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鳥居の島  作者: 青竹煤
護役サナギ
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訪問者

 セミがまだ静かな夏の朝、今にも倒れそうな巨大な鳥居の前に黄色と黒の看板がかかった柵が立てられ、隣の「建て替え予定につき使用禁止」という立札が目に入り、その妖怪は愕然と立ち尽くした。

 使用禁止ならば、中に入ることもできないということだろうか。こうなることがわかっていたのなら、新しい護役もりやくの姿を見になど行かずにさっさと目的を達成してしまえばよかったと悔やみ、自分の羽を笠の下に差し込んで頭を掻く。


 ここに到着するまでに、どれほど苦労したことか。体が小さいため気付く者は少なく、飼育下も野生も関係なく自分の姿が見える動物には食われそうになり、体の大きな人間には蹴飛ばされ、踏まれそうにもなった。この土地に向かう船でようやく息がつけたくらいだ。


 そんな思いをしてようやくたどり着いたこの華表諸島かひょうしょとうで神様と話ができるということに胸を躍らせていたのに、この仕打ちはどうだ!

 足元のつぶてを後ろに蹴り飛ばして怒りを露わにする妖怪の目に、鳥居の向こうに続く階段の向こうからぬっと人間の頭が飛び込んできた。怒りを抑えて素早く鳥居の横の茂みに身を隠すと、階段の上から自分と同じように男の怒ったような声が少しずつ近付いてくる。

 階段を下りきってボロボロの鳥居を避けて道路に出て見えたのは、緑色の覆いの下から覗く青い差袴さしこ。男の護役だ。緑色の部分はよく見ると龍の鱗を表しているようで、頭を茂みから出して見上げれば白衣びゃくえの長い袖にも同じように緑の鱗を模した布が縫い付けてあった。


 その護役は一人で下りてきたようではない。右手に粗末な着物を着た大きな赤黒い塊を掴んでいた。先ほどから怒っていたのはこの塊のようだ。

 「おっさん、放せよ!」

 塊をよく見れば、護役が掴んでいたのが実は頭で、その下で大きな体が暴れているのがわかる。護役が掴んでいる指の間からは赤黒く、美しいと言い難い色の毛が何十本と突き出ていて、掴んでいる手の両側からは間隔を空けて同じ色の耳が立っている。

 ──あれは何だ?妖怪ではないか!

 それでは、あの妖怪がこの玲瓏れいろう神社を襲撃でもしたのか?それを護役の返り討ちにあったと。なんと馬鹿な妖怪だ。

 この島の守り神に会いに来た妖怪は、この島の護役の頼もしさに唾を呑む。

 もう一人の護役が下りてきて妖怪に何か言っていたようだったが、それはこの音声を拾っていなかった。護役の力が強いということは、守り神がそれよりも強い力を持っていることだと信じて疑っていないため、感動に身を任せていたのだ。そのせいで鳥居の潜り方について尋ねる機会を逃してしまったことに気付くのは、この三人が視界からすっかり消えてしまってからだった。




 朝の一仕事を終えると時刻は午前九時。セミの鳴き出す時間にサナギはツガに連れられ、今日も島の見回りに行く。

 神社のある高台を下りると民家がぽつぽつと見え、緩やかな弧を描く水平線が遠くで広がっていて、それを左手に舗装された道路を草履で歩いていく。

 サナギの前を歩くツガの右手には千松せんまつの赤黒い頭が掴まれておりその巨体はツガの手にしたがって引きずられているという、なんとも情けない姿を見せつけられる。ここに来るまでこんな姿を見なことがなかったサナギは朝から切なさを痛感させられた。

 「おっさん、放せ!」

 頭の毛を引っ張るな、痛いと声を張り上げる千松の声が朝九時の島の空に響き渡る。

 「今放したら、家に戻って二度寝しようとするだろう」

 当たり前だ!と返す自分の守護霊の頭に、サナギは軽くチョップを落とした。

 「なにすんだよ。肝心なのはサナギなんだから、俺がいなくてもいいだろ?」

 「千松くん、私の守護霊なんだから一緒にいないとだめだよ!それと、いっぱい声出したしもう起きたでしょ。自分で歩いて」

 ただ守られていただけの今までと違い自分に命令するサナギに、千松も眼と口を引き締めて渋々と道路に足をつく。立ち止まったツガに合わせてしっかり立ち上がると、大きな口を開けて欠伸をひとつ。

