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鳥居の島  作者: 青竹煤
潜竜島
25/81

玲瓏神社へ

 診療所の前には、ツガが来る前と同じく人だかりができている。その戸が開けられると、島民や島の魍魎たちがしんと静まり返り、一斉にツガの後ろに立っている狼の姿をした妖怪に視線を注いでいった。

 見た目は着物を着た二息歩行の狼だ。しかし身長が島の誰よりも大きい。体毛は赤黒く、人間ならば不調を訴える色なので医者が怒り出しそうに思えてしまう。


 「なんだよ」

 じろじろ見られて居心地が悪いのか、狼は不機嫌を隠そうともしない唸り声を上げると島民たちはその顔に恐怖の色を浮かべて、張り詰めた空気を破ろうとしない。

 「用があるなら言えよ!」

 吼える狼に、島民たちや魍魎はやっと悲鳴を上げて一人残らず逃げていく。島の木々から響くセミの声と混ざってとても煩い。狼はケッと息を吐いた。

 「人間てのは何もしねえくせに、好奇心だけは一人前だ。気分わりぃ」

 「千松せんまつくんが脅かすからいけないんじゃない」

 呆れたように千松という名の狼を見上げるのは、サナギという名の人間の女。千松と一緒に流れ着き、昨日まで高熱に浮かされていた人間だ。

 「脅かしもするわ。俺は見せもんじゃねえんだよ」

 このサナギという女は千松に脅えもせず、顔色を窺うでもなく自然に接しているのも、この島の護役もりやくであるツガには興味深く思えた。ツガも千松の言う好奇心だけは一人前の人間であり、護役としてもこの島に危害を加えるかどうかを見極めるために千松のことを知らなければならなかったが、それよりも先にこの島の守り神に会わせなければ。


 ツガは二人を潜竜せんりょう玲瓏れいろう神社に案内した。その間も千松は遠くから視線を感じたが、サナギが手を握って「だめだよ」と制止したおかげで何も行動せずに舗装された道路を進んでいく。時々三輪の車とすれ違うが、千松を見るやスピードを下げるので気分だけが悪くなる。


 神社は島の西側の丘にある。丘全体が神域となっており、ツガもその中に住んでいるという。

 「それにしても時鐘ときがね島から海を泳いでくるなんて、思い切ったことをしたね」

 時鐘島は華表かひょう諸島の本島で、この潜竜島からは船でも約五十分はかかる。泳ぐとなると潮の流れや風や波といった自然の障害物に加えて、海の妖怪の邪魔も受けたことだろう。

 「時鐘島って、一昨日いたところだよね」

サナギが千松の手をきゅっと握って、苦い顔をしているであろう自分の守護霊を見上げる。千松の顔はサナギからは見えにくく、表情が分からない。

 「お金は持ってたんだけど、時鐘島の……おじさんと同じ服を着た人たちの所に置いてきちゃったんです」

 同じ服と言われて思い当たるのは、自分と同じ護役。つまりこの二人は、本島の護役の世話になったということだろうか。

 「あの人たちこわいから嫌い」

 サナギのつんとした言葉に、ツガはそうかなと疑問をぶつけた。

 「みんないい人たちだよ」

 サナギは少し困ったような顔をして、先程よりも小さな声で言う。

 「あの人たち、千松くんに酷いことしようとしてたから」

 酷いことって、どんな?とツガが言う前に足が止まる。玲瓏神社の丘に到着したのだ。


 千松は目の前に聳えるそれを見て、あからさまに嫌な顔をした。

 「鳥居……」

 「神様の門だよね。でも、色が剥げててボロボロ」

 サナギの反応には拒否が見えない。ただあるものをそのまま受けているようだ。

 木造の鳥居は千松よりも高く、できた当初からずっと朱を塗り直していなかったようで、人間の身長ほどの高さまでは元の木の木目がむき出しになっており、長い間雨風に晒されていたために黒ずんでいた。その向こうには、滑らずに上るための階段として嵌め込まれた石の階段が伸びている。鳥居の状態を見た千松は、ここの守り神の世話役であるツガを見下ろした。

 「おっさん、ここの守り神さんとやらは嫌われてんのか?」

 するとツガは千松を見上げてはっはっはと笑い声をあげた。

 「そうじゃない。うちの神様たちと私の勝負なんだよ」

 その音声に、サナギはずいぶん楽しそうに神様のことを話すなぁとツガを見上げた。その顔は本当に楽しそうで、時鐘島の護役たちとは大違いだ。サナギはその事を千松に話そうとしたのだが、千松はサナギが口を開けた瞬間にツガの言葉に食いついた。

