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鳥居の島  作者: 青竹煤
潜竜島
34/81

少し勉強をするサナギと千松

 翌日、ツガの作った朝食──素麺を啜り、サナギが部屋で再び刺繍をしようとすると、ツガがやって来た。

 「サナギ、字は読めるかな?」

 字は施設で習った。そう答えると、ツガは一冊の本を差し出した。表紙にはサナギのよく知る文字と、ミミズが這ったような読めない文字が混ざっている。

 「この華表諸島かひょうしょとうのこと、この潜竜島せんりょうじまのこと、護役もりやくの仕事が書いてある。装束しょうそくを作るのは午後からにして、今はこれを声に出して読んでみなさい」

 ツガはそう言って、サナギを自分と向かい合うように座らせた。読めない字に困っていると、ツガは読めるところは読んで、読めない所は聞くようにと言う。サナギはおずおずと表紙を開いた。


 つかえながらサナギが読むのを聞いている千松せんまつは、大体ながらも華表諸島の情報を得る。

 元々は大きな陸地だったが大きなわざわいによって陸地のほとんどが沈み、人々が避難した山が現在の島の原形であること、存在する島の数と名前、島と島の大体の位置と距離。そして、守り神様という存在と立場。


 護役については島によって役割が違うようだが、一貫するのは島の守り神に仕えるということ。守り神は魍魎もうりょうや妖怪より力があるため、一般人に見えるものではない。故に護役が神様の口となり言葉を伝えるという側面もあるらしい。

 「せん、り……」

 「『せんりょうじま』。ここに来るまでに何回も出ているんだから、いい加減覚えなさい」

 「はい。せんりょう、じま……」

 たどたどしく文字を拾って読んでいくサナギは、窺うようにツガを見上げる。ツガが頷くのを見て、サナギはほっとしたように音読を続けた。やがて、歴代の護役の章に到達した。

 「潜竜島初代、……やく?」

 「護役だよ。私やお前のように神様に仕えていた人だ。でも、歴代の方々の名前は憶えなくていいかな。私もうろ覚えだ。なにしろたくさんいるからね」

 たくさんいると聞き、サナギはその連なる名前に目を通した。読める字ばかりではないが、ページを跨いで年代別に名前が書いてあるので、その人数の多さに目が霞んだ。

 「……たくさんいるんですね」

 「そうだよ。華表諸島は歴史があるからね。今だって、私とサナギの二人だろう?」

 へー、とページをめくり、サナギはツガの名前がないことに気付いてそれを指摘すると、ツガは柔らかい声で答える。

 「ああ、そこに名前が載るのは、ヒ様スイ様に解任されるか次に進むかしてからだからね」

 その答えを聞き、千松は出来上がったばかりの自分の家の前で声を上げた。


 「次に進むって何だ?」

 「お前たちの言う、死だね。守り神様に近い人間である護役たちは、その言葉を使わないんだ」

 守り神は生や死という概念からも外れているという。だから生き物が必ず迎えるそれは、今の生から次のそれへ進むことと捉えている。故に守り神たちには「死」というものがない……らしい。

 「今はそう思っていい。全ての神様がそうというわけでもないけれどね」

 よくわからないが、今は気にしなくていいのだろうとサナギは理解して本を読み進めようとしたが、千松が横から本を覗き込んで口を挟んだ。

 「華表諸島は成立して軽く五百年以上経つんだよな」

 「ああ」

 「歴代護役の数、少なくねぇか?」

 「ああ、何人かが若い頃に代を継いで、長生きした人がいるようなんだ。実際にあのお二方も、その人達のことをたまに話してくださるよ」

 「あいつらが寿命弄ったんじゃねーの?」

 「うちの神様たちはそんな意味のないことはしないさ」

 「本当かねぇ?」

 「ヒ様もスイ様も、命のありのままを愛してくださるからね」

 「だから、島の生き物が死ぬと神様に会いに行くんですか?」

 無邪気に言うサナギに、ツガの表情は強張った。その事について、自分は話したことなどない。

 「どうしてそう思うんだ?」

 サナギは話す。夢で守り神様に会ったかもしれないということを。それはこの島に流れ着き、診療所で眠っていた時だった。熱に浮かされて幻覚を見たかと思っていたが、あの時に聞いた話し方はどう考えても二柱の守り神のものだ。


 「私あの時、死にかけてたんだって」

 暢気に自分を指してそう言うサナギに、千松は体の芯が冷えてサナギに詰め寄った。

 「お前、お前、おまえぇぇぇ!」

 サナギは目を丸くしてのけぞるが、千松はそれでもサナギに寄っていく。

 千松の口からは「お前」という単語しか出なかったが、実際千松自身にも何が言いたいのかわからない。ただ、あの時助けなければ、サナギは自分の前から永遠に消えてしまうところだったのだ。ツガに拳骨を食らった頭を撫でながら、千松は頭の中で「危なかった」と繰り返しながら元の位置に戻り、壁に背を預けて腕を組み直した。


 「そうか、神様たちは既にお前たちのことをご存じだったのか。どうりで準備がいいと思ったよ」

 ツガの力の抜けたような言葉に首を少し傾げながら、サナギは続けた。

 「きっと、神様はこの島の全部が好きで、大事なんですね。それはみんなに伝わっているから、最後に挨拶に行くんだと思います。そうして初めて神様たちの姿を見て、『ありがとう』を言って…えっと、死んでいくんだと思います!」

 「うん、途中までいい言を言ったね」

 ツガはサナギの言葉を褒め、そして訂正を入れた。

 「『死んでいく』と言うより、『次に進む』と言った方がいいね。生き死にというものは大切なことだから、少ぅし言葉を濁すくらいがいい」

 「はい」


 午前の勉強が終わると、お昼ご飯──最後の素麺を挟んでやっと刺繍に取りかかる。ツガは神様から務めは午後からでいいと命じられたらしく、お昼の片付けが終わると社に向かって行ってしまった。

 白衣びゃくえの刺繍は左が終わり、やっと差袴さしこの覆いに布を縫い付ける作業が待っている。それが終われば、とうとう装束の完成だ

 「おっさんに頼んで白い布と黄色の布を貰って。何をしようとしてるかわかるな」

 「千松くんは、着物新しくしないの?」

 サナギに言われて、千松は自分の着物をつまみ上げた。これは今の筋肉質な身体になった時にどこかから無断で頂いたもので、それ以降新調していない。雨が降れば濡れたし、川や池でサナギが水浴びをすればそこで何度も浸けて絞ったので十分洗った気になっていたが、改めて見ると随分草臥くたびれ、あちこちがほころんでいる。

 「イッコクイチジョーの主になったんだから、何か変化があればいいんじゃないかなーと思うよ」

 そう言いながら、サナギは千松の家に目をやった。できたばかりの新しい家の主が襤褸ぼろを纏っているのは格好がつかない。

 ──そうか、確かにそうだ。でもおっさんみたいに、蛇の手下みたいに思われるのは癪だな。

 その「蛇の手下」にサナギも入っているということを、千松は無視して考える。サナギが世話になっているという事実、ここに住むというこれからのことを考えると、サナギの居心地が悪くなることは避けねばならない。それではやることは一つしかない。

 ──おっさんに頼んでみよう。

 社叢林しゃそうりんを吹き抜ける風が、千松の背を押した。

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