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鳥居の島  作者: 青竹煤
護役サナギ
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守り神に話を聞く

 千松せんまつ字名あざなをつけようと、サナギが資料を読み漁って数時間。結局守り神も暇ではないという千松せんまつの言葉に止められて、守り神に名前についての話を聞けずに夕方になってしまった。

 夕暮れに染まる境内を竹箒で掃除しながら、サナギはやしろに目をやる。以前他所の島で見た拝殿ほど大きくはなく、かといって大きな町で見た物ほど小さくもない。本島の神社と比べると小さな神社なので、拝殿という呼び方より社にするよう神様からのお達しだった。


 ここにおわす守り神は二柱ふたはしら。どちらも龍と人間が混ざり、人間に近い姿をしていた。

 一柱は玲瓏れいろうヒ。男神おがみであり、常に目を閉じているが、物は見えているらしい。体の所々を緑色の鱗が覆い、下半身は後ろ足がない龍のもの。厳しい神様だというが、サナギはそれがわかるほど話をしていないのでよくわからなかった。ただ、黒髪の頭から鋭く生えている角と瞼を閉じたままで一度もその下を見たことがない顔が怒っているようで、怖い印象を受けていた。

 もう一柱は玲瓏れいろうスイ。こちらは女神めがみである。スイはヒと違い、両目は伏しがちであるがかろうじて見える瞼の下から見えるその長い髪と同じ藤の色から優しさが伝わる神様である。ヒと同じ部分に白い鱗が輝いており、同じ部分がやはり後ろ足のない龍である。角は明るくも柔らかい赤のような濃い桃色のような色で丸みがあり、柔和な表情からサナギは親しみやすさを感じた。


 千松は守り神も暇ではないと言うが、それでも実際に名がついている人間と違うものだ。やめておけと言われても、名前について話を聞いてみたい。それに、これから自分が関わっていく神様たちと話しをしてみたかった。サナギは木の下に転がるセミの死骸を掃いて茂みの中に放り込み、千松がだらけている家を見てそこに住んでいる者の名を頭の中で呼んでみた。

 ──ツガ。千松。サナギ。

 次いで社に目をやり、神様の名を復唱する。

 ──玲瓏ヒ、玲瓏スイ。

 ざあ、と夏の夕暮れの風が社叢林しゃそうりんを駆け抜けると、サナギは箒を動かす手を止めた。そして社務所の窓口でツガさんとお喋りしているお婆さんを見、この人は確かと記憶をさらう。

 ──ノノイさん。

 その他にも覚えている限りの島民の名を思い返す。

 ゲンジュロウ、タゲ。

 「んんん?」

 他にも何人かの名前を記憶から呼び出して復唱してみると、妙なことに気付いた。

 「みんな、名前が変!」


 「お前は人のことが言える名か」

 社の中で玲瓏ヒは自分を模った木像の上でサナギを見下ろして吐き出すと、隣にいたスイが窘めるのが聞こえた。

 「島民の名に文句が言いたいのか」

 突き放すヒの声に、スイは鋭い声でヒの名を呼ぶ。スイを軽く睨んだのだろうか、少しだけスイに顔を向けてヒは口を噤んだ。

 スイはサナギに、名前が気になることの理由を聞いてみた。千松に字名をつけたい思いが発端となり、次第に島民の名前に目が行ったようだ。

 サナギがこの島に着く前は、聞いただけでも男女共に法則があるような名が多かったと思う。しかしどう頑張ってもゲンジュロウがそれに掠るくらいだ。

 「ツガに訊かなかったのか?」

 するとサナギはえへへと気まずそうに笑ってみせた。二十二歳にもなって、守り神に対してこの仕草。やはりサナギはまだ幼い。

 「変だと思ったのが、ついさっきだったので」

 「なぜ自分で調べてから聞きに来ない。最初から答えだけを貰いに来るなど、学んだうちに入らぬぞ」

 自分に向かう、両の瞼が閉じた厳しい顔と声にサナギは居心地が悪くなり、乾いた笑いを引っ込めてスイの白い鱗を示す差袴さしこの覆いをきゅっと握って泣きそうになるのを堪える。それに気づいたスイはヒを振り返って静かに外しているように言うと、ヒは静かに木像の中に姿を消した。

