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鳥居の島  作者: 青竹煤
護役サナギ
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「子供」

少しの間だけ静かだった神域に玲瓏れいろうヒの怒声が響いたのを聞いて、先ほどまで威圧感に慄きながらヒと対話していた小さな雀の妖怪は身を竦ませ、守り神の片割れである玲瓏スイは「しようのない」とこぼして入り口のツガにのんびりとした声をかけた。

 「厳重に保管せよと申したはずだが」

 自分たちの島の守り神の怒りにもかかわらず、ツガの声もスイと同じくのんびりで、特に問題視している様子もない。

 「たまに子供も来ますので、絵本として資料室に置いていたのですが。島の一般人が読むのと護役サナギが読むのとでは、やはり違いましたな」


 ツガが護役もりやくになった頃には既に表紙が灼けた状態で資料室に保管されていたその絵本は、大昔の護役が島の伝承を基に記したものを、後の護役たちが子供向けに書き直して絵も付けたものだ。

 しかし、ヒはこの絵本についての一切を口に出すことはなかった。元になった伝承ですら、嫌々ながらも端的に口にする程度で詳しいことは話さなかった。スイはヒの意思を汲み、ヒと同様に固く口を閉ざすのみ。故に絵本に描かれた時代の護役以外、その内容についての真相は二柱の龍が封印していた。


 目と鼻の先の家から怒号ではないものが聞こえる。自分の双子の兄弟のめったに聞かない慌てた声。書かれたことが事実かと問い詰めるサナギの責めるような声。サナギの尻馬に乗ってはしゃぐ犬ころはどうでもいいが、ツガが一人でいた頃よりもずっと昔を思い出させる騒がしさに、スイの頬は知らずに緩む。

 「そろそろ我らも向かわぬと、家が壊される」

 「それは困りますなぁ」

 ゆっくりと宙に浮かぶスイの身体は、客人と同じ雀程度の大きさから人間程度に膨らんでいく。それに合わせてツガはまだ座り込んでいるアキノヒを呼び、この島の守り神の片割れが暴れているであろう家へと促した。

 やしろ周辺のセミが、誰もいなくなったことでやっと鳴き始める。



 ヒの低い声が揺らす家の引き戸をがらりとスライドさせると、サナギの部屋からはっきり聞き取れる言葉が漏れてきた。

 「本当だったら、ヒ様はわがままです!」

 「わがままは人間の方ではないか!」

 「お前、履く足がねえのにくつなんてどうするんだよ」

 サナギとは違い明らかに嘲笑する声に対して、ヒの脅すような唸り声も聞こえた。

 「犬ころは黙っていろ!」

 おやおや~とツガは目を見開き、ツガの足元に立つアキノヒはぽかんとくちばしを開けたまま立ち尽くす。

 「この声は、まさしく玲瓏ヒ様のお声。しかしどうしたことだ。先程までの圧倒されるほどの威厳が、全く感じられない。今なら臆することなく話すことができそうだ」

 「我らだけの秘密だぞ」

スイは玄関に影を落とし、二人に向かって笑わずに自分の口に人差し指を立てた。

 「ヒの奴は、確かに厳格だ。それは」

 真面目な顔でスイは続けようとしたが、玄関に比較的近いサナギの部屋の開けっ放しの襖から、赤黒い大きな塊が本を開いた状態で持って駆け出してきた。

 「おい白蛇しろへび!後ろ足がないのに沓が欲しいって、あいつ何考えてんだ?」

 神を馬鹿にできる材料を得た嬉しさでキラキラと目を輝かせ、体長およそ二メートルの狼は龍の神様が沓を要求したページを指して大きな口で下品に笑う。ツガはさっと顔色を変えて自分の拳に対妖怪用の札を貼り付け、千松の脇腹に一撃を加えた。千松が呻いて床に倒れ伏したので、騒いでいたサナギとヒがそろりと襖から顔を出した……。



 縄で縛られてボコボコにされた狼の巨体が転がっている食堂に、玲瓏ヒ、玲瓏スイ、ツガ、サナギ、そして流れでアキノヒまでもが集合してしまった。台所という日常の風景に、この島の守り神というこの場にいそうにない存在がいるのはなかなかに妙な光景だった。外のセミの声も、開けっ放しの窓から入り込んでくる暑さも、空気をかき回す扇風機の風も、ヒとサナギには鬱陶しく感じられて、二人はあまりいい顔をしていない。


