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鳥居の島  作者: 青竹煤
潜竜島
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千松と守り神とツガ

 潜竜島せんりょうじまの守り神である玲瓏れいろうヒ、玲瓏スイの二柱は、この島に流れ着いた奇妙な二人についてある決定を下した。それはこの二人──一人は人間の娘だがもう一人は妖怪である──を、主に妖怪の監視としてこの島に置くことにしたのだ。

 この世界においての妖怪は、精霊である魍魎もうりょうが育ち姿を得たものを指す。その姿はこの世で死んだ動物のものであり、本来ならば限られた人間にしか見ることはできない。しかしこの赤黒い巨体の狼は、誰の目にも映る上にまるで人間のような匂いを纏っていた。自分はこの娘の守護霊だと言い張り、住む所を探していると言う。これを拒否して他所の島に行かれたところで何かあっても後味が悪い。故に二柱の守り神は仕方なく、この潜竜島に二人を置くことにしたのだ。

 その事を護役もりやくであるツガに告げてサナギを社から連れ出させ、二柱の守り神は社の高い天井から威嚇するように狼を見下ろしたが、いまだに社を覗き込む島民や魍魎がいるため、狼に戸を閉めさせて話し始める。


 「単刀直入に言う。お前は何者だ」

 男神玲瓏ヒが、瞼を下ろしたままでその妖怪に問う。狼の妖怪は島に居着く決定が流れてしまうのを恐れて、それについては何も言わずに答えた。

 「名は千松せんまつ。人間でいう一昔ほど前は、昔のあんたらと同じく修行していた者だ」

 ヒはそれを聞き、腕を組んで千松の周りを回ってじろじろと閉じた瞼の下の目で穴が開くほど見つめる。その間、千松の周りには蛇のようなヒの身体が幾重にも巻いていた。


 「お前は奇妙である。妖怪でありながら……人間に近い。ここまで人間の匂いをさせる妖怪は初めてだ」

 「ああ。だが、この見た目からしてヒトじゃないだろ」

 千松は着ている着物をはだけさせて、びっしりと獣の毛が生えた体を見せる。赤黒いという自然界の狼にないその色は、その姿を手に入れて何百年という時が経っていることを物語っていた。

 「あの娘は何だ」

 その問いに、千松は着物を直さずに答える。着ていいと言われるまでは着ないことにしたようだ。

 「サナギ」

 千松は一緒にいた女の名だけを答えるので、ヒは逃げ道を無くすように鋭い声で詰問する。

 「すべてを話せ。この島に来た時、あの娘は死にかけていた。しかし一晩明ければあのように自由に動く。お前が何かしたのであろう?」

 千松は口を閉ざす。かつては神を目指していた千松はしかし、それを信じていなかった。子供が嫌でも大人になるように、そうならなければいけないと思うものに向かって進んでいただけで、なった後にどうしたいかという希望もなければそうあり続けていたいという覚悟もない。だからこそ自分がどうして今のようなモノになってしまったかも、サナギの病が完治した理由についても何一つ話す気はない。自分が護るべき者が絡んでいれば、なおさらだ。

 ただ、これだけは言えた。

 「俺はあいつの守護霊だ。あいつを死なせないためには、神通力がなくても全力で、何だってやるさ」

 この体なら、なんだってできるとでも言うように、千松は自分の筋肉質の体を見せる。体毛はあれど、そこからでも体の盛り上がりはなんとなく見て取れたが、ヒはいい顔をしない。


 「お前が連れてきた娘は、一人か」

 疑問形ではないその問いに、千松は額に皺を寄せる。

 「何を言ってんだ。俺が連れて来たのはサナギだけだ」

 妖怪の答えにヒは表情を崩さず、静かに千松の後ろに視線を投げたようだった。何をしているのかわからずスイを見ると、スイも同じようにヒと同じところに目をやる。千松も同じように振り返るが、何もいなかった。

