サナギ、護役になる
夢を見た。
一人で漂っている。
周りにはたくさん物があったし人もたくさんいたのに、それらすべてが書き割りのようにその場で完結していて、自分は混ざれない。
地に足は付いていたのに、自分の中心がどこかを漂っている。そんな夢。
ふと空を見れば、雲一つない青空。しかし自分には深みのない、ただの絵に見えた。
身体がふわりと浮く感覚がした。本当に漂ってしまいそうな状態から引き戻したのは、赤黒くボサボサの毛に包まれた腕。それに従ってもう一度地面に足をつけると、もう一方の腕が現れて抱き竦められる。その温かさに、ふわふわとどこかを漂っていた気持ちが戻ってくる。自分の鼓動も、相手の鼓動も聞こえて耳をくすぐった。
誰かが彼女の頭を撫でる。頭のてっぺんから、首の付け根までゆっくりと。その動きが優しくて、知らず笑顔になる。
手の動きに従うように顔を上げれば、絵のような空に二匹の蛇のような生き物が線を描くように、まっすぐ飛んでいく。すると絵だった世界に空気が生まれた。雑踏が聞こえ、風が髪を揺らす。
「ここにいていいんだ」
誰かがサナギにそう言った──。
うっすらと朝日が差す部屋の中でサナギは暑苦しさに目を覚まし、天井の木目をなんとなく目に映しながら今見た夢のことをぼんやり考えていた。
千松の言う長いトウヒセイカツの中で、息苦しくない夢を見たのは久しぶりだ。それまでは何度か、何かに捕まる夢を見ていた。何が自分を追っているのかわからなかったが、最後は決まって千松と引き離されるのだ。
──もう、そんな夢は見たくないなぁ。見ないで済むかなぁ。
次第に頭が覚醒し、今までと状況が違うことに気付く。自分の身体の上にはふかふかの布団。空を見たつもりでも目に飛び込むのはそれより低い天井。ぼんやりと見ていた物が現実味を帯びてきた。
──そっか、ここに住むことになったんだっけ。
起きようと半身を起こそうとしたが、サナギの体は押さえつけられているかのように動かない。頭を動かして辺りを見れば、見慣れた赤黒い毛の塊が飛び込んでくる。千松がサナギの体に腕を乗せて眠っていたのだ。暑苦しさの正体に、サナギは困った顔をしてもがきはじめる。
「千松くん、起きて。千松くん」
サナギは声をかけるが、千松は何の反応も示さずに気持ちよさそうに寝息を立てている。
千松が起きるまでとそのままでいると、サナギの耳は様々な音を拾った。風が木々を撫でた時の葉を揺らす音に鳥の声。人の声が聞こえないのは、町の中でひっそりと寝泊まりしていた今までと違って人のいる場所から離れているからだろう。部屋の中からは振り子時計が時を刻む規則正しい音。時刻は午前五時四十分。しばらくすると、家の中を動き回る誰かの足音がした。どこからか漂ってくるおいしそうな匂いに、サナギの腹が鳴る。頭を横に向ければ雪見障子の窓の向こうに揺れる林が見える。
「千松くんってば」
自分の腕を何とか動かして千松の胸板を押すと、千松はやっとうっすら目を開けた。
「んだよ」
「そろそろ起きようよ。六時にはご飯だって、ツガさん言ってたよ」
寝惚け眼で千松はサナギを見返す。
「なんだって?」
「あ・さ・ご・は・ん!」
「んー、あと二時間」
そう言うと千松はサナギを抱いて自分の胸に引き寄せるので、サナギは抵抗した。
「起きてー!起きてー!!せめて私だけでも放してー!私、起きるから!」
「このまま一緒に寝ようぜ。布団てこんなに気持ちいいもんなんだな……」
初めての布団が心地よく、千松は目を閉じたまま言う。千松のこの行動は慣れたのもだが、サナギは暴れ続けた。何しろ、新しい生活が始まるのだ。今までのように自由に行動してはいけない。
「せーんーまーつーくーんー!!」
「んー、大人しくしろぉ」