 「神様、たち・・?」

 嫌悪感をむき出しにする千松の目をしっかりと受け止め、ツガは頷いた。

 「そう。この潜竜島の守り神様は男神である玲瓏ヒ、女神である玲瓏スイの二柱(ふたはしら)だ」

 二柱の神様。島民にしてみれば島を護る神様が二人。千松にしてみれば憎む存在が二人。千松はそんな島にいたいかと自問し、すぐに答えを叩きだした。


 「冗談じゃねえ!」

 千松はサナギの手を握って、来た道を引き返そうとした。しかし鳥居に背を向けたまま、抵抗するサナギと言い合いになる。

 「え、なになにちょっと待って、千松くんなんで戻ろうとするの!」

 「お前おっさんの話聞いてたか!?守り神が二人!お前俺が神を嫌いなの知ってるよな!?」

 「いい人かもしれないじゃない!」

 「いい人だろうが嫌いなもんは嫌いなんだよ!一人だったらまだ我慢したが、二人じゃ嫌だね!もう一回泳いで別の島に行くぞ!」

 「えー、やだ!海水が目にも口にも鼻にも入ったし、息できなかったもん!」

 「それならおっさん脅して船で」

 何を言っているんだ、とツガは目の前で繰り広げられる自分を脅す計画に心の底からそう思ってため息を吐いた。

 ──彼女を守るとは言っているが、賢くはないようだ。とっとと神様に会わせてしまおう。

 懐に手を差し込み、護役としての仕事用にと持ち歩いていた魔除けの札を一枚手に取った。守護霊には効かないが、千松になら効くだろうという憶測でツガは自分に向けられっぱなしの千松の背中に札を貼りつけた。瞬間、ギャッと短い悲鳴を上げ、二百センチメートルほどの巨体が膝から崩れ落ちていく。

 「え?千松くん!?どうしたの!」

 倒れた千松に縋りつくサナギの肩に手を置き、ツガは大丈夫だと声をかけてから千松の帯に手を掛けた。

 「はいはい。よその島に行ってもいいけど、まずは神様に会ってからね」

 千松の体重は身長を考えてもかなり重い方だとサナギでもわかるのだが、それを上回る力でもあるようで、ツガは少しずつ千松を引きずって鳥居を潜ろうとする。

 「おじさんすごい」

 感心するサナギとは違い、千松は力が入らないながらもツガに何をしたと声だけで詰め寄る。

 「妖怪用の札を貼っただけだよ。これってね、貼られると力が抜けるらしいんだ。君、動けないね?」

 「ふざけんな、剥がせよ」

 「威勢はいいね。これを剥がしたら海に行くんだろう?私を脅すんだったかな」

 ズズっと少しずつ引きずられて、千松のしっぽが鳥居に近付く。

 「やめろ。歩くから!歩くからやめろ!」

 ひょろひょろと叫びにならない叫びを聞き、ツガは千松の帯から手を離して別の札を、今度は千松の右足首に回して貼り付けた。

 「おい、何した?」

 「君が素直になるためのおまじないだよ」

 そう言いながら千松の背中の札を剥がしてやると、千松はスクっと立ち上がってサナギに向かって手を伸ばした。

 「バカが。あんな鳥居、誰が潜るか!」

 「あっ、千松くんダメだよ!」

 もう少しでサナギに手が届く。サナギを連れてもう一度海に出るんだ。

 この島から出ようと焦る千松だったが、それは無駄に終わった。札を貼られた右足が、全く動かない。

 「念のために、私の指示に従うようにする札を貼っておいて正解だったね」

 ツガは息を吐きながら、千松に鳥居を潜るように指示を出す。頭では嫌だと言う意思に反してそこに近付いていく自分の足を、千松は恨んだ。

 「サナギさん、ついて来てね。こっちだからね」

 「はーい」

 「おい剥がせ!今度こそ自分の足で歩くから!」

 「剥がしてもいいけど、さっきの札を付けるよ。君は信用できないからね」

 のんびりと言うツガに、千松は悲鳴を上げた。

 「おい、このおっさん怖えぞ!サナギ、逃げよう!」

 生命の危機でも感じているかのような千松に、サナギもツガのようにのんびりと言う。

 「怖くないよ。千松くんが逃げようとしたからでしょ」

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