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5.ピンチはチャンス

「はい、みなさま、こんにちは。おっさんなのに妊娠しちゃったチャンネルにようこそ」

 知杖がタブレットをぽちると、陽気な声が画面から聞こえてきた。

 とある動画サイトに掲載されたそれは、少しぽっこりしたお腹が目立つぴったりした服を着た男性の姿だった。

 

 たしかとあるベンチャー企業の社長だっただろうか。

 一時期テレビに出たりということもあって、知杖も顔くらいは見たことがある。

 ちなみに、今は社長職を引き継いで悠々自適な妊娠生活☆を送っているという話だった。

 干された系か……と思ったものの、特別落ち込んでいる様子もなく、気がつけばこんな動画を流しているのだった。


「ほかの人より若い分、考えも柔軟ってことかなぁ」

 妊娠しちゃったチャンネルは、現在の体重だとか、場合によっては心音なんてのまで放送したりしてしまう、おっさんマタニティバラエティという感じのチャンネルだ。

 あそこまであけすけに体はれるとかすげぇと、人気になり、チャンネル登録者数は着実に伸びている。


 さらにすごいのが、この人、妊父トモとコラボするのだ。

 同じ業界の友達をはじめ、異業種や、政治家なんかもひっぱってきて妊夫トークを繰り広げる。

 その絵面がヤバいというのも人気の理由だ。


「本日もお腹の子供の状態をお届けします」

 あ、いま動きましたよ! なんていう声を聞くと、被害者としか思ってなかった知杖達からすれば、あぁこういう形もありなのか、と衝撃を受けた物なのだった。


「何見てるんだよ、内藤」

「ここ一月、アクセス数を上げまくってる妊娠しちゃったチャンネルです」

「職場で動画を見るのはどうなんだ?」

 まったく不真面目なやつだ、と先輩が言うので、知杖はその動画を見せながら言った。


「取材の一環ですってば。ほら。妊夫の人が自分の状態とバイタルを毎日放送するっていう、まー一発逆転の発想ですね。先輩がやってる妊夫関係の記事とか売り上げ落ちてません?」

「……痛いところをつくなぁ。たしかに最近減っちゃいるが。自分で情報を発信する当事者も増えたしなぁ」

 つーか、当事者の発信ほど強いもんはないしな、と先輩は言った。


「見世物にしちゃっていいのかなぁとは思いますけどね。黒い影の意思としては」

「そこは大丈夫なんじゃないか? きっちりケアもしてるみたいだし、あれがストレスになるとも思えないし」

 今、溶けてないのならOKだろうさ、と断言されて、それもそうかと知杖も思い直す。

 今のところ、堕胎をしようとした人達だけが見事に被害にあってしまったけれど、そうじゃない人達はまったく問題なく日常生活を送っている。


 まあ、たいした人達ではあるよ、と先輩は感慨深そうに言った。

 最初こそ、売れるネタだと思って調べ始めた事だけれど、彼としてはもし自分が同じ状態だったなら、などとも考えてしまうのだろう。


「すげぇっていうと、先週のアレもすげぇとは思ったけどな」

「政治家さんの記者会見ですか?」

 ちょうど先週の今頃、妊夫となった政治家達が党を越えて結束するというような事態が起きた。

 妊夫関連法案の早期締結のための決起とかで、メディアをざわめかせたのである。

 一部では、切り捨てられた負け犬が集まっている、だなどと揶揄されているそうなのだけれど、それでも記者の質問に答えていたあの政治家は、うまく切り返していた。


 子供は産むべき、未来のために、という主張は変えず、さらに自分がこうなったことについても武器にして少子化対策を訴えていた。

 普通の女性は十分な設備があって、制度も整っている、自分たちなど法案も通らないマイノリティであるとまで言い出す始末である。

 きっと、自分たちの子供はさげすまれるだろう、今ですら要職をはずされ、我らの救済の法案も通らないと政府批判を行った。


「あれはすごいというより、なんていうか意地汚いだけな気もしますけど」

 代議士としての意思より、自分たちの都合のいいような法案を通そうとするから反発がでるのでは? というと先輩はわかってないなぁと言った。

「ピンチをチャンスにできる人ってのはそういるもんじゃない。おまえが見てた動画の人もそうだし、あの先生方もそうだ。むしろピンチに飛び込んでそれをチャンスに変えてきたから今がある」