ぐいとサナギを抱きしめるが、サナギは騒ぎ続ける。そしてそれを聞きつけた家主がすたすたとやってきて、勢いよく部屋のふすまを開け、状況に身を固めた。
何しろ、自称とはいえ守護霊が守護する対象を抱いて眠っているのだ。黙って見ているわけにはいかない。
「あっ、ツガさん、おはようございます!」
布団の中でサナギが挨拶をするが、ツガは「何をしているんだ!」と千松に向かって拳を振り下ろした。
「サナギ、今までにもこんなことがあったのか?」
サナギは正座をさせられ、自分の前に立つツガを見上げた。久しぶりに見る怒った人の表情に、そろそろと目を逸らせる。
「答えなさい!」
大声を出されて肩が竦む。そもそもなぜこんなに言われなくてはいけないのかが分からない。自分が何かしてしまったのだろうかと今朝の行動を洗い出してみるが、心当たりは全くなかった。
「千松くんは、私が寝惚けて屋根から落ちないように、とか眠っている間に悪い奴らにさらわれないように、とか」
昨日の千松との会話で逃亡生活は季節が五回巡る程度だとは聞いていたし、宿無しの二人が屋根の下で眠れることは少なかっただろう。だから、サナギを抱いて眠る千松に正当な理由があったのだということは理解したつもりだ。守護霊として振る舞うという決意も聞いていた。だからこそ、ツガは反省のかけらもなく胡坐をかいてバリバリと胸を掻きながら欠伸をしている千松に対して、もう一度拳を振り上げる。
「何すんだよ!」
「それはこちらの台詞だ!サナギがいくつかは知らないが、人間の女性に手を出すなど!お前のような守護霊は見たことがない!」
「あぁ?妖怪の中にゃ、女を孕ませる奴もいるぜ?」
「お前は守護霊だろうが!」
ツガは懐から札を取り出し、千松の頭に張り付けた。千松はギャッと叫んで体を痙攣させている。
「千松くん!?」
「心配しなくていい。これからは今までのようにしてはいけないこともあるから、それも含めて教えてやろう。サナギ、まずはお風呂に入って体を清めなさい」
夜に入る風呂とは違い、簡単にシャワーを浴びるだけだと言われて、サナギはそうした。風呂から出て昨日着せられた襦袢と白衣を着てみた。そして、赤い差袴をまじまじと見る。
今まで数えるくらいしか見たことがなかった袴だが、これはどことも違う形をしていた。袴の上に、前面が開いた覆いのようなものがついている。ツガが着ていたものには鱗のような模様があったが、自分が持っているこれには何の模様もなく、ただ赤い布が巻かれているだけなので華がない。兎にも角にも穿いて、昨日ツガが簡単にやって見せたように紐を腰に巻く。何度か失敗しながらも、何とか様にはなった。袴の覆いが動くたびに鈍く揺れて、飾りはないがなんだかお洒落だと思って顔がにやける。
足取り軽く脱衣所を出ると、床に転がる大きな赤黒い塊が足に当たった。この短時間に二枚目の札を貼りつけられて転がっている千松だった。
ツガがサナギの朝食の動作を見ていて気付いたのは、決して汚らしい食べ方をしていないということだ。箸の使い方もできていて、音を立てずに食べる。以前は何かしらの施設にいたというので、そこで躾けられたのだろう……。サナギの隣で汚らしく食い散らかす大きな犬とは大違いだ。
食べた後にサナギは「ごちそうさまでした」と手を合わせるのに対し、千松は「食った食った」と腹を撫で、ぼそりと「足んねぇなぁ」とこぼす。何と勝手な性格だろうか。
「えっと、食べた後は片付けるんだよね。千松くん、片付けるよ」
自分が使った食器を流しに運ぶサナギに、千松はかったるそうに声をかける。
「あー?片付けなんかいいじゃねぇか。このおっさんにやらせようぜ……ギャッ!!」
躾のしがいのありそうな犬だ、とは口に出さず、ツガは本日三枚目の札を千松に貼り付けた。サナギはもう何の反応もせず、淡々と食器を洗い始めるのだった。
