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鳥居の島  作者: 青竹煤
潜竜島
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守り神とツガの勝負

 「アズマが気付いたようだの、ヒよ」

 外から響くセミの声と夏の匂いを静かな玲瓏れいろう神社のやしろの中で感じながら、潜竜島せんりょうじまの女神である玲瓏スイは着物の上から纏う羽衣はごろもを撫でて、新しい護役もりやくであるサナギたちがいる方向に目を投げ、同じ島を護る玲瓏ヒに話しかける。

 ヒはそれに答えず、社から身を乗り出して大きな発泡スチロールの箱を持った人の列が護役の家の横の集会場に入っていくのを静かに見下ろして、やはり何も言わず瞼を閉じたままの顔を微かにスイに向ける。

 あの中に入っているのは、新しい護役が来たことを祝う島民の宴会用の料理だ。夏ということもあり、断熱効果のある発砲スチロールに入っている料理はおそらく冷えたものが多いだろう。列の中には酒を持ってくる者もいた。今日くらいはこの神域で騒いでも咎めることを見逃してもいい。


 スイは答えないヒに対して反応はせず、再び新しい護役であるサナギとそれに追いついたアズマのいる海岸の方に目をやり、何が起こっているかを見る。

 島の駐在アズマがこの島の新しい護役とそれの連れている自称守護霊の狼の妖怪の正体に気付いたことは、島の守り神であるこの二柱にはとうに気が付いていた。大きな事件のないこの島にとって、過去であろうと世間を騒がせたものがこの島にいるということが、言葉は悪いが退屈しきっていたアズマにとって刺激となっていたようだ。いや、事件とあらば張り切っていた昔を思い出したというのが正しいのかもしれない。だからこそ、まだ騒ぎを起こしていないあの二人を汗だくになって追いかけ、息を切らしてまでも古くからこの島で護役を担っているツガに知らせたのだろう。


 集会所に荷物を置いて参拝に来た島民を社の中で見下ろし、男神玲瓏ヒは閉じたままの目をスイと同じ場所に向けて「関与せぬ」と吐き捨てると、スイは伏せたままの藤色の瞳でヒをちらと見上げ、また視線を戻した。

 「そう言うが、お前もあの娘に護役としての立場を与えたではないか」

 ヒは答えずに、南の海岸に目をやり続けている。島の守り神である自分たちには、その場にいなくともそのやり取りがよく見えた。

 アズマが危惧しているのはあの狼、千松せんまつだろう。



 この二柱の神は、サナギを護役にするときにその過去を調べた。相手に触れ、経験したことを戻れるだけ戻って身元を調べようとしたのだが、ある時点でそれ以上を知ることができなくなる。

 サナギの目を通して過去を見、わかったことは、清潔感溢れる白い部屋──患者のいた様子がない病室が最初だということ。産院ではなく、怪我人や病人を治療するための病院だ。それ以前の事は遡れず、そこから現在までの流れを大まかに辿ると、病院から教育機関ともまた違う施設で寝泊まりして勉強をし、同じ施設の利用者や職員に囲まれて過ごし、ある時点で狼の姿の妖怪である千松と出会った。


 千松は当時ユウと呼ばれていたサナギにその名を与え、サナギを施設から連れ去った。そして何年も、アズマの言うように各地で人間の言う恐喝や窃盗を繰り返してサナギを護った。

 この華表かひょう諸島に辿り着き、本島を経てこの島に流れ着いてきたのがほんの数日前。サナギそのものについてはただ純真である部分が多いのだろう。

 サナギの年齢は身体中の器官の具合から見え、誕生日については病院内に掛かっていたカレンダーの日付でスイがそう決めただけだ。

 春一月三十日。それは千松も同じだが、それもスイが決めた。


 二柱はサナギだけでなく、千松も調べた。

 妖怪の世界で神格を持ちながらもそれを使う程の頭もなく、いや使うことも考えられないほどに腹を空かせた狼。何を食べても満たされず、しかし死ぬことができずに空腹と戦わされて腹に入るものなら何でも口に入れた、ほぼ骨と赤黒い毛皮だけの体を引きずった妖怪、それが千松だった。

