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6.イレギュラー

最初5.5にしようと思いましたが、普通にナンバリングしました。

まあ、こういう例もいるよね、ということで。

「ちょっと早くつき過ぎちゃったかなぁ、あ、アイスカフェラテお願いします」

 店員さんにオーダーを伝えて、指定された店の席に座りながら、まわりをきょろきょろと見回す。

 

 ちょっと普段は滅多に使わない高級喫茶店というところだった。

 普段使うようなところは、だいたいカウンターでメニューを購入してから席に着くタイプのところだ。

 席にオーダーを取りに来てくれる喫茶店なんて、本当に久しぶりに使うような気がする。


 え、取材費とかほんとあんまりでないんだもの。

 でも今回は依頼者の方がここを指定してきたので堂々とここに座ることができる。

 ケーキセットで四桁というのは社会人とてびびる金額なのだ。


 でも、秘密の会話をしたいのであれば、こういう店を使うというのはもちろんある。

 さらに極秘になるとカラオケボックスなどだろうか。


「ご飯おごるから、話を聞いて欲しい、か」

 ふむ……と、メニューを見ながらちょっと昔の事を思い出す。

 その連絡が来たのは、妊夫関連の記事に知杖の名前が載った日の翌日だった。

 高校の頃の同級生が、唐突にメールをしてきたのだった。


「高城真くん、か。あれから十年以上だけど、どうなってるかな」

 どこか遠い顔をしていた当時の彼は、細身で華奢な男の子っていう感じの子だった。

 物静かとでも言えば良いのだろうか。あんまりアピールをしない表に出ないタイプだった。

 三十過ぎればおっさんという意見が世の中にはあるけれど、今でもあのミステリアスな感じは変わらないのかなぁなんて思っていると、アイスカフェラテがサーブされる。


 ぴしっとした服装のウエイターさんが丁寧に礼をして、席から離れていく。

 動作の一つ一つが洗練されていて、さすがは高価な喫茶店だなぁと感心してしまう。


 ああ。こういう時間が過ごせるのはいいなぁと思いつつも、ちらりと時計を見る。

 あと数分たてば、今日の待ち合わせ相手が来る。

 いちおう、覚悟はしておこう。情報によれば、彼も妊娠しているらしい。

 それもあって、あの記事の情報収集をしているのが知杖だと知って声をかけてきたのだ。


「やだっ、知杖ったら。あの頃と変わらないわー!」

「……ちょま」

 カフェラテが口に入って無くてよかった。思わず吹き出すところだった。


 はい。目の前にいた相手。

 これがまた……なんというか。

 妊婦さんだった。そう、普通に妊婦さんだった。

 ぽっこりしたお腹に、マタニティドレスといった、その装いはここのところ続発している知杖の友達妊娠姿と寸分違わないものだった。


「高城くん……でいいんだよね?」

 え? ええ? と首を傾げると、そうよ、と彼? は輝くような笑顔を浮かべていた。

 あの当時の顔と、今の姿がどうしても一致しない。

 もちろん面影はある。あるけれど、姉とか妹といったほうがしっくりくる出で立ちなのだった。


「それで、今日知杖に来てもらったのは、お腹のこの子の事を、その……自慢したくって」

「いやいやいやいや。下の名前で呼び合う関係じゃなかったでしょ、あたしたちは」

 自慢云々ではなく、まずはそこからだ! と知杖はまくし立てた。

 自慢じゃないが、知杖は高校時代あんまり男子と仲良くできるようなタイプではなかった。同じ部活仲間だったりとはそれなりだったけれど、同じクラスの男子であってもそこまでみんなと仲がよかったわけではない。