 「幽香ゆうこう殿は、何も申されなかったのか」

 小さく響く声に、千松が訊く。

 「雉の妖怪がなんだって?」

 ヒがそれについて口を開けようとしたが、それをスイが遮った。

 「今日はもうよい。明日改めてお前たちのことを聞く。お前もツガの家に行くがよい。石畳を辿れば見える家がそうだ」

 もう行けとスイは右手で出入り口を指す。その手は指の付け根まで白い鱗がついていて、その上から白い輝きを放っていた。

 「待て。社の戸を開けてからだ」

 ヒに言われ、千松は閉めた戸を開けに戻った。ヒもスイも、その目に千松について行くだけの少女の姿を映したまま、何も言わずに出ていく千松を黙って見送った。



 ──犬に見えていない。

 ──我らにはあんなにもはっきりと見えていたというのに。

 ──幽香殿には見えなかったというのだろうか。

 ──随分と力を失っておられたのだな。

 ──ああ。あのサナギとかいう娘によく似た小さい娘。犬ころに付きまとうだけの残滓。害はないだろうが、このままにしておくのも良い気はせぬ。

 ──ツガには見えぬ。我らで祓ってしまおう。



 守り神との話が終わり、ツガの家に入った千松は視界に飛び込んできたものを見て絶句した。ツガは気持ちよく迎え入れてくれたが、その腕にはサナギが先程まで着ていた花柄のワンピースがかかっていた。微かに香るサナギの匂いが、サナギが今どういう格好をしているのかという想像を嫌でもかき立てる。ここに住んでいいと言われて油断していたということだろうか!


 沸々と、などと言う生易しいものではなく、一気に頭に血が上った千松はすぐにツガの胸倉を掴み上げて声を荒げた。

 「てめぇ、サナギに何しやがった!」

 「何もしてないよ。ただ風呂に入れと言っただけだ。この服は海水に浸かっていたからガビガビだし塩も吹いてる。洗ってやらないとね」

 床から数センチ浮いた状態でもツガの調子は崩れずに、さらりと言葉を返ししていく。さすがに激昂しているサナギの守護霊に、診療所の先生も、ベッドが汚れると愚痴をこぼしていたということまでは言わなかったが。

 「だったら、せめて俺が来るまで待ってろよ!あいつの裸見やがったな!?」

 「見るわけないだろう。彼女は自分で風呂に入れないほど子供なのか?」

 千松はツガの、無言の「しっかりしろ」という声を聞いた。いや、千松自身がそう思っていたのかもしれない。陸続きの情報が回ってくる速さを知っている千松は、ずっと一人で追われる焦りと戦ってきたのだ。海を隔てたこの場所ならきっと安全だ。すっかり信用してしまうことはできないが、とにかくここでは千松の悪行を知る者はいないため、誰も追わない。サナギを連れ戻そうとしない。だから、無駄な暴力を振るうことはない。

 ツガをそっと下ろすと、ふいと横を向いて小さく「悪い」と呟いた千松に……この家の主は容赦なかった。

 「悪いことをしたら謝るんだよ。ほら、私の目を見て!」

 と言いながら服従させる札を千松に胸に貼り、ぎゃあと悲鳴を上げる千松の頭をむりやり自分に向ける。

 「いててててて!悪かったって言っただろ!」

 服従の札にも種類があるのか、この札は体が動かなくなるものではなく、実際に身体に痛みを与えるものらしい。千松の身体が内側から引き裂かれるような痛みに悲鳴を上げる中で、ツガののんびりした声が憎たらしく耳に入ってくる。

 「私の目を見て言いなさい」

 「ご、ごめんなさい!!言ったぞほら!」

 「反省していないよね。何に対してごめんなさいかな」

 「掴み上げたこと!」

 「それも確かにそうだけど、考えもせずに私を悪人だと決めつけたよね」

 「じゃあそれも付け足しで!」

 「反省してないね」

 もう一枚の札をペラリと見せつけるツガに、千松はついに言われた通りの謝罪を口にするのだった。

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