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8.ゼロ・デイ

「本日! 我々を引きつけてやまない、妊夫事件に一つの終止符が打たれる日がやってきました!」

 ポータブルのテレビからのアナウンスの声をイヤホンで聴きながら、知杖はシゲさんが入院した病院の待合室で待機をしていた。

 病室に押しかけることもできないし、もちろん分娩室の撮影なんていうのは無理。


 先輩は今は他の妊夫のところに取材に行っているところだ。

 エンターテイメントとして、この一大事を記録したいと思う人達もそれなりにいるそうで、その中の一人に先輩はコンタクトをとることに成功したそうだ。

 え、シゲさんじゃだめなのかって?

 

 シゲさんは取材は夫体の負担にならないレベルで。テレビが入るのはNGという姿勢で、そこには「出産後の取材」というのが条件としてついてきたのだった。

 そんなの、速報とかだせないだろー! って、先輩は別のところに行ってしまったのだけど。

 知杖としては、せっかくここまで縁をつないだので、出産には立ち会いたいなということで、シゲさんのところにくることにした。

 

 それに、取材を出産の後に、というのは本人の意識の表れなのだろう。

 何が何でも出産してやろうという、そういう覚悟だ。


「そして、世の中はお祭り騒ぎってね」

 ネット動画での配信はもとより、テレビでの中継なども入って、本日の出産日は国を挙げてのお祭りとなっていた。

 生き残っている妊夫を診た産婦人科医は、「出産日」をみな本日に規定した。

 それぞれを診た上で、だ。早産もなく、ぴったりと同じ日の予測をして、そして経過を見てもその日であるという風な話になった。


 出産予定日をずらすというようなまねはもちろんせず、自然に。それでも同一日にみな産気付いたのは、「尋常ではない」という意見がネットでは上がっていた。

 オカルト好きの人からは、同一妊娠同一出産など、自然の摂理の上ではあるのか、というような話がされていた。

 普通はもっと、ばらけるのではないか、というような疑問だ。


 もちろん、それは言い分としては正しい。

 けれど、あの黒い影が「この日」を選んだのであれば、それはそれで「そういうもの」という風に思うところもある。

 相手は超常存在。では、「どうすればそれの思いを実現できるのか」というのが、今回を生き延びる手段だと多くの人が考えている。

 

 彼らがどういう意図を持って、こんなことをしたのか。

 考えてもらちはあかないのだけど、それでもどうして? という疑問は消えはしない。


 だから、みんなの注目は「妊夫がどうなるか」だ。

 無事に出産をすると信じてる人も、一部いる。でも圧倒的に、それが「上手く行かないこと」を楽しみにしている人もいた。

 なんせ、妊夫になった人達は重役達が多いのだ。

 必至に仕事をしていた人ほど、部下に煙たがられ、そして「妊娠してることを理由」に、重要なポストから外された。


 それこそ世間から見れば「超高収入の人達が、出産する」「場合によっては死ぬ」という、部分まで含めて楽しみなショーと化していた。

 死ぬかもしれないというのは、もちろん溶ける可能性があるからだ。

 そして本人達と面識のないみんなは心の中で言うのだ、ざまぁと。

 

 知杖は少なくともシゲさんだけは無事に出産をして欲しいと願っている。

 父の友人である、というのもあるのだけれど、知杖だってもうこれだけ取材を重ねれば情のようなものだってできあがるもので、出産の取材は是非ともさせてもらいたいと願っている。


「ああ、妊夫が産気づいたようです! おっさんのうめき声。うめき声が聞こえます!」

 中継からは、そんな声が流れ始めた。

 さぁ、これから長時間これが続くわけなのだが。

 

「まるで寄せては返す波のよう、か」

 陣痛というものは、初めはある程度の時間感覚で、それが徐々にせばまって通常十分に一回程度、痛みが起きては止まりというのを繰り返すようになって病院に行くものだそうだ。