 スイはサナギに触れずに話しかける。

 「確かにヒの言うことは間違っていないが、わからないことを聞きに来たのはよいことだ。次はもう少し調べておいで」

 頷くと、涙の溜まった目からぽろっと滴が落ち、サナギは慌てて拭った。

 「今日だけだぞ。名について教えてやろう」


 長い時をこの華表かひょう諸島で過ごしたスイが言うには、名前は個人を識別するためだけの記号であり、子供の名に願いや理想を描かない。サナギの言う響きだけが良い変な名前が多いのはその理由からだ。言葉の響きだけで選べば同じ名前も少なく、大きな騒動になったことがない。だから苗字も必要とされないため、この土地で生まれ育った人間は苗字がないらしい。

 しかしこれは大昔の風習が残っているだけであり、本土のやり方が入るようになった現代ではそれも変わってきている。サナギの言う変ではない名前が現れ始めたのは、ツガを含む中年代辺りからだ。

 「小学生のゲンジュロウの名は、これからの世を思った祖父のオオモがつけた。だがどうにも……いや何でもない」

 袖を口元に持って行き、スイはサナギから顔を逸らして小さく短く息を吐き出してまた話を続けた。確かにゲンジュロウはサナギにとっても違和感がある。

 「神様の名前は、どうやってできたんですか?スイ様とヒ様にも、お父さんとお母さんがいたんですか?」

 スイは今度こそほほほと声を出して笑った。

 「我らに父母はおらぬ!」


 スイは語る。気が付けば自分と同じ姿の龍が目の前におり、同じことを思い行動を共にしていたから双子の兄妹ということにして一緒にいたと。

 鼻の始まりから尾の終わりまで完全な龍だった二匹は、いつまでも互いを「おい」と呼ぶのも礼に欠けていると思うようになるまでに成長し、互いの名について話し合った。

 片方の龍はぼんやりとした緑の色。片方は輝かんばかりの白。どちらも美しい鱗を持っていた。

 「翡翠ひすいの色だ」

 一匹が言う。

 「では、その言葉を我らで分けよう」

 もう一匹が言う。

 「翡翠ひすいの字は翡翠かわせみだ。鳥の名だ」

 一匹が不満そうにするが、もう一匹は笑い飛ばした。

 「石が先だ。それに、鳥の方も綺麗じゃないか」

 そして「翡」を雄、「翠」を雌と表すことから緑の雄龍をヒ、白い雌龍をスイとした。


 「だから、我らの名にも深い意味などないのだよ」

 「『玲瓏』は、誰からもらったんですか?」

 先程の話の中に含まれていなかった名のことを聞くと、スイは隠すでもなくそのまま答える。

 「この島に呼ばれた時だ」

 この島の守り神の一柱は言う。島の守り神とは、簡単に言ってしまえば島の守護霊だと。

 呼び出された時、自分たちの声を聴いた当時の護役もりやくがそれを玲瓏と表現し、そのまま字名あざなになったと聞いて、声とその言葉の関係がわからないサナギは返す言葉に困ってしまい、それを見抜いたスイは優しい笑みをサナギに向けた。

 「わからなければ、調べておいで」

 それと、とスイは加える。

 「話が聞きたければ、ツガもいるのだ。すぐに我らに訊こうとせず、ツガの話もお聞き。名を調べるのもよいが、お前の本分は我らの世話と、人間と妖怪の境界を守ることだ。程々にな」

 自分の白い鱗を護役の服に表したかわいい娘に言って聞かせると、娘は頷いた。

 「サナギ」

 スイがその名を呼び、優しく真剣に何かを伝えるように真剣な眼差しでサナギの目を覗き込む。

 「お前は護役だ。ただの人間だった頃と違い、我らに遠く及ばぬが強い力を持っている。名というものを軽く見るでないぞ」

 この言葉が今の無邪気な顔をしているサナギに届いているかと問われれば、スイは首を横に振るだろう。しかし言わずにはいられない。理解はあとでもいい。のちに学ぶきっかけにでもなれば、それでいい。経験しなければ学んだことにならないということを、スイは嫌という程理解していた。


 社がオレンジに色づいていた部分が薄暗くなっていく。スイは外を見て、サナギにもう帰るよう促した。

 挨拶をし、社の戸を閉じて帰っていくサナギを見送り、これからく育ってくれればいいがとこぼして、スイは木像に戻って行った。

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