サナギはこの潜竜島の護役として住人となった。護役となる人間は、神様に会ってその任を正式に受けなくてはならない。ツガは薄く灰がかった白衣と真っ赤な差袴を着たサナギを確認した上で、彼女を連れて社の戸を開いた。後ろには千松もついて来ている。
「おはようございます、ヒ様、スイ様。新しい護役となるサナギを連れて参りました」
ツガが挨拶をすると、ツガと千松の目にヒトのような上半身と蛇のような下半身を持つ男女二人が、古い木の彫刻からぬぅっと現れたのが映る。
「うむ、今朝は騒がしかったようだな」
女の方、スイは切れ長の目でサナギ、ツガを見下ろす。ツガはまっすぐに女神スイの目を見るが、守り神の姿が見えないサナギは隣に立つツガをちらちらと横目で確認しながら、ツガと同じ辺りに目をやっている。
「申し訳ございません。これからは私が監督いたしますので、お許しを」
男神であるヒは、目を閉じたままサナギに顔を向ける。
「清めはしたようだが、犬ころの匂いがするな」
口が裂けても今朝のことは言えない。そう判断し、ツガは口を閉ざした。さすがの千松もこれに関してはサナギのこれからがかかっているためか、何も言わずにこの島の守り神である二人の龍神を見上げている。
「よいではないか、ヒ。ツガよ、昨日ヒとも話したのだが、その娘にはわからぬことも多い。我らが勝手に探るが、よいな?」
探ると聞き、千松の顔が強張る。それを感じ取ったのか、ヒはスイの言葉に付け足した。
「心配するでない。我らが勝手にすることである。何かを掴んだとしても、我らの胸の内にしまっておこう」
ツガはただ、はいと返事をした。確認をとったからか、ヒは自分の木像に尾を絡ませ、スイも自分の木像に同じようにした。そろそろ始める気配を察し、ツガはサナギを見下ろした。
「サナギ、この二体の木像の前に立って……そう、そこだ。そして、私の言うようにするんだよ。千松はサナギの後ろだ。君は何を言うべきかわかっているだろうから、私からは何も言わないよ。自分の言葉で言いなさい」
頷く二人を見、ツガは指示を出した。
サナギは言われた通りに両腕を前に伸ばし、掌を上に向ける。顔を少し上に向け、木像の目と同じくらいの高さに目を向けた。そのままヒの像と目を合わせ、はっきりとツガの後を追う。
「潜竜島の守り神、男神玲瓏ヒ様」
そしてスイの木像と目を合わせる。
「同じく潜竜島の守り神、女神玲瓏スイ様」
今度は最初と同じ位置に顔を戻す。
「お二人の命により、私サナギ、守護霊千松。光輝十三年夏一月三十五日。潜竜島の護役に就任いたします」
「サナギの守護霊千松。護役サナギを守護し、島に根を下ろす!」
千松が宣言をするが、これはサナギに対してではないだろうかとツガはヒヤリとした。しかし守り神は何も反応せず、二柱は顔を見合わせて片方の手をサナギの手にそれぞれ置いた。
サナギの手が、見えない温かさを感じる。夏の始まりとはいえ、早朝の涼しさを感じる体にそれが広がっていき、次第に体の中、奥深くまで染み込んでいく。
その間に二柱の守り神は、サナギの過去を探った。ほんのひと時のことだったが、その間にもサナギの情報は二柱に共有された。そして、互いに顔を見合わせ、微かに頷き合う。
まるで体が自分の物でなくなったかのような感覚に違和感を覚えて、しかしどのような反応をすればいいかもわからず立ち尽くしているサナギの耳に、凛とした声が聞こえた。
「上出来であるな、ヒよ」
驚いて見上げれば、見たことのない優しい色の長髪を二つに分けて結んでいる女が、今まで目を向けていたのと同じ高さから自分を見下ろしていた。目を見開いで口をあんぐり開けていると、女はふわりと浮き上がり、サナギに近付いてその頬に触れた。両の頬に見える白い鱗はそのまま首、その下まで続いている。着物で隠れてはいるが、全身がそうなのだろう。