「え、でも、知杖って女子同士だと下の名前で呼んでたよね? だったらあたしもいいかなって思ったんだけど……」

 だめ? と上目遣いで言われてしまうと、ちょっと返答に困ってしまう。

 確かに、こうやってみると同年代の女子というような感じにしか見えないし、三十路のおっさんという風な感じはみじんもない。

 ないのだけど……うーん。


「記者は臨機応変、なるようになれ、か」

 わかった。じゃあ、真って呼べば良い? というと、それでお願いっ、と彼女は嬉しそうに言った。

 そして、ハニートーストセットを注文する。

 うわ。あまあまな注文だ。


「それで、その……あたしはこれ、なにから聞けばいいの? ってかどこから記事にすればいいの?」

 どこまで記事にしていいの? というと、んー、と言いながら彼女は軽くお腹をなでた。


「一番伝えて欲しいのは、みんながみんな恐怖に飲まれてるわけじゃないよってこと。宿ってくれて嬉しいなっていうのも、伝えて欲しいの」

 貴女のところの記事はどうしてもこの一連の事態を、悪い方に考えている気がするのよ、と真は悲しそうに言った。

 確かに知杖もそう思うところはある。

 実際、妊夫となった人達は、悲嘆に暮れたり、それをバネにして商売をしたりと、基本的に妊娠してよかったと素直に思っている人達はほとんどいない。


 そんな中で、彼女は涙が出るほど嬉しいのだと言うのだ。


「確かに、溶けて死ぬのは怖い。でもすっかり諦めてたところで、これだもの。本当に正真正銘、あの黒い影はコウノトリなんだと思う」

 鳥って感じではなかったけど、と真はお腹を愛おしそうになでる。

 まさに幸せな妊婦さんという形だ。


「ええと……その、黒い影みたいなのってどんなのだったの?」

「なんか黒いのだったけど……ごめんなさい。全体的にもやがかかってるみたいで、あんまり詳細に思い出せなくて」

 しっかり覚えてるのはお腹に当てられた、細長い骨の様な爪だけだったという。

 その日は、少子化対策まった無しと、政治家が声をあげて若い人はもっと産みなさい、とか無茶なことを言ったあとのことだった。

 産めるなら産みたいわよ、と悪態をついたところで、あの黒い影は現れたのだ。

 少子化というキーワードを確かに自分も口にしていたし、それで一万の中に入ったのだろうと思っている。

 

「お腹の子の状態ってのは、チェックしているの?」

「ええ。それは産婦人科でちゃんと。事情はちゃんと話してあるし、その……いちおうはわかってもらってる」

 最初は一悶着あったのだけど、と真は困ったような、それでいて嬉しそうな顔をした。


「妊夫事件に便乗して医者をからかうものじゃない、って言われたときは、ほんとどうしようかと思ったけど」

 もう戸籍も変えちゃってるし、まあこの状態ならそう思ってもらわないと立つ瀬はないんだけどね、と彼女は言った。


「えっと、その……お付き合いしてる相手とかは? ちょっとプライベートな話になっちゃうかもだけど」

 いいのかな、こんなこと聞いてと知杖が遠慮がちに言うと、ああ、平気平気と彼女は言った。

 なんだか、昔のクラスメイトと女子トークしてるみたいで嬉しいし、と余裕な態度である。


 なんというか、知杖からしてみて、本当にこれほどまでに幸せな妊婦さんオーラを出しているのってそんなに逢ったことないなぁという感じだ。嬉しくてたまらないというのが強くて、正直知杖にはまぶしすぎた。


「いちおう、付き合ってる人はいて、そろそろ籍を入れようかって話をしてるところ。いままで喧嘩したりとかあったけど、この子のこともちゃんと受け入れてくれたわ。自分の子供だと思うようにするって言ってくれたの」

「あの……ちなみに、旦那様の年収などをお聞きしても?」

 そろーと、手を上げながら、恐る恐る知杖は質問する。

 300万円からの妊活をテーマとしている身としては、そこらへんもきっちり聞いておきたい。

 かなりプライベートなことだけれど、つっこんでもいいだろう。


「今どれくらいだったかな。うちの人はできる人だから、年収五百くらいはあったと思うけど。大手企業に就職してるし」

 ちなみに私は今は、仕事辞めて出産に集中な感じ、ときらびやかな笑顔を浮かべていた。

 ……うん。まあ、そりゃなぁ。三十路の男性の平均年収よりも頭一つ出てる感じだもんなぁ。

 彼氏に女性が求める年収の一つに500万以上ってのがあるけれど、たしかにそれくらいあったら安心はできると思う。


「真は、今まで会社に勤めてたの?」

「うん。事務職やってたよ。そこでうちの人とも知り合ってそれで付き合うようになった感じ」

「……ええと、その、気に障ったらごめんだけど、その、普通に就職できるんだ?」

「うーん、まあ、あたしは大学でる前にいろいろ変えちゃってたから、一般女性と特別なんら変わりなく採用された感じかな。いちおう就職の時にその話もしたけど、うちはLGBTにはこれから理解していこうと思ってたところだし、君みたいに違和感がないなら、大丈夫でしょうって言われて」  