 人間、まじめにやればなんとかなるなんて妄想だと、先輩はきらきらした目を虚空に浮かべていた。

 あこがれの視線とはこういうものを言うのだろうか。


 ううむ。言ってることは間違いではないけれど、ピンチを乗り越えられなかったら、そのままつぶれておしまいではないだろうか。

 まあ、それを含めてすごい人たちとでも思っているのだろうけれど。

 男の考えはわからないと知杖は肩をすくめた。


「みんな仕事が大好きで、お金や権力大好きだから、あそこまで上り詰めてるんですから、そりゃ、この逆境でもなんとかしちゃおうって発想にはなりますよね。安定期だし」

 基本、ポテンシャルの高い人達です、というと、だろ? だろ? と先輩は少年のような反応を見せた。


 凡夫ではないのだ。いまや妊夫だが。


「いいよなぁ。ピンチに輝ける男って。しかもみんな俺たちが一生かけても稼げないような大金もってるんだぜ? 毎年が宝くじですだぜ?」

「なんですか、毎年が宝くじって。そこまでみんな年収高くないですよ。せいぜい数千万でしょう」

「だから、宝くじだっていってんだよ。ジャンボとは誰も言ってないし」

「そりゃ数千万毎年稼げるのは、うらやましいと思いますけど」

 こちとら年収300万というところの話を書いている身である。三倍以上収入があれば、子供を作るなんていう考えもあっさりできるのではないだろうか。


「稼いでるっていうと、妊夫をネタにした宗教団体もだいぶはやってるみたいですね」

 ほれっ、と首にぶら下がっているものを見せると、おまっ、それと先輩は驚いた顔を浮かべた。


「愛誕の会の会員証のタリスマンですね。子供が産めるようになるかもしれない、安産祈願のお守りみたいなもんです」

「最近めちゃくちゃ会員を集めてるところだろ。未来の子供の会と並んで」

 おまえ、子供ほしいのか……と先輩はまだ目を丸くしていた。


「詳しいですねぇ、先輩さすがです。さすがオカルト雑誌の記者さま。ええ、私はちょっとまえに、取材にいったんです。そして結果的に信者になったのです。ご飯が美味しい故に」

「ちょ、なにその宗教家っぽい言い回し」

「取材に行ったときに出してもらったご飯がおいしかったんです。他意はありません」

 知杖は、庶民的なあの雰囲気の中で食べたご飯を思い出して、あぁ寄り添って生きるのもいいものですねぇと、ほのぼのつぶやく。先輩からは、おまえなぁとあきれた声をもらされてしまった。 


「ま、実際は一番入りやすかっただけです。最近めきめきな、未来の子供の会とかいうのは、入会制限ありますからね」

「それは、俺も名前は知ってる。ここ二ヶ月で、驚異的な成長を遂げたあれだろ。確か、信仰の主体は」

「誰でも妊娠できる未来を目指す」

 新興宗教と、近代科学が混ざったようなその団体の教義は、それこそ神を冒涜した「子孫を繁栄させるための方法」にあった。

 

 じゃあ、この団体があの黒い影を仕上げたのかといえば、それはない。

 あの事件がおきてから警察に徹底的に調査をされたものの、そんなことができるならとっくの昔に大々的にやっていると言い切ったのだ。

 そして、今回の妊夫事件の首謀者を神として祭ったし、妊夫は聖人認定までした。

 幾人かの妊夫が会の象徴として活動をしているという話もある。


「なんというか、みんなたくましいですよねぇ。事件をネタに雑誌を売ってるうちらがいうことじゃないでしょうけど」

 みんなすごいなぁと言うと、まあなと先輩は苦笑を浮かべた。 


「そういやおまえ、奇跡認定についても調べてたりするか?」

「ええ。そこらへんは次回のでちょっとだけ触れようかなって。処女妊娠……いや、処男……いや、コレも違うか」

 みんな割と子供いるしな、と知杖は思いつつ、誰とも交わってないとかないわー、と、首を振った。

 もちろん初妊娠ではあるわけだが、別に純潔だということはない。


「清いかどうかはわからんけど、男女がセットになって子供ができたわけじゃないからな。ならばそれは、神から授かりし神子なのではないか、というのはどうなんだ?」

「……奇跡認定については、全力却下です。超常のもので判別はできないが、神が起こした御技とはいえないって」

 父なる神って考えが強いあっちの考えだと、ちょいとこの状況はヘヴィーでしょうというと、いや、この国でも重たい問題なんだよな、と先輩は言った。


「もともと、奇跡調査なんて、現代じゃほっとんど却下だしな。でも、俺でもこれは神の御技とは思いたくないな」

 そりゃ、超常的ななにかだとは思うが、と、先輩はお腹を押さえてげんなりした声を漏らした。

 自分がもし妊夫になったら、という想像でもしているのだろう。


「しかし、遺伝形質とかどうなってるんでしょうね。親と全く同じなのか、それともなにか混ざってるのか。ま、今細胞検査とかやっちゃうともう、その時点でアウトな感じもするので、生まれてからじゃないとチェックできないでしょうけど」

 シゲさんにお願いしたらなんとかなるかなぁと言うと、先輩は、むしろやるだろうなと言った。


「生まれてくる子供が本当に普通の子なのかっていうのを証明する意味合いでは、いろいろな検査を行う必要はあると思う。さっき話した宗教の中では、お腹の子供は異端だというような話が出てるところもあるからな」

 善か悪かがわからない超常なんてものは、敬われるか排斥されるかのどちらかだ、と先輩は言った。


「未知なるものは怖い。だから証明しなければならない、か」

 そのときは、いろいろ調べて記事でもつくりましょうね、と知杖が言うと、先輩は儲けさせてもらおうかと、にやりと笑った。

 ピンチじゃなくてもチャンスにしちゃうなぁこの人はと、知杖は苦笑を浮かべた。

被害者のみなさんみんなひとかどの人物なんで、座して破滅を待つなどないのです。

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