「女神、スイ様……ですか?」
恐る恐る尋ねると、スイの伏し目がちな目が細められたように見えた。口の端が少し上がっている。優しい笑顔だった。頭から生えた珊瑚のような色の角が、藤色の髪によく似合っている。
「いかにも。我がこの潜竜島の守り神が一柱。玲瓏スイである。ごらん」
スイは力を込めずにサナギの頬を反対側に向ける。そちらには黒い長髪に尖った角を生やして、スイの白い鱗と同じように緑色の鱗に包まれた男が、目を閉じた状態で腕を組んでこちらに顔を向けていた。
「男神、ヒ様、ですね」
「うむ。我は潜竜島の守り神が一人、玲瓏ヒである。遠き地より、よくぞこの地に参った」
低くも艶のある声のヒはそのまま宙を滑るように飛び、スイの横に着いた。二人の頬の鱗を見て、サナギはそのまま目を顔から下へやり、下半身……いや、尾を凝視した。脚がなく、蛇のようだ。尾の先には二人とも髪の毛と同じ色の毛が生えており、鱗の色と合わせるととてもきれいだ。だから、サナギはそれを正直に口にした。
「お二人とも、とてもきれいです!」
子供のようにキラキラした表情でまっすぐに言葉をぶつけてくるサナギに、ヒは目を閉じたままに口を軽く開け、スイは目をはっきりと開けてサナギを見返すという、ツガも初めて見る驚きの表情を見せた。今まで数えきれないほどの護役たちと対面してきたが、こんなに素直な反応をしてきた者は初めてだったのだ。
「素直な娘であるな、ツガよ」
ツガも同じく言葉を失っていた。自分が護役になり、初めて神様たちの姿を見た時、サナギと同じくその美しさに見とれてしまったが、決して口に出しはしなかった。余計な口は叩くなと、当時の先輩護役から耳にタコができるほど叩き込まれたのだ。
「おい、もういいだろ?」
三人を現実に引き戻したのは、サナギに慣れている千松だった。千松はサナギの腕を引き、社を出ようとするがサナギは嫌がった。
「あの、神様、私と千松くんをここに住まわせてくれて、ありがとうございます!」
子供の表情で、サナギは頭を下げる。そしてそのまま「千松くんも、お礼言わないと!」と妖怪に声をかけた。
「あ?あー、ま、サナギがここに落ち着いたんなら何でもいいや。ありがとよ」
「こら、千松!神様に対してなんてことを」
懐に手を入れて札を出そうとするツガを、ヒは止めた。
「いや、よい。そ奴に関しては、我らは迷い犬を拾ったようにしか思っておらぬ。札を作るにも手間がかかろう」
「あ?」
睨みつける千松に、ヒは涼しい顔で
「字名のない犬ころだ。飼うことにしてやったと思えば、どうとも思わぬ」
「なんだこの蛇、さっきから腹の立つ!」
「これ、止めぬか。今のはヒが悪いぞ」
睨み合う神様と妖怪の間を、スイが割って入った。しかしスイは千松を見て、こう言い放つ。
「我らはサナギを受け容れる。しかしお前は全てを話しておらぬ。サナギについては先程の探りで多くを知ったが、お前については未だに謎がある。よって、お前を完全には受け容れぬ。守護霊として礼節ある行動をせよ」
「言われなくてもわかってらあ」
そっぽを向く千松。スイは再びサナギを見下ろした。
「お前については多くを得た。重要なことを教えよう」
「え、重要なことって、何ですか?」
緊張した面持ちのサナギに対し、スイは微笑んだ。
「春一月三十日。この日はお前とその犬ころの生まれた日である。憶えておおき。今年のお前の生まれた日は過ぎてしまったが、今年で二十と二歳になったのだな」
「私の、誕生日……」
「うむ。春、一月の三十日だ」
「春一月、三十日。千松くんも?」
サナギは目を丸くしたまま、スイを見上げる。スイが柔らかな笑顔のままで頷いて見せると、サナギは勢い良く千松を振り返り、その首に抱き付いた。
