏の風がレースのカーテンを押す。セミの声が容赦なく教室にいる子供たちを笑う。教室の中で天井に備え付けられた扇風機が申し訳程度の風を送る中、四年一組から臨時として来てくれたユキヒロ先生が汗を拭って一番後ろの列に座る狼の妖怪を見ないように、サナギに目をやった。


 本来、四年二組はアミコという女の先生が担当しているのだが、事情により男の先生であるユキヒロが担当するクラスを交換する形で現状に至っている。

 理由は、アミコ先生が女性教諭だからだ。なぜ女性教諭のいるクラスに新しい護役とその守護霊を通学させるのか。最初から男性教諭のユキヒロ先生の一組に入れればいいのではないか。その疑問は職員会議で決定事項として伝えられた。新人護役が学校で学ぶだけなら、ここまでしなかった。しかし自称守護霊という妖怪がついているなら、できうる限りの予防線は張っておいた方がいいという結果である。なにより、この四年二組というクラスには護役がいたのである。


 短い髪の毛がツンツンと飛び出しているウズモは、護役であるという理由でサナギを隣の席に指定されてしまい、気分が良くない。正確に言うなら、大人とでかい妖怪を隣に置かれたことが不快だった。つまりは休み時間をこの二人に割かねばならないということ。自分の自由時間がないということだ。

 ──ぶん投げやがった。ユウトの野郎……。

 お前に任せたから。がんばれよ。

 どこかほっとした顔でウズモの肩を叩いたユウトに心で毒づきながら、ウズモは横目でサナギとその向こうの千松を見る。本島の護役にあんな顔をさせた奴らの面倒を見ろと言われ、ウズモは嬉しいはずがない。だから「先輩」という単語を強調したのだろう。


 「特別授業というのは、護役の仕事についてです……」

 とはいっても皆さん知ってると思いますから、とユキヒロ先生は全員を見渡した。


 妖怪や都市伝説が実在するこの世界の学校では、その土地に憑いたモノや神、また伝承についてを学ぶ授業がある。情報に溢れた土地では、人の噂から生まれる都市伝説について知識を得ることでそれが噂以上の行動をとらなくなることも、いつの間にか消滅することも確認されたためだ。都市伝説への対処よりも妖怪や守り神が存在する華表諸島について説明すれば、守り神についてはもちろん、参拝の作法の他に危険な妖怪についての注意点や立ち入り禁止区域の説明などを、護役を呼んで行っていた。それらを信じない者もいたが、わざわざやってはいけないということを実践するのはごくわずかで、それに関する報いは本人に向かうため大きな問題になることは更に少ない。

 

 「護役の仕事について、おさらいの意味も込めて私たちに何か教えてもらえますか?」

 「ふぁ!?」

 臨時の担任の無茶振りにウズモは変な声が出、クラス中がその驚きようにびくっと振り向いてすぐに笑いだす。

 ユキヒロ先生はウズモを手招きし、笑われた恥ずかしさをごまかすようにウズモは前に出る。

 護役の仕事は何をするか。そう尋ねられてもウズモは困ってしまう。今までのこの手の授業は経験豊富な大人ばかりが来ていたし、自分は自分の所との違いにしたり顔で頷いて見せるだけだった。自分が情報を発信する側になることなど、初めてだったのだ。


 「護役の仕事……えーっと……」

 まずい。このまま答えられなければ、あの教室の一番後ろにいる新人たちに笑われる。先輩として使えずに答えられなければ、口ほどにもないとバカにされるんじゃないか?

 「朝は六時くらいに起きて」

 四年二組の教室から、「えーっ!?」という驚きの声が漏れた。口々に「オレ、七時まで寝てる!」「私、起こしてもらう」などが聞こえてくる。  

 一方サナギは静かなもので、嬉しそうに隣にいる千松に

 「今日は五時五十分くらいだったから、私の勝ち!」

 とささやき、千松は

 「俺はまだ眠いし眠りたいしどうでもいい」

 と隠しもせずに大きなあくびをした。


 ユキヒロ先生は皆を静めると、ウズモに続けるよう言う。

 「ぼくは学校に行ってるから、昼間どういう仕事をしてるかわかりませんけど」

 ウズモは前置きをしながら、去年の夏休みを記憶から引っ張り出して話し始めた。

 「起きて着替えたら守り神様に挨拶して、本堂の掃除、朝ごはん……父ちゃんと散歩ついでに立ち入り禁止の見回り……他には祈祷とか、社務所で参拝客にお守りを渡すとか、参拝客からのお供え物を本殿に奉納するとか、そういうことをしてます」

 「お父さんと見回りに行くんですか」

 女子が笑いをこらえるように質問を投げるが、すぐに隣の男子から「ウズモんちは親子三人で護役やってんだ」と言われて、しまったという顔をし、ウズモ本人からの説明で居心地悪そうに俯いてしまった。

 「うるせー。オレ一人じゃ、なんかあっても役に立たねーって言われてんだ」

 「誰から? 親?」

 「うちの神様だよ!」


 子供たちのやり取りを見て、ユキヒロ先生は額の汗を拭いた。サナギは手を挙げて質問する。

 「ウズモ君は、どこの島の護役ですか?」

 「萍水へいすい

 「萍水島は、イタチの神様だね。私、龍の神様の潜竜せんりょう!」

 「最初に聞いたよ!」

 このやり取りにも、子供たちは笑った。


 休み時間になり、子供たちはサナギと千松の周りに集まって質問を浴びせた。

 「サナギさんは、なんで護役になったの?」

 「守り神様が、護役にするって。どうしてそうなったのかはわからないんだけどね」

 「ツガさんてどんな人?」

 「うーん」

 サナギは考える。悪い人ではない。でも、どういう人かと訊かれれば答えられない。強いて言うなら……。

 「ご飯がおいしい」

 「なんだそれ」

 「コーヒーもおいしいよ!」

 「なんだそりゃー!」

 笑いの中心に自分がいる。それだけでサナギはどこか満たされた。足りないものが自分の中を埋めていく。

 こんな日が、すぐに終わってしまう。そんなことを抱かせないほど、サナギは心地よさを感じていた。


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