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鳥居の島  作者: 青竹煤
護役サナギ
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龍の神様のお話

 ツガがアキノヒをやしろに連れて行ったが、サナギは勉強をしていろと言われて留守番だ。

 サナギは部屋で、文机ふづくえに積んだ本を一冊開き、目を通していく。その間千松せんまつは暇で仕方がない。廊下の襖と縁側の雪見障子を開けて風を通すのだがそよ風程度しか入ってこず、畳に寝転んで団扇で自分を煽ぐ。

 セミの声が夏の熱とともに家の中に飛び込んでくるが、わずかに入ってくる風のために我慢せざるを得ない。


 「勉強ってのは、本を読んでりゃできるのかね?」

 「ヒ様もスイ様も、最初から答えを聞きに来るのは勉強にならないって」

 名前について守り神に聞きに行った時のことを思い出し、サナギは答えた。その二柱の龍の名を聞くや、神嫌いの千松は団扇を力なく畳に叩き付ける。

 「蛇どもの所になんざ行かなくても、おっさんがいるだろ」

 「今はお仕事中だもんね」

 答えながらもサナギはページをめくっていくと、ある単語が目に留まった。辞書でそれを調べて千松と辞書を何度も見比べる。

 「なんだよ」

 不審に思った千松が声をかけると、サナギはにんまりと笑って辞書を閉じるだけで何も言ってはくれない。

 「おい、なんかいいものでも見つけたのか?」

 起き上がってサナギの所に這って行くが、サナギは笑いながらすっと逃げていく。

 「秘密!」

 辞書も読んでいた本も閉じ、サナギは別の本を手に取った。


 擦り切れて汚れた表紙には二匹の龍の絵が描かれていて、管理が良くなかったのか日に灼けてせっかくつけられた色がすっかり薄くなっていた。

 「なんだそりゃ。ガキの本か」

 「絵本だね。『りゅうのかみさまのおはなし』だって」

 描かれている二体の龍はどちらも怖い顔で、雲の中から顔だけを出して小さな島の上の小さな人間を見下ろしている。人間の素行を監視しているような印象を受けた。

 「ヒ様は怖いけど、スイ様は優しい顔なのになぁ」

 「そりゃ、人間には見えてないんだ。そんなもの、都合のいいように描くだろ」

 どういうことかと千松に問えば、千松は怖く描いた方が信用されると吐き捨てた。

 「優しい方がいいのに」

 サナギは呟いてページをめくる。


 絵はやはり怖いが中の絵は色鮮やかで、元から白い玲瓏れいろうスイの白い鱗には目を凝らさなければわからないほど薄い青、その上にほんの少しだけ濃い桃色が乗せられていて、サナギの知る薄い紫のたてがみの中からきっぱりした桃色の角が二本生えている。ヒの緑の鱗にはほんのりと白が乗せられ、ところどころに黒い色が存在を主張する。鬣は黒一色で、角は頭を突き破ったのかと思ってしまえるように尖っている。スイに比べると、ヒは男神というより悪鬼に見えて仕方ない。