「千松くん、私、春の一月三十日生まれだって!二十二歳だって!」
「わかった、わかった!訊いてたから!ひっつくんじゃねぇ!」
「千松くんも同じ日に生まれたんだって!神様ってすごいね!千松くんのことも解っちゃうんだね!」
小さな子供のようにはしゃぐサナギを尻目に、ツガはヒに尋ねる。
「あの千松の申すことに、偽りはございませんか?」
ヒは淡々と答える。
「犬ころについては知らぬ。サナギについては我らの胸の内にしまっておく約束だ。お前にも話せぬ。ただ、サナギは幼子だと思うておればよい」
初めて会った時から今までサナギを見てきたツガには、幼子という単語に心当たりがいくつもある。しかしサナギの年齢からすれば、大人として付き合うことが正しいのではないだろうか。
「成人しているのでは?」
「我らには人間でいう大人と子供に区別はつかぬ。お前のように様々なものと相対し様々な経験を積むのが大人であれば、サナギは揺るがぬ幼子よ」
ヒの言葉を、スイが継ぐ。
「我らは歳で区別はしておらぬ。あの娘は幼いのだ。見た目に惑わされずに導いてやるがよい」
「はい」
スイとツガのやり取りの横で、ヒは社の隅にいる、千松に付きまとっていた残滓に向かって、動くなと神通力でその場に縛り付けた。
ツガに連れられてサナギと千松が社を去って行った後、残ったのはヒとスイと、残滓のみ。
「お前、体は小さいが我らの新しい護役によく似ている」
ツガにも千松にも見えなかったその残滓は、サナギとは似ているのか怪しい見た目だが、ヒもスイも疑わずサナギだと確信して話しかける。
それは頬骨の浮き出た、青い顔の細い少女。髪は腰まで伸びていて、ほつれた三つ編みとピンク色のパジャマが具合の悪い人を思わせる。
「お前もあの二人と共に、この島にやって来たのだろう。よく来たな」
スイが優しい声でそれを抱きしめ、少しずつそれの背景を読み取っていく。しかし、判明したのはそれが何であるかということだけだった。
「ああ、ああ。もう、よいのだ。お前はあの犬ころが食べてしまったあの子の……。もうあの犬ころに付きまとわずともよいのだ。お前を送る者がおらず、そこに留まることもできずに犬ころについて来ていたのだな。
我らがお前を送ってやろう。もう、存在しなくてよいのだ」
スイの言葉を聞きながら、それがゆっくりと目を閉じた。
やっと眠れる。やっと自由になれる。ありがとう。
その気持ちをスイに伝え、過去のサナギである綿枝ノドカという名の少女は潜竜島の二柱の竜に見守られて……消えていった。
「犬ころめ、酷なことをしたものだ」
訪問客のない社の中で、潜竜島の守り神玲瓏ヒは、憎々し気にその犬ころがいるであろうツガの家の方向を睨む。もう一人の守り神である玲瓏スイは今しがたまで腕に抱いていた少女の思いを胸に、ヒを宥めた。
「致し方のないことだ。断片的ではあったが、あの犬ころにも同情すべきところはある。お前も見ただろう?」
スイが見上げると、ヒが顔を逸らした。
「見たからこその感想だ。そもそも人間の命に干渉する妖怪を、我らの領地に入れることは」
間違っている、そう言いたいのをそこで堪えるが、スイにはそれが読み取れてしまう。
「お前とは双子であるが、たまに意見が合わぬの」
「まったく同じであるなら、我らはこの島に呼ばれなかっただろう」
いつまでそれを言うのだ、とヒは呆れた声で腕を組んだ。
違う意見を持つ双子だからこそ、守り神として成立しているのだ。玲瓏ヒは厳しく、玲瓏スイは優しく。そうして島民を時に罰し時に包みをして、この潜竜島は成り立っている。そして今日、新たな護役が誕生した。これから賑やかになるだろう。ヒは認めないが、スイはこれから賑やかになっていくだろう先を考え、知らず口の端が上がるのだった。