 通常ならばもう少し入院があとでもよいのだろうけれど、さすがに今回の妊夫事件では万全を期すということで、すでにみなさん病院でチェックを受けているといったところだ。


「とりあえずは、ご飯でも食べてこようか」

 まだまだ出産本番までには時間もかかる。

 ちらりと時計を見るとちょうどお昼時だった。

 つきっきりではいられないことを心の中でわびながら、知杖は病院のそばのハンバーグ専門店に入ることにしたのだった。




 いたい。

 いたいいたい。イタイ。痛い。痛い

 痛い痛い。痛い。


「うぅ……」

 部屋にはおっさんのうめき声しか聞こえない。

 つい先ほど、分娩室に運ばれた男は、もはやすでに続けて起こる痛みにぐったりしていた。

 病院に行って、すぐに分娩室に行って出産だと思っていたのに、普通の入院部屋で待機させられ、痛いと呻いても誰も見向きもしない。

 いいや、見向きはしてきたか。


 好奇の目。

 そのほとんどは、励ましではなく、なにかの珍動物を見るような目線だった。

 わざわざ個室をおさえたというのに、病院の職員からしてそんな雰囲気を隠し切れてはいなかった。

 くそ。

 

 今までがむしゃらに仕事をしてきた。

 仕事は純粋に楽しかった。自分の手腕で物が売れるのは楽しかったし、作れば作るほど売れた時代に出世街道を駆け上った。

 新しいことを始めて、それが上手くはまったときの感動。

 そして気がついたらそこそこのポジションに居ることができた。


 それがここの一年はとんだ厄年になってしまった。

 出産は大切な事だと頭ではわかっている。

 わかっては居るけれど、自分とは関係のないことだと思ってもいた。

 誰も男が妊娠するだなんて、思うはずもない。

 

 妊娠することは妻に任せて、自分はこの社会の中で活躍するのだと思っていた。


「痛い」

 けれども、このざまだ。

 実は、この男も最初は堕胎を希望していた一人だった。

 子供を産むだなんて、ありえないと。今やってる仕事を放り出すことなどもできないし、実は予約もしていた。

 けれども、たまたま病院がいっぱいで、その日が一日ずれた。


 結果的に、彼は大量溶解事件の被害者にならずに本日を迎えることができた。

 けれど。この痛みには困らされた。

 お産は大変と文字では知っていたけれど、まさかこうも長時間痛みにさらされるとは。

 それを言えば、ここ二、三ヶ月はお腹が重くて生活も不便だった。


 お腹に赤ちゃんがいます、のアレをつける勇気はなかったので、外に出るときは重い体を引きずって歩くようだった。

 最終的には、家で休養だ。

 それだけの経済的余裕もあることだし、妻にも貴方の体が一番、といわれて療養を続けた。

 陣痛の痛みの感覚が短くなると共に、それにあらがうために、思考を他に向ける。

 

 きっと普通の妊婦ならば、将来のことなどをいろいろ考えるのだろう。

 けれども、今彼が考えられるのは、出産が終わってその後のことだ。

 休め、と会社から言われて、ポストを奪われた自分は、今後どうなるのか。

 それだけだと気が滅入るので、独立したらどんな仕事ができるのか、なんていうのも考える。

 

