閑話 一方では
社務所の奥で地図を広げ、小さな帳面に書かれた島の見回りの意点と見比べながら、マサナリはそこを誰が担当するかを書き込んでいく。
誰の目にも見える狼の妖怪について真実と違う話を島民に流したことに、マサナリは迷いも後悔もなかった。
マサナリが第一に考えるべきは、守り神がこの島を護るために何が必要かということだ。それには人間が守り神を認知し、信じること──信仰することである。ほんの少しだけ、守り神の存在を信じるだけでいい。お供え物もあればこの上ないが──それだけで禊月ヅナに力がつく。島が護られる。
しかし、この諸島の中で一番大きな島であり、他所からも幾度となく新たに移住する者、他所へと出ていく者のいるこの時鐘島には、その信仰が失われつつあるという問題を抱えていた。
この国の中では、エダネットという名称の電子ネットワークがある。情報を自由に読むことができれば、国内の遠く離れた地域のことを知ることも、個人の考えも読むこともできる。
都会や一部の田舎と呼ばれる土地でも影響は強く、娯楽である情報漁りに精を出した結果、人間の信仰心が薄れてそこにいた神がいなくなってしまったという話があるという。そのことに危機感を覚えただろう守り神は──いや、本土でテレビが普及し始めたあたりからそれ以上の進歩を禁じた。だからこの島々にはテレビがなく、エダネット端末もない。
よそから来た人間がすべてそうだとは言わないし悪気がないのは重々承知だが、エダネットがある地域からない地域に引っ越して来た者のその知識量は役立つかどうか関わらずに島民に影響を及ぼし、代を重ねて次第に守り神はただのおとぎ話だと思われ始めている。参拝に来る者も年配者が僅かに多いと感じるようになってきた。
そこへきて、今回の新人護役がやって来たのだ。
マサナリが第二に考えるのは、島民の安全だ。島民おらずして守り神は動けず、守り神動けなくば島が護られない。
マサナリにとって、サナギが自分の島の新人でなかったことは救いだっただろうか。それとも、残念なことだっただろうか。
妖怪が見えない者の目にもはっきりと見えてしまう、二本足で立って歩く狼の妖怪は恐怖の対象になった。見ることができない故のその存在を信じない者も、これで信じる気になっただろう。
だから島民の安心を得るため、信仰を得るために利用させてもらった。
結果二人を傷つけることになるが、その怒りはすべて自分が引き受ける。そこまでのことをしたという自覚はある。本島の護役長になったその日から、嫌われ恨まれながらも職務を全うする覚悟はしてきたのだから、今更恐れなどしない。
狼の妖怪を怒らせ、その力を島民に見せつける。あとは他の護役にあの妖怪を大人しくさせ、こちらの力を島民に示す。ラジオの職員は、見たままを報道してくれるだろう。それでパフォーマンスは幕を下ろすはずだった。結果として狼は大人しくなったのだから、マサナリとしても言うことはない。皆、護役がいればいざというときに頼ってくれるだろう。ひいては見えないもの──妖怪や守り神を信じ、彼らの存在を認めてくれるはずだ。
ラジオの電源を入れる。朝の神社でのやり取りが流れるが、千松の危険性や禊月ヅナが関わるマサナリの嘘を報せる内容ではなく、弾む音声で潜竜島に新しく就任した護役が時鐘島にやって来たこと、守護霊憑きであることを話し、千松のことはあくまでオマケのようにさらりと流された。
──実際に見た島民が、あの場にいなかった知り合いたちに話してくれればそれでいい。しかし……ツガ君にも、悪いことをした。
マサナリはこの新人護役を引き取ったよその島の護役長に心の中で詫び、ラジオの電源を落とした。




