朝
護役がいなければ、島民たちは守り神を感じることができなくなる。
守り神を感じることができなければ、人間は守り神を忘れる。
守り神が忘れられれば、この島は加護を失い……沈んでしまう。
それが妖怪たちの宴会で聞いたことだ。サナギの頭にこびりついているそれについて、自分はどうしたらいいのだろうか。
朝、サナギは寝坊した。起きた頃には九時を過ぎていて、ツガの痛いデコピンをもらい、遅い朝食をとる。同じ頃に、昨夜酔っ払っていたアキノヒが足取り重く食堂に入ってきた。
「サナギ殿、昨夜の失態はどうか……」
「昨日と同じこと言ってる。お酒に酔うと、みんなあんなふうになるんですか?」
「言うなぁぁ」
呂律が回らないほどに深酒をしたことを恥じて、アキノヒは頭を抱える。そのやり取りを食堂の外から覗いていたツガは静かに少しだけ笑って、千松を叩き起こしに行った。
茶碗一杯の白米にもやしの味噌汁、昨日の残りの冬瓜を前に、サナギたちは既に食べ終わったツガにいただきますを言う。アキノヒは昨日よりも量を少なくしてちびちびとつつくが、サナギは昨夜妖怪たちから聞いたことが腹に重くのしかかっていて、箸が進まない。
「サナギ、護役の仕事は朝も早いうちから始まるのは知っているな。昨日眠れなかったのか?」
「理由を聞いてからデコピンしろよ」
叩かれたマズルをさすりながら、千松が恨みがましく呟く。
「そう言う千松は、理由があって寝坊したのか?」
「ある!俺は寝ていたい!」
「それは理由じゃない」
千松のわがままを両断すると、ツガは浮かない顔をしているサナギの顔を覗き込む。
「サナギ?」
「昨日、妖怪さんから聞いたんですけど」
サナギの手がテーブルの上に下りた。
「妖怪の言うことは嘘と事実がトントンだが、何を言われた?」
「護役がいなくなったら、みんな神様を忘れて島が沈んじゃうって」
本当ですか。サナギはツガの目をまっすぐ見つめた。ツガがどう答えようかと考える間もなく、テーブルが叩かれて叫び声を上げる。
「おい、今の話は本当か?あの蛇ども、島のためにサナギを護役にしたのか」
千松が立ち上がり、ツガを脅すように唸り声をあげる。しかしツガは落ち着いて目をギラつかせる狼を座らせた。
背もたれに背を預け、ツガは腕を組んでため息のように鼻から息を吐く。ツガが口を開けるまで、サナギは間違いであってほしいと思っていたが、妖怪の言葉を大方信じてもいた。
「間違ってはいないな」
ツガが軽く吐いた言葉は、サナギを高所から突き落とすかのような寒気を抱かせる。
「ただし!ちゃんと聞きなさい」
ツガは後輩護役とその守護霊に話して聞かせる。
「妖怪は人間と寿命が違う。彼らの言う『昨日』は人間で言う何十年、何百年も昔だ。つまり護役がいなくなっても人間は簡単には守り神様を忘れないし、守り神様だって簡単に島を沈ませたりはしない。この島を護ろうと思われている限り、誰かを護役にし続けるだろう。
それに、サナギはもう護役だ。今はまだ半人前にもなっていないが、いずれ私と同じかそれ以上になってくれれば島は安泰だよ」
今度はサナギが呻いた。ツガがどれほど凄いかなど、たくさんの人と話をして顔も覚えて……それだけでも十分だ。サナギはそれに、どれだけ時間をかけることか。
「それに、千松くんを黙らせるくらい固い拳と、腕の力と」
「おっさん?サナギが俺をぶん殴ろうとしてる」
先程の気迫はどこへやら。千松は怯んだ様子でツガの白衣の袖をつまむので、それを聞いていたサナギはすぐに否定する。
「そうじゃないよ。いざとなったらツガさんみたいに、妖怪をこう、ボコッと」
「どうすんだよ。おっさんが俺をボコボコ殴るから、サナギが見習ってるじゃねえか。暴力ですべてを解決するつもりだぞ」
「その辺も教えてやらないとなぁ」
仲がよろしいのだな、とアキノヒはこぼして微笑む。最初、千松はツガかサナギの式神かと思っていたが、それに見合うほどの主従関係にも、守護霊と対象の関係にも見えなかった。アキノヒ自身には理解しきれるものではないが、上っ面だけで理解した言葉で表わすなら群れの仲間といったところだろうか。
アキノヒは朝食を終えてツガに一礼し、己の宿願のために再びツガに頭を下げる。
「ツガ殿、昨日から世話になっている。ゆっくり休んだおかげで、旅の疲れも取れた。今日はこの島の守り神様にお会いしたく思う。仲立てを頼みたい」




