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鳥居の島  作者: 青竹煤
潜竜島
43/81

 新しい護役もりやくのお披露目と題した島一周が終わり、休憩を挟んで夜の色が迫る時刻。護役の家と繋がった集会場にはまるで宴会のようにテーブルが並べられ、島民からの祝いの料理や酒などが載っていて、既に空いている席もなく老若男女、人間妖怪の区別なく座っていて皆一様に帰って来たばかりのサナギに歓迎の声を上げたので、サナギは後退りしてしまう。

 「島一周をしている間に、みんながお前のために準備してくれたんだよ」

 今までこんなに歓迎されたことがなくて呆気に取られていたサナギにツガは優しく声をかけると、千松がすかさず「俺は?」と赤黒い手で自分を指しながらツガを見下ろした。

 「千松の分は……想定されてないんじゃないかな」

 千松の黄色い目をしっかり見つめて、ツガは嘘をついた。サナギと一緒に島を一周したのだから、このボロボロの着物を着た二足歩行の狼の存在だけは認知されただろう。何しろ千松は他の守護霊と違って、誰の目にも見える。サナギという新しい護役の守護霊ならば歓迎されないはずはないが、あまり調子に乗らせない方がいいとの判断からだ。龍の姿をした守り神をヘビと吐き捨てるような妖怪に、必要以上の自信をつけさせてはならない。


 集会所の入り口で、集まった人々をぼんやり見ているサナギに、近くに座っていたお婆さんが立ち上がってニコニコとサナギの手を取り、まだ誰も座っておらず豪華な料理だけが待っている上座を示す。

 「さぁさ、ツガさんも新しい護役さんも、妖怪さんも早く座ってくれないと。いつまで経っても宴会が始まらないよ」


 「皆様、お忙しい中よくぞお越しくださいました」

 すでに何人かが赤い顔をしている宴会所で、ツガは声を上げて隣に立つサナギを示した。

 「先程紹介しました、新しい護役のサナギです」

 あの島一周でも都合がつかずに来られなかった人もいるということらしく、改めて自己紹介をするようにとのことだ。サナギは深くお辞儀をして、島一周をする前と同じように自己紹介を始めた。今度は幾分か緊張もほぐれていたこともあり、言葉が簡単に出てくる。

 「サナギと申します。この島の外から来ました」

 そして、自分の後ろに聳え立つ狼の妖怪を示し、

 「こちらは千松。私の守護霊です」

 と紹介すると、島民の中から声がした。酔っぱらって、声の抑制もできないおじさんの声だ。

 「守護霊憑きかぁ!?鶯舌おうぜつの護役さんみたいだなぁ」

 鶯舌という地名は、ツガが貸してくれた本で読んだ。この華表かひょう諸島しょとうの島の一つということしか覚えていなかったが。おじさんの言葉から、鶯舌の護役には自分と同じ守護霊が憑いている人がいるのだろうと察し、サナギは少し嬉しくなる。ここでの顔合わせが終われば、よその島に挨拶に行く機会がある。そこで会ってみたい。


 千松が何か妙なことをするのではないかとツガはひやひやしていたが、千松はツガの想定していた状態よりは大人しく、女性をデレデレと締まりのない顔で見、供え物程度に出された料理をあっという間に平らげ足りないとこぼし、酒盛りに参加して大騒ぎしたくらいだ。後で反省させなければとツガは笑顔の下で袖の中にしまってある札の枚数を確認する。八枚で足りるだろうか。

 サナギの方は本当に大人しいもので、鯛の煮つけを食べては美味しいと感動し、目を輝かせて何度も口に運んでは目の前の島民たちを見渡し、全身に手がびっしりと生えた妖怪のグロテスクな姿に青い顔をして顔を逸らしてはまた皆を見る。


 ツガが見えていた景色を、この娘もこれから一生目にすることになる。

 ツガが関わってきた人々と、この娘もつながるようになる。

 ツガが担っていた仕事を、この娘も担ぐことになる。

 そして自分が次に進んだ後も、この娘は島民に囲まれて役割をこなしていかなければならない。


 「サナギ、目の前の人たちを、どう思う?」

 一口分の量の素麺をちゅるちゅると啜っていたサナギは、飲み込んでまた目の前を見渡す。大人たちは既に出来上がっていて、宴というより馬鹿騒ぎになっていた。赤い顔をしたおじさんが何も入っていないコップを新しい護役であるサナギに向けて「潜竜島せんりょうじまの新しい護役に、カンパーイ!」と突き上げ、何度目かわからない乾杯を叫ぶと、周りの老若男女、果ては妖怪たちまでそれに従いコップを突き上げるのが目からも耳からも痛いほどに入り込んでくる。