 それを助けたのは、人間の少女。そしてそれが、後にサナギと呼ばれる少女だ。


 千松の目を通して見た少女の顔に、二柱は見覚えがあった。サナギと千松二人を初めて見た時から二人に憑いていた、弱々しく存在する影。

 守護霊として呼び出された千松はしかしその事に構えるほどの余裕もなく、空腹に任せてその少女の記憶も記録も、全てを食べた。失ったものも大きかったが、大きなものを得た。初めて満腹というものを感じられたのだ。


 だから千松は自分を呼び出した少女を助け、護る。

 人間の法は妖怪には通じない。だから窃盗も恐喝もした。守護霊としての在り方や護り方は間違っていても、守護霊として対象を護る。それが千松の存在意義であり、それしかなかったのだ。



 「手を出すなよ」

 千松を追っていたアズマは、一旦離れたのだが護役一行の島一周について行くと宣言したのを見守ったヒが、低く釘を刺すような声を出す。

 「出すものか」

 スイは自分の双子の龍であるヒを軽く睨む。

 「お前が我をそう見ていたとは、心外だ」

 「お前は時に甘い」

 「お前が厳しすぎるのだ。我らは飴と鞭だ。それで今までやってきただろう。それに守り神としての本懐も矜持も、忘れてなどおらぬ」

 いくら護役の服をお揃いにしたとはしゃぎながら見せても、嬉しさこそ感じはしてもそれ以上のことはしない。スイもまたヒと同じく、誰に対しても公平でなくてはならないのだ。出過ぎた真似をしていつかその身分を失う守り神を知っているからこそ、自分はそのようになってはいけない。


 しばらくセミの鳴き声と集会場からの人の話し声だけが社に響く。サナギたちの方は、アズマの警戒が解けかけているようだ。日は落ちかけており、そろそろ帰って来るだろうと二柱はやっと腰を上げ、脚のない龍の半身を靡かせて社を出、鳥居に向かう。


 「スイ」

 増えてくる宴会場にやって来る島民たちの上を緩やかに飛びながら、ヒは並んで飛ぶスイに声をかける。

 「ツガとの勝負を、憶えているか」

 もう何十年と、いつ崩れるかわからないほどに黒く朽ちた鳥居を潜り、二柱はそれを見上げて朱が禿げて腐った部分に触れる。

 「憶えているとも」

 忘れたこともないとスイは微笑んだ。


 ツガとの勝負とは、ツガが護役になった時に交わしたものだ。

 元々ヒもスイも、派手なものと新しい物というのはどうにも居心地が悪くて好かない質で、当時から鳥居を新しくするという話は上がっていた。しかしやはり気が進まなかった二柱は、護役たちに勝負を持ちかけた。

 「新人であるツガが嫁を貰えば、その祝いとして鳥居を新しくすることに文句を言わない。

 しかしツガに嫁が来ないまま一生を終えれば、鳥居は朽ちるに任せ、後に派手でないものを建てる」

 二柱の指す派手とは、朱塗られたもののことだ。朱は鳥居に塗ることで魔除けや神聖なものといった意味を持ち、化学の点でも金属を含んでいるため腐食から守ってくれるのだが、二柱にはその朱が自分たちには合わないと感じてしまっていた故の、子供じみた先延ばしであった。


 話を持ち掛けられた最初こそ護役たちはツガに嫁をと躍起になっていたが、当のツガは嫁にしたい人はいないという主張を貫いて現在に至っている。

 「我らも大人気ないことを言ったものよ」

 スイが袖を口元に持っていくと、ヒも悟られない程度に口の端を上げた。

 「我らも守り神としてここに在り、ニ千年を超えたろうか。子供に意地を張ることに、些か疲れた」

 思えばあの鳥居はとうの昔に倒れているはずだった。そうならなかったのは、それを使うこの守り神たちが倒れないように力を使っていたからだ。

 「どう落としてくれよう。お前はどう思う、ヒ?」

 スイの問いに、ヒは今度こそはっきりと笑みを浮かべた。

 「嫁は叶わなかったが、ツガの子を見ることができただけでも良しとしよう。

この勝負をツガの勝ちとし、鳥居を建て替えることにする」

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