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鳥居の島  作者: 青竹煤
護役サナギ
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括名

 境内に詰め掛ける参拝客。いや、早朝のラジオ番組の中でのマサナリの呼びかけに反応した島民たちは、その重要なお知らせを聞くために集まっていた。その内容を華表かひょう諸島全域に報せるために来ていたラジオの取材班も、固唾を呑んでマサナリの言葉を待つ。


 「皆さん、お暑い中ご足労いただき、誠にありがとうございます。

本日皆様をお呼びしたのは、ここにいる妖怪のことです!」

 マサナリの声に驚いたのかセミの声が止み、辺りは水を打ったように静まり返る。護役側からは、全員が妖怪である千松に注視したのがよく見える。

 「千松くんのこと?」

 サナギの呟きが広がっていくが、録音は続いているようだ。

 「はい、この妖怪さん。以前一度この島を訪れたそうですね。あの時はラジオ局にも問い合わせが殺到しました。

 今回、この妖怪さんのことを詳しくお聞かせくださると言うことで、パーソナリティであるわたくし、ヒヨリカが取材に参りました」

 ヒヨリカという名のラジオ局の職員が喋っている間、隣にいた護役がサナギに囁いた。

 「いいか、守護霊を暴れさせちゃだめだ」

 暴れるようなことが起こるの? お祭り? そう返す前にマサナリがまた声を上げた。

 「皆様、一度この島に足を踏み入れましたこの狼の妖怪は、以前この島に来た際、守り神の座を奪おうとしたのです!」


 境内に詰め掛けていた参拝客がざわめく。

 サナギは目に大きな隔たりを感じながら、綿を詰められたようにぼんやりと聞こえる耳でマサナリの言葉を聞いた。

 信じたくなかったのだ。まさか、挨拶回りに行った先で千松を悪く言われるなど! サナギは今聞こえたことが信じられないといった様子で、禊月ヅナに助けを求めて周りにいないかと探す……いない。


 マサナリはざわめく島民たちが静まるのを待ち、再び大きな声で言う。

 曰く、千松はこの時鐘島ときがねじまを支配しようという享楽的かつ刹那的な考えでこの島にやって来た。それをこの島の守り神が退け、逃げた先の潜竜島で二柱ふたはしらの守り神に諭されて改心した。妖怪の身でありながらも、この新人護役の守護霊となることで反省を示している。

 素直でないため口が悪く、悪ぶる様子もいまだ見られる。しかし島民に危害を加えることはない。安心してほしいと。


 「ふざけんじゃねえ!」

 千松の怒鳴り声に、夢でも見ているのではないかと思っていたサナギは現実に引き戻された。

 すぐに千松の手を強く握ろうとしたが遅かった。サナギの手が千松に届く前にその巨体は大股でマサナリの前へ出て、でたらめを吐く護役長の白衣びゃくえの衿を掴みあげ、腹の底から声を上げる。

 「てめぇ、ありもしねえ作り話で俺を貶めて、何をする気だ! 自分の所の熊がそれだけ凄いかって話に俺を出したんなら、今ここでてめぇを引き裂いてやる!」

 狼の怒号にサナギはもちろん、参拝客も身を竦めて動けずにいる。夏なのに薄ら寒ささえ感じ、何人かは恐怖で目に涙を溜めている。


 「暴れさせるなと言っただろ」

 隣から窘める言葉を投げられ、サナギはそちらを睨みつける。

 「そんなの知らない! 千松くんを怒らせたのはそっち!!」

 千松が神というものを嫌っているのを伝え忘れていたことを、サナギは後悔した。

 「千松くんは口の利き方は悪いけど、自分から神様にケンカを吹っ掛けたりしない!」

 あのおじさんじゃないんだから! サナギは掴み上げられているマサナリを指して、大声を出す。

 「俺はサナギが安心して暮らせる土地を見つけたから、もういい。あの島以外がどうなろうと、関係ねえ」

 千松の地を震わすような低い声に、サナギは千松を振り返った。目に飛び込んできたのは、マサナリを掴むもう片方の手で、護役長の薄くなった頭を掴む千松の姿。千松の力は人間よりずっと強い。あのまま力を込めてしまったら──!


 「ダメ!

千松くん、手を放して!」

 サナギは千松の手に飛びつき、その手を開かせようとするがやはり歯が立たない。

 集まった群衆は大騒ぎしないことだけは助かったが、息を呑んで見守るだけで何もしてくれない。

 護役たちも、守り神さえも。千松を止める手伝いをしてくれないし、自分たちにとって重要な存在である護役長がこんな目に遭っているのに、見ているだけとは!


 一方、この島の護役の中の最年少のユウトは、拝殿の中に目を走らせて無言で守り神の指示を仰ぐ。薄暗い拝殿の中で静かに立つ禊月けいげつヅナは、真面目な顔でゆっくりと首を横に振った。

 ──護役長が殺されでもしたら、それこそこの島は混乱するんじゃないのか?

 ユウトはその場から動かず、しかし他の護役たちと同じように袖に手を引っ込め、収納してある護符を一枚掴んで、いつでも貼り付けられるよう準備をする。


 「千松くん!」

 「うるせえ!」

 サナギの呼びかけを、千松は抑えきれない怒りで押し返す。

 「お前は見なくていい。これが終わったら、帰ろう。

 挨拶回りなんて、もうしなくていい。どうせ他の島も同じなんだ」

 千松の腕に力が入るのが見え、サナギは首を振った。

 「人を傷つける千松くんは、もう見たくない!」

 「片っ端から消さねえと、安心して暮らせねえだろ!」

 マサナリの口が、への字に曲がる。声を出すのを堪えているのだろうか。そんな力加減でもないだろうに!

 どうすれば千松は止まるのか。何を言えば止まるのか。サナギは混乱しながらも大声でその名を呼んだ。


 「手を放しなさい!

海岳彦かいがくひこ千松!」


 サナギが知らない名で自分を呼んだ。

 その事実が、千松の怒りを解いた。いや、両手からマサナリが落ちていったことさえ千松は気付かないほどに、気を逸らすことに成功しただけだ。

 千松は茫然と、怒りの形相のサナギを見下ろした。

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