 「まず、サナギ」

 スイは向かいに座って膨れっ面を晒す娘を、伏せかけの瞼の下の目で見据えた。不機嫌そうに「はい」と答える護役に、白い龍の守り神は目を合わせるように言う。

 「護役とは、我ら守り神の世話をすることだ。我らはこの島を護る神である。友と同じように接してはならぬ」

 完全には閉じられていない瞼の下から、その髪の色と同じ薄くやわらかな色が浮かんで見えたサナギは息を呑んだ。初めて見たときは春のように暖かく優しい色だと思ったが、今はまるで何も許さず、すべてを遠ざける氷のようだった。

 「島民の前で今しがたお前がヒにした態度を示せば、我らの威厳が損なわれる。神に対する態度は考えておくことだ」

 言われていることが理解できないサナギに対して今度はツガが、神様は自分たちよりずっと上の存在であり、自分たちを護ってくださるものであること。それを、護られる側と同じ態度でいてはいけない。守り神様を見ることができる自分たちが示す態度によって、島民に対して神様というものを間接的に見えるようにしていることを噛み砕いて説明する。

 「でも、ヒ様は」

 大昔に助けを求めていた人間たちに、作れもしない物を要求したことをサナギは強調して答えるが、ツガはサナギのしたことだけに焦点を当てて返した。

 「サナギ、お前は大人なんだ。いや、子供でも守り神様にはきちんと礼を持っている。だから」

 ツガが続ける言葉が、サナギの目に涙を溜めさせていく。ここにいていいと言ってくれたのに、なぜ責めるのか。幼いサナギは、スイやツガがなぜ叱るのかが理解できない居心地の悪さから勢いよく立ち上がると、何も言わずに食堂から速足で出て行ってしまった。玄関の引き戸が勢いよく閉められる音が、この家から一人出て行ったことを知らせる。


 待ちなさい!と追いかけようとしたツガを、床に転がったままの千松と二柱の守り神は止めた。

 「ほっとけ。待ってりゃ帰ってくるだろ」

千松はサナギが出て行った玄関をちらと見て、一人でしばらくじたばたしてやっと起き上がる。

 サナギのことなら、ここ数日一緒にいたおっさんよりも付き合いの長い自分の方がよく知っている。変につつき回してへそを曲げられでもしたら、こちらの手間が増えて面倒なことになるのは目に見えていた。

 「こういう時はな、待つもんだ」

 ヒも苦々しく頷く。

 「追いかけても、追い詰めるだけだ」

 サナギの視界が広まった今、自分たちより妖怪側に肩入れをしてしまう危険も考えられなくないことだ。護役は平等でなくてはならない。

 スイは何もなかったように……いや、単に話題を変えた。

 「この島に新しい護役が来たのだ。よその島に挨拶をさせなければならぬと思っていたところに、此度の騒ぎ。今なら行かせるのに不都合はなかろう」

 しかし、とツガが反論しようとしたが、スイはそれを止めた。

 「お前があの娘を案じているのは伝わっている。しかし、この島の考えに染まる前によその島を見せてやってほしい」


 ツガやこの島の皆が多くのものに関わった中で育ったのと同じように、サナギという幼い娘にはたくさんのものと関わらせて育ててほしいと白い龍の神はそうこぼす。関わりは時として重い荷物で足を引くこともあるが、逆に繋ぎ止める綱にもなると。

 「要は、この島の護役としての自覚を持ってもらいたいということだ。本を読むだけでは勉強にならぬ」

 ことの発端となった食堂のテーブルの上の絵本に目を落とし、この本を嫌がる玲瓏ヒは人知れず息をついて当時に思いを馳せ、また苦い顔をするのだった。

 「あの娘がよその島に行くのは、まだ早いのではないか」

 「ヒまでそれを言うのか。よく考えろ。あの頃の愚行を、今のお前が話せると言うのか? お前の要求で、あのわざわいから生き残った人間が何人ことか」

 「!」

 「いいか、あの娘は今までの護役とは違い、いくら伏せても知りたがるだろう。今まで素直に失せたままにしていた護役たちと違い、自分で調べるやもしれぬ。それならば、こちらから話してしまえば誤解もない。

 この期間はサナギもだが、お前の頭も冷やすためのものだ。今から話すための心構えをしておけ」

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