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鳥居の島  作者: 青竹煤
時鐘島
13/81

ユウト

 高校一年の五時間目は、三クラス合同で男女に分かれての授業になる。一クラスおおよそ十人と少し程度のため、三クラス男子のみ、女子のみを合わせても大した違いがないのである。

 そしてこの時間、ユウトは落ち着いた例がなかった。理由は体育教師である。

 西貝にしがいクニヒコ三十七歳独身。ユウトを始めクラスに何人かいる所謂「見える人」ではない人で、島の外から来た人でもある。ユウトが華表諸島の外に出ることは滅多にないが、外の人間たちはどうにも馴染めない言動を放つ者が多く、この体育教師はそれを代表するような人物だった。慕う生徒もいることから人間としては悪くないのだろうが、守り神と同じ目を持つユウトにはそれが異様に思えて仕方がないのである。


 セミの声が響く校庭に出て、ユウトは辺りを見回す。先生はまだ来ていないようだ。クラスメイト達は各々軽く体操をしているが、ユウトは校庭の端から端までに目を走らせる。時々視界に黒くて小さな塊がもこもこと飛び込んでくるが、これは害のない魑魅魍魎ちみもうりょうの類なので放っておく。そして校庭内に危険なモノがいないことを確認して、ようやく準備体操を始めるのだった。


 ニシガイ先生が来たのは、準備体操が一通り終わった頃。リズム用の太鼓をタンタンと叩きながらこっちにやって来るのだが、いつものようにスタッ、スタッと奇妙な特徴ある歩き方はしていない。引きずった脚を見てユウトはあーあ、と盛大に息を吐いたし、周りの「見える」生徒たちの何人かも同様に、困ったような顔でユウトに視線を流していた。

 「センセー、足どうしたんですか」

 それを見ることができない生徒が訊くと、先生は心底困ったぞというような顔で首を捻る。

 「いやぁ、一昨日からな、どうにも重いんだよ。まるで何かがしがみついているような」

 「そこまでわかってて、なんでうちの神社に来ないんですか!」

 ユウトの爆発に「見える」生徒が耳を塞ぎ、「見えない」生徒はまたかという顔で先生を軽く笑う。ユウト他何人かには、小さな子供の大きさの黒い塊がニシガイ先生の左脚にしがみついていたのがはっきり見えていたのだ。

 「なんだユウト。今度は何で言いがかりをつける気だ!」

 先生の言う「言いがかり」とは、妖怪の類を見ることはができず、その上それを一切信じない彼に対してユウトがする説教のことである。

 「いつも言ってんだろ、異常を感じたら……」

 「病院には行ったぞ!異常なしだ!」

 「だったらなおさら神社に来いよおぉぉぉ!」

 ここまでならいつも通りだ。ニシガイ先生が何かにとり憑かれ、または呪われたのを確認してユウトが神社に来いと声を張り上げ、たまに見える生徒から軽く慰められる。いつもならすぐにユウトが原因を祓うなり呪いを施したりして授業が始まるのだが、今日は違った。何度も忠告しているのに相手が従わない。積もりに積もったものが爆発したのだ。

 「今回は何やらかしたんだおめえは!守り神様の休め所で弁当でも食いやがったか!立ち入り禁止区域に大勢で侵入して記念撮影でもしたのかあぁ?」

 先生の胸ぐらを掴んで、ユウトは凄む。毎年夏休みにやって来る数少ない団体客の所業に対する怒りが、ニシガイ先生に向けられただけだ。それにたじたじとなって、ニシガイ先生はその日にしたことをぽつぽつと口にした。

 「学校終わって……なんとなく河原を歩いて……」

 ユウトは瞬時に頭の中の島の地理で考える。川は思い当たったが河原は広く、魍魎もうりょうもそこそこ多い。どれに憑かれたのというのか、目星が多すぎる。いや、それよりも学校の業務が終わる頃といえば、辺りは薄暗くなっていて、人間の時間ではないはずだ。

 「石の山があったなぁ。子供のイタズラだろうが、転んだら危ないから崩して」

 「それだアホタレ!」

 河原のみならず何でもない所に何かが積まれているのは、魍魎の、人間でいう赤ん坊が積み木を積んで遊び学ぶのと同じこと。だからそれを崩されれば大抵は泣くか怒るかのどちらかだ。そしてこの脚にしがみついているモノは、顔こそ見えないが怒りを示しているのだろう。

 「センセー、それマズイよ」

 「小学校で習わなかったの?」

 「そりゃ、自業自得だな」

 いつもは味方だった生徒たちにも手のひらを返され、次第に先生の顔が怒りで赤くなっていく。

 「なんだお前、先生に向かって!今まで言うことを聞いてきただろう、これ以上何が望みなんだ!」

 「どこで言う事聞いてきたことになってんだよ!」

 西貝にしがいクニヒコ三十七歳独身。この男は見えるもの以外は一切信じない。一般教養とされている土地の神様や妖怪、それらに対する礼儀などを、この男は信じていないがために身に付けていなかったのである。

 ニシガイ先生は乱暴にユウトの手を掴んで自分から引き離すと、ユウトの頬を強く打って、よろけたユウトに怒鳴りつけた。

 「このことは、お前が世話になっている禊月けいげつ神社に連絡する。反省するまで体育は受けさせないからな。お前は校庭の隅で見学だ、わかったか!」

 そして遠巻きに見ている生徒たちに向かっても怒鳴りつける。

 「授業を始める!まったく、邪魔が入って時間が無駄になった!」

 怒りで赤くした顔で、ニシガイ先生はユウトに背を向けて、重そうに左脚を引きずりながら歩き出す。チラチラ振り返りながらも、他の生徒たちは先生に続いた。ユウトは離れていく先生の背中を──馬鹿にした目で見送った。



 「オレが悪いと思いますか」

 ユウトは言われた通りに校庭の端に生えている木の下に入って、バスケットボールをしている同級生たちを拗ねた目で見ながら小さく質問を投げかける。

 「誰も悪くはない」

 背中から声に、ユウトは「だよなぁ」と空を仰ごうとしたが、木の葉に遮られて決まり悪くなる。

 「お前は見える観点でものを言う。ニシガイは見えぬ観点でものを言う。お前は見えるから理解を求める。ニシガイは見えぬから理解できぬ。善悪ではなかろう」

 偉そうな物言いの声に、ユウトはどうすればいいんですかね、気のない声で質問をするが、それに対して声は何も言わず、ただセミの声だけが体に纏わりつくように響いていく。

 「マサナリには我からも話をしておく。今日は寄り道などせぬように、まっすぐ帰って来るのだぞ」

 今度はユウトが黙った。あの自分は常に正しいと信じきっている奴のいる所になど、帰りたくない。その言葉が喉の奥で口から出たがっているのがわかる。きっと、帰った途端に理由も聞かずに説教だ。話を聞いてくれと口を出しても、マサナリは話を最後まで聞けと拳骨を落とし、話し終わった頃にはもうユウトに話す気力はない。そうなったことが何度もあったから、きっと今回もそうだろう。

 「案ずるな、お前はよい子だ」

 大きな手が、ユウトの頭を一度だけ撫でて空気に溶けていった。

読んでくださってありがとうございます。

ユウトの話はまだ続きますので、お付き合いいただければ幸いです。

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