 「ヒ様もさすがに、こんな悪い感じじゃないよ」

 誰が書いたんだろうと表紙を隅々まで探してみるが、名前らしいものは見えなかった。サナギは諦めて、本を読んでいく。



「龍の神様は、とても仲のいい双子の龍です。

二柱ふたはしらの神様は、空の上で華表かひょう島の人間たちを見ていました。

ある時、華表島の神様が、人間に罰を与えました。

島を沈めようとしたのです。

双子の龍の神様たちは、潜竜せんりょうの山に人間と動物たちを逃がし、華表島の神様を神様の国に送り返しました。

人間は龍の神様たちに深く感謝し、この土地の新しい守り神様になってほしいとお願いしました。


ところが、緑の龍の神様は断りました。

白い龍の神様も同じでした。

人間たちは、龍の神様が様子を見に来るたびに、この潜竜の島の守り神になってほしいとお願いします。

何度もお願いをされ、緑の龍はついに人間にできないことを言い出しました。


『それでは、我らに後ろ足用のくつを用意せよ』


人間は困りました。龍の神様には、沓を履く後ろ足がないのです。作ろうにも、足の大きさを測ることもできませんでした。

前足用の沓を作ると言っても、緑の龍の神様は許してくれません。どうしても、後ろ足用の沓が欲しいのです。


人間たちは山の木をり、それぞれが沓を作り始めました。

見ることができない神様の後ろ足の大きさを想像して、大きい沓小さい沓、たくさんの沓を作り上げて龍の神様たちに捧げるのですが、それでも神様は許してくれませんでした。

大人たちの沓がすべて許してもらえなかった次の日、子供たちがやってきました。指先が赤く染まった小さな手には、紙で作ったこれまた小さな沓が握られています。


上手とは言えないその沓を見て、神様は静かに頷きました。


こうして潜竜の山は守り神様が二柱を迎えることができ、今日の潜竜島の元となったのです。


冬の二月二十八日は、龍の神様玲瓏れいろうヒ様、玲瓏スイ様が潜竜島の守り神になられた日です。

この日は今でも、島民たちが紙で作った沓を神社に納め、守り神様と家族の健康を願っているのです。」



 本を閉じ、サナギは「ヒ様、わがまま!」と声を上げた。

 「千松くん、ヒ様酷くない?」

 「おうおう、もっと言ってやれ!」

 元から神を嫌悪している千松は窘めもせずに、団扇を高く掲げてサナギに同調した。

 「後ろ足がないんだから、沓なんていらないじゃん!」

 「そうだ!いらねえ!」

 「なんで、こんな意地悪なこと言うんだろう。厳しいだけの神様だと思ってたんだけど」

 サナギが疑問を口にすると、意気消沈した千松は団扇を下ろして短く息を吐き、拗ねたようにサナギに背を向けて転がった。



 社の中で島の守り神たちは小さな客の前に対して身体を文字通り縮めて向かい合い、客の質問に答えていく中で、緑の龍が瞼を閉じたままではあったが大変なことが起こったかのように素早く護役の家の方向に顔を向け、立ち上がろうと床に手をついた。

 「どうした、ヒ。客人の前だぞ」

 隣で床に座っていた白い竜、スイが長い藤色の髪を揺らして男神を窘めると、ヒは慌てた様子で座り直す。

 「いや。客人よ、失礼した」

 「ひいぃ!滅相もございません!」

 アキノヒは会った瞬間から玲瓏ヒの威圧感に圧倒されてしまい、ヒの仕草一つ一つに身を震わせたり悲鳴を上げたりと、こちらの方が失礼だと思われるような反応ばかりしていて、謝られるいわれなどないとばかりにペコペコと頭を下げてしまう。


 あらかじめアキノヒが持ってきていた質問は四つで、内三つは二柱とも答えをもらった。この人間のような顔と上半身を持ち、威圧感を放つ玲瓏ヒに対して最後の質問だけが喉につかえて口に出せず、かと言って中座することもできずに困っていた。もう一柱の女神スイもヒと似たような容姿であるが話しやすく、ヒとも話しやすいように水を向けてくれ、時に笑いながら話を進めてくれたのだが、ヒと面と向かうとやはり緊張して足が震えてしまっていた。

 情けない。アキノヒはくちばしを合わせ、深く息を吸ってヒに向かうのだが、やはり気圧されてしまう。今までに会った土地神の誰よりも、この玲瓏ヒは恐ろしく見えた。


 「ヒ」

 スイが小さくヒの名を呼ぶ。当のヒはちらりと護役の家の方に顔を向けては床に手をつき、飛ぼうとする仕草を見せる。

 「う、うむ」

 心ここにあらずといった様子の男神にスイは伏せた瞼を完全に閉じ、アキノヒに頭を下げた。

 「申し訳ない、アキノヒ殿。本日はここまでとさせていただきたく思う」

 「ヒ様はいかがされたのです」

 言い切るが早いか、ヒは今までここにいたのが嘘であるかのように社から飛び立っていった。

 飛ぶヒの姿は見ることができなかったが、神域の木々が大きく揺れたために葉が舞い、セミたちが一斉に飛び立つのだけは確認できた。

 「あれが見つかったようだな」

 スイの呟きもはっきり聞こえるほど静かになった社で、入り口に立っていたツガも「ああ、あれか」とこぼす。そして二人揃って、「今年は沓が増えるな」と暢気に思っていた。

 「娘、何を見ている!」

 「あっ、ヒ様だ!ヒ様、この絵本に書いてあるの本当ですか!?」

 「それはミコゴリに封印しておけと言ったはずだ!どこから引っ張り出してきた!」

 「普通に資料室にありましたー!千松くん、パス!」

 「承った!緑の蛇の弱みかこりゃ!」

 「返せ犬ころ!」

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