 思えば妊夫になった人達はみんな、優秀な人達ばかりだ。

 国会議員や、会社の重役がたくさんいる。

 ならば、妊夫として選ばれた自分を誇ってもいいのかもしれない。


 将来的には妊夫経験者同士でつながりを持ってみるのも面白い。

 今までの自分ではつながりが持てなかった大物が幾人もいる。

 でも、いまならばそれこそ「同期会」のノリでつながれるのではないだろうか。

 政治家に便宜を図って欲しい事はいくらでもある。

 商社の重役なら、取引の相手として申し分ない。


「いた……い」

 そんな未来の事を考えていても、痛みが続けてくると焦燥感というものはくる。

 どうして世の女性達はこんなものに耐えられるのだろう。

 本能というやつなのだろうか。

 なら、もとより産む性ではない我らはこれを耐えられるのだろうか、不安になる。


「大丈夫です! 誰しもがその痛みに耐えてるんですから!」

 看護師の言葉があまりに空虚でうざかった。

 お前なら耐えられるのかもしれないが、妊夫が耐えられる保証がどこにあるというのか。


 痛い。

 いたいいたい。

 あああ。息が乱れる。

 呼吸の指導を受けても、痛みが強すぎてどうにもそれが行えない。

 ひっひっふーだろうか。

 陣痛に合わせろといってもよくわからない。


 そしてその痛みの間隔が狭まり。

 痛みがやはり強くて。

 つらくて。

 いつしか時間の感覚もなくなって。後どれくらいで出てくるのかもわからなくて。


 だから、思ってしまったのだ。

「もうちょっと! もう……ああっ! 生まれました!」

「やっと……かい……」

『解放されたいというのが願いか、ならば、解放してやろう』

 あの日聞いた声が頭に流れて。

 そして。


「……なんてことだ」

 子供の泣き声が広がる部屋の中には、目の前で突然溶解した男に呆然とした産科医の姿があるだけだった。




「どうよ! うちの子は」

 さて。中継を聞きながら知杖は病院の廊下で待っていたわけだけれど。

 ちょっとして、シゲさんの出産は無事に終わっていた。


 無事に溶けずに居られたのは、果たしてなぜだったのか。

 それは黒い影に聞いてみないとわからない。


「もう、起きてて大丈夫なんですか?」

「まあ、一般女性だと、したの穴が大変な事になるっていう話もあるみたいだが、状態を見てもらったらしっかり塞がってるようだったよ」

 問題はないようだ、とシゲさんはちょっとぐったりしながらも、いい顔を浮かべていた。

 正直、他のニュースを見まくっている上で、溶けた人の話ばかりしか聞いていなかったので、シゲさんの顔を無事に見られて知杖はとことん安心していた。


「あはは。真のやつ、がっかりだろうなぁ」

 そう。こんな軽口がでるくらいにだ。

 産道は元もと開けていた穴を塞ぐようにして新しくできたと言っていた。

 さて、では、この二ヶ月で元の穴はどうなったのか。

 圧迫されて、そしてそのまま癒着を起こしていたら塞がってしまっているかもしれない。

 もちろん、真も生き残っていたのなら、の話なのだが。


「無事で、よかったです」

 でも、今はそっちよりも、目の前のこと。

 シゲさんの手をつかむと、知杖はそれを祈るように額に当てた。

 生きていてよかった。

 溶けなくてよかった。


「こらこら。取材が先だろ。お前はジャーナリストなんだから」

「でもっ。父も絶対喜びますし!」

 私だって嬉しいんです、と言うと、おばさまが、あらあらちょっと嫉妬しちゃうわね、とほっこりした笑顔を浮かべてくれた。

 終わったからこそ、彼女もまた、肩の荷を下ろしたような顔をできているのだろう。


「じゃ、じゃあ! 今の感想を」

 ICレコーダーを起動させて、情報収集をさせてもらう。

 

「痛かった。でも、この子を頑張って産まないとって思ったら、なんとかなったって感じかな」

 それに、妻が手を握ってくれてたから、とシゲさんはその年でもラブラブな様子だった。

 まさにリア充である。


「子供の方は?」

「ああ、全く問題ないって話だ。遺伝子検査とかは落ち着いてからになるがね」

 そっちの結果の方が君としては気になるかい? と言われても知杖はふるふると首を横にふった。

 今はそんな余裕なんてない。

 もう、ほとんどシゲさんが助かったのが奇跡と思えるくらいに、知杖は涙目なのだった。


「他の妊夫は、ダメだったのかい?」

「……さすがですね。テレビ中継やってた人の生存率は五パーセントくらいでした。他は生存報告をみてって感じでしょうか」

 シゲさんも報告しないとですね、というと、そうだなと彼はうなずいた。

 結局、妊夫を守る法律はできなかったけれど、統計を取るという意味合いで、生存報告義務というものはかけられている。

 しばらくすれば、政府から正式な発表が出されるだろう。


「真くんはどうだったんだね?」

「ええと……ああ、連絡きてました。写メ付きですね」

 知杖はスマホをいじると、写真を表示させた。

 一枚の写真には、ぐったりした真の姿とその腕に抱かれている赤子の姿があった。


「普通の妊婦さんの姿、といっても通りそうだなぁこれは」

「ですね。満ち足りた顔してます」

 ちょっとこれは、うちの記事で使わせてもらいたいかも、とつぶやくと、あぁ是非そうするといい、とシゲさんは柔らかい顔を浮かべたのだった。



 当初一万人いた妊夫は、三ヶ月で8000に減り、そして出産日当日。

 生き残ったのは1762人であるという報告が政府より発表された。

 そして、生まれた子は7258人であったことも報告された。


 それらがどうなったのか。

 その結果がわかるのは、三十年の時が必要となるのだが、それはまた別のお話。

やっと出産日だーーーー

というわけで凄まじい被害を出しましたが、子供は割と無事でした。

なんでこんな結果になったかは次話、エピローグにてお届けです。

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