 本当に理解が深まったかっていったら悩ましいんだけど、大きめな企業だから一応はそういうところちゃんとしてたんだよね、と真は言った。

 

 ええと、ならばさらに突っ込もう。


「産休を取ろうっていうわけにはならなかったの? 退職しなくても……大きな会社ならさ」

 うちは大抵産休後に帰ってこない人の方が多いけど、大手だったらそういう制度もしっかりしてるんじゃないの? というと、あぁと真はちょっと照れたような顔を浮かべた。可愛い。


「うちの人が、お前のは双子産むより大変なことなんだから、無理はするなって。俺が頑張って稼ぐからせめて無事に出産するまでは休んでいてくれって言われて」

 それで、発覚してから二ヶ月くらい引き継ぎをこなして、そこからは絶賛前倒しの産休中です、と真は言った。


「あれ、でも妊夫に産休を適用するかどうかは、国会で揉めたって聞いたけど……」

 テレビに映ってたっけなぁというと、知杖の肩がぐわしと、真に捕まれた。

 そして正面から、にこにこした顔を浮かべられる。

 うん、正面からやられると結構怖いやつだ。


「戸籍変わってるから、あたしも女なの。女性が妊娠することは当たり前なことで、産休だってちゃんと取れるんだから。妊娠さえできれば、だけれど」

 母子手帳もしっかりもらってきてあると、彼女は胸を張った。

 うん。妊娠中だからだろうか。Dくらいある立派なおっぱいである。


「う、うん。そういうことならいいんだけど、ちょっと気になっちゃって」

「わかってくれればいいわ。でも、こんな状況、あたし達みたいなのじゃないとなかなか厳しいのかもね」

 いろいろな妊夫がいるみたいだけど、ほんとにみんな妊娠したこと自体を喜んでいるのかな、と真は言った。


「出産することは、幸せなことだと思うんだけどな。どうであれ、なんであれ。新しい命が生まれることは奇跡にも似た素敵なことじゃない?」

 クラスメイトの何人かは、もう子供いるんでしょ? と言われて、うんと知杖は答えた。

 いちおうまだつながりがあるメンツの中には、結婚して子供を産んでいる人達が半分くらい。あとは結婚しないで子供だけ産んでる人が少しいて、あとは仕事してますという知杖と同じタイプだ。


「知杖はまだ、そういうの考えないの? いい人がいたりとか」

「あー、いい人ねぇ……」

 一瞬、先輩の顔が頭に浮かんだけれど、あれはいい人ではないと頭をふる。どちらかといえば、どうでもいい人だろうか。


「今のところ、仕事して自分の生活守るのがいっぱいいっぱいかな。妊活しようよ! って記事を書いてるのに、自分はやる気ありませんってのもどうかとは思うけど」

 でも、まずは婚活から始めねばー、というと、真は、知杖なら動き出せばすぐだと思うけど、と笑った。


「高給取りを狙って、っていうのも性に合わないし、今度街コンにでも出てみようかなぁ」

 とりあえず、今度の騒動が落ち着くまでは無理だけどね、と苦笑いを浮かべていると、例のぴしっとしたウエイターさんが、洗練された仕草でハニートーストをサーブしてくれた。

 

 蜂蜜たっぷりで本当に美味しそうなスイーツである。

 アイスと、フルーツがふんだんに使われていて、たぶんとっても甘い。


「わぁい。知杖も遠慮せずに注文していいからね? これからもいろいろ話聞いてもらえると心強いし」

 そのための賄賂みたいなものだから、と彼女がいうので、知杖もメニューを見てチョコバナナのハニートーストを注文することにした。


 久しぶりに食べたそれは本当に幸せな味がして。

 妊夫の出産は恐怖と幸せの両方があるべきなのかもしれないと、知杖は素直に思ったのだった。

いままでネガティブな感じで進んでいましたが、今回は明るいネタをということで。

両局面があるよ! みたいな感じになりました。


まあ正直なことをいうと、結婚前提に付き合ってる人がいて、このタイミングで妊婦とか、まこっちゃん運よすぎだろって思いはしましたが、まぁそもそもからトランスになってる段階で運がいいわけじゃないな、と言っておこうかと思います。


さて、残すは三話なわけですが、次話ではまたちょっと事態が進行いたします。

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