 「確かにここ何日かは千松がいなくてもよかったけどね」

 ツガは自分の手で引き抜いてしまった綺麗とは言い難い色の毛を道路に振り払い、千松のくたびれた着物に目をやりこの狼を見上げた。

 「お前を連れて来いって電話があったんだよ」

 「誰から」

 「タゲさん」


 タゲさんという名前を何度も呟き、千松は空を見上げる。雲は夏の青空を飛び出すようにもこもこと立体感をあらわにし、耳は鳴き始めのセミの声を拾い始める。

 「忘れちゃったの!?」

 責めるようなサナギの声を上げ、千松は腕を組んでちょっと待てと考え込む。

 「頭に引っかかっちゃいるんだけどな。なんか、すごく大事なことだったはずだけどな……」

 そうだ、とても大事なことだったはずだ。それについて、自分は喜んでいたのを覚えている。それがいったい何だったのか、この狼は大事な部分を忘れてしまっていた。

 ボリボリと頭を掻く千松に、サナギは怒った顔で何か言おうとしたがツガに止められた。

 「到着する前に思い出しなさい」

 「千松くん酷い。早く思い出してよね」

 サナギに非難がましい言葉を吐かれて驚いてサナギを見下ろすが、当のサナギは千松と目を合わさずにツガの隣についたので悲しみの遠吠えを上げるも、ツガとサナギからの「静かに」の一言に無言で涙を流すのだった。


 舗装された道を横にひょいと逸れてしまえば、もう道路というものはないに等しく、好きなように歩ける地面が広がり、疎らに建つ家々が見える。

 人口が減ることはあっても増えることは期待できないこの土地の開発状況はよろしくなく、取り壊された家も多いとツガはあちこちを指しながら在りし日の記憶を頼りに教えてくれた。

 「開発ができないんですか?」

 サナギは見通しのいい景色の中で、ずっと向こうにある海を見ようとしたが、それは叶わなかった。しかし、サナギはこのままの方がいいと思う。自分が何度も見てきた町は見通しが悪く、住人も多かったため窮屈さを感じていた。それに比べれば、この島は動きやすくてとてもいい。

 それを言うと、ツガは深く息を吐いた。緩やかに息絶える道を進んでいる土地には、最低限のもの以外いらない──そんなことを、この島で生きていくことを選んだ娘に言えるはずもない。ツガは何も答えずに、サナギたちがついてくるのを感じながら目的地へと足を運んでいく。


 島唯一の雑貨屋を通り過ぎ、三人は植わっている高さ二メートルほどのヒマワリの列に沿って歩く。夏の大きな花は千松よりも背が高く見えるので、サナギは隣を歩く自分の守護霊と夏の太陽に少しでも近づこうとするヒマワリの花を見比べ、植物の強さに驚いた。自分がいた施設でも見たことはあるが、ここまで大きいものは初めてだ。

 葉に目を落とすと、その上に小さな黒い塊、魍魎もうりょうがじっとしているのがサナギには見えた。

 「なにしてるの?ひなたぼっこはやめた方がいいよ。倒れちゃうよ」

 脚を止めて声をかけると、ツガは放っておきなさいと一声。でも、と答えようとするのを今度は千松がサナギの腕を引っ張ることでこの流れはおしまいになった。


 やがて緑色のはっきりした垣根に囲まれた家に到着した。

 「ここがタゲさんの家だが、思い出したかな」

 千松は変哲もないただの一軒家の前で、困った顔をして腕を組む。こちらに向かう引き戸の玄関、横には縁側。玄関、縁側から垣根の間は庭になっていて、小さな犬が走り回れるほどの広さになっている。護役の家とあまり変わらない。

 「ここに来たこと自体が初めてだ」

 「お披露目の時は島の外側を回っただけだから、初めて来たっていうのは合ってるね」

 困り果てた千松の着物が小さく引っ張られる。サナギだろうと思って見下ろせば、サナギはあれ、あれと玄関の横に立ててある看板を指している。

 「『着物のお作り、お直しいたします』?」

 看板の文句を読み上げた千松の顔を、千松を挟むように立っていたサナギとツガが責めるような目で見上げる。次第に理解の色が広がり、あっと目と口を見開いた千松に二人はじろりと目を細めた。

 「俺の着物を頼んだバーさんか!」

 「そうだよ。そのお婆さんだよ」

 「自分が頼み事したら覚えてなきゃダメじゃん。千松くんのために着物作ってくれたのに、タゲさんかわいそう」

 千松は頭を掻き、やべぇと言いながら力なく笑う。

 「ここのバーさんには恩があったのに、すっかり忘れてた」

 「そうだよ!」

 サナギは千松の背中に一回だけ手を叩きつけたが、軽く握った拳の手のひら側を殴ることに慣れていない力加減で当ててきたので痛くもなんともない。

 「千松くん、タゲさんからお腹いっぱいにしてもらっただけじゃなくて、着物まで作ってくれたじゃん!恩が二つもあるのに忘れるなんて」

 その後の言葉をツガは止め、「でも」と反論しようとするサナギに対して「後にしなさい」と窘めた。忘れるなんて、の言葉の続きは決していいものではないだろう。ここで護役と守護霊に喧嘩などさせてはいけないし、この二人のこれからにヒビが入るようなことをしてもいけない。家に戻ったらサナギと、千松について話をしなければ。

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