 「えーと、愉快な人たちだと思います」

 「……」

 何も言わずに自分を見続けるツガにサナギは困って、ツガが欲しいであろう答えを探してみる。

 「料理上手、とか」

 「いや……」

 焼き鳥の串を持って答えるサナギに、そういうことではないのだがと言いたいのを呑み込み、ツガは言葉を替えて、言葉を区切りながらゆっくりと訊いてみた。

 「千松を、妖怪だからと怖がる人は、いるかな?」

 護役の守護霊ということで供えられた一升瓶から豪快に酒を注いで大声で乾杯を叫んでいる千松に目をやれば、千松は本来の笑顔なのだろうというような無邪気な顔で笑っていた。

 「っかー!!五臓六腑ごぞうろっぷに沁みわたるねぇ。こんなに飲んだのは初めてかもしれねえよ」

 「いい飲みっぷりだなぁ、狼の兄ちゃんは!」

 「もっと飲め、もっと飲め!」

 「おう!」

 人間と妖怪に囲まれ、千松は何に対してもピリピリしたものを抱いていないように見える。

 「怖がってません。みんな、笑ってます」

 そうだ、それでいい。笑顔を見せるサナギにツガはやっと頷いて見せ、コップに注がれた酒を一口飲んだ。


 そこからは島民たちが入れ代わり立ち代わり集会所にやって来ては騒ぎ、家族の迎えに引っ張られ、目まぐるしく会場の中の顔は代わっていく。

 夜中になってようやく会場の中も数人となった頃、それまで静かに会場を見守っていた駐在のアズマが三人の前に出たので、一滴も酒を飲んでいないサナギは唾を呑み、だらしなく寝転がっていた千松を頼りない眼で見下ろし、赤ら顔をしたツガは背筋を伸ばしてアズマに座るように言う。

 「全員が帰ってから話をしたかったんだけど」

アズマは残った数人に目をやる。すっかり酔っぱらってしまっていて、大鼾をかいていた。ここで何があったかなど、起きていたとしても憶えていないだろう。


 「私も調べたんだ」

 アズマが切り出す。

 「妖怪に人間の法律は通用しない。だから私がその妖怪を逮捕することはできない」

 三人は残った島民と一緒に大口を開けて、鼾をかいている千松に目をやった。何とも暢気なものであるが、アズマの言うことにツガは大きく頷き、サナギは息を吐く。同時に肩が落ちるのを感じた。

 「しかし、管轄内にその妖怪がいるなら、監察対象になる」

 行動を監視し、対策を講じるためのものだとアズマは続ける。

 「どういうことですか?」

 サナギは上ずった声でおずおずと訊くと、アズマな少しだけ笑顔を作って答える。

 「心配しなくていい。この島の護役となったあなたの守護霊なら、何かやらかしたとしてもツガさんや守り神様という強大な存在が罰を与えるでしょう。ツガさんは誰が相手でも、負けない人だよ」

 そうですね、とサナギは力強く答える。今のところ千松が負けてばかりで、ツガが強いことは証明されている。

 「あの守護霊は、あなたのためにここまで逃げて来たと言っていた。何があったかは知らないが、あなたはここで身分を得て暮らすことになったんだ。もうあいつが悪さをする理由はない。あいつの言葉を信じるよ」


 そしてアズマは、サナギに一つだけ協力を頼んだ。毎日、昼に駐在所に顔を見せること。本部に連絡しない代わりに千松の様子だけ簡単に記録をとり、いつか来る自分の後任にその事情と現在を伝えるためだと言う。

 「こうしておけば、次の駐在が千松を警戒しなくなるはずだ」

 「うん?アズマさん、辞令でも出たのかい?」

 「いや、ここにはいたいだけいるつもりだよ。いつか現役を退くことはあるだろう。それだけだよ」

 よかった、とサナギは安堵の笑みを見せた。毎日顔を見せるだけでいい。あとはここで暮らしていける。それがどんなに安心できるか、きっと誰にもわからないだろう。鼾をかく千松に近寄り、サナギはその頭を撫でる。赤黒い毛を一方向に撫でつけ、抱きつこうとしたがすぐにツガの横に戻ってきた。

 「どうした?」

 「千松くん、お酒臭い」

 眉間に皺を寄せて自分の守護霊を睨みつけるサナギに、ツガとアズマは大声で笑うのだった。

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