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2.2000/10000の出した答え

「検査の結果、あきらかに妊娠していると判断できます」

 その医師は、画像を見せながら患者である壮年男性に答えた。

 少しばかり唇が震えているのは、自分でも信じられないと思っていたからだろう。


「それは胎児様腫瘍というわけではなくですかな?」

 なんか、どこかのドラマでそんなのがあったように思うのだが、とその男性は困惑気味に言った。

 どうして自分の身体の中に胎児がいるのか。

 訳がわからなかった。


 三ヶ月前。あの黒いなにかが目の前に現れてから、しばらくはなにもなかった。

 日頃仕事に没頭していて、疲れていたのが原因で見た幻覚とすら思っていた。


 けれど、ここ数週になって体調の変化が現れた。

 強烈な吐き気が連日続く。最初は内科にかかって胃の検査をしてもらった。

 結果は胃病変はなし。年齢による胃酸過多でしょうと言われて胃薬をだされた。

 けれども、飲んでいても一向に状態はよくならなかった。


 そんな中で、なぜか匂いに敏感になったことに気づいた。

 あまり気にしてなかったはずの、自分の体臭がやたらと気になるのだ。


 今度は耳鼻科にかかった。

 嗅覚がなくなって受診する人はいても、敏感になってかかる人は初めてだといわれた。

 結果はやはり不明。

 異常をきたしているようであれば、もう人間ドックを受けて全身をチェックした方がいいんじゃないか、とその医師には言われた。


 そのときは、仕事のことが頭をちらついた。

 現在彼は大手企業の重役を任されている。同期入社の誰よりも出世は早いし、このままのペースならばいずれは役員などにも成れるかもしれない。

 今日は重役会議を欠席してまでこの病院に来ている。

 社長には体調不良であることを伝えているものの、あの目は明らかに、君もそこまでなのかい? という色を含んでいるように感じられた。

 

 そして、そうまでして受けた検査の結果を聞いた日の夜。彼は大いに荒れた。


「なんなんだ……これで少子化をどうにかしろだって? ばかばかしい。確かに願ったが、これでどうにかなるはずもないだろう!」

 今後会社が発展していくためには、人が減っていく今の状態は良くはない。

 特に、子供向けに業績を上げている彼の会社は子供の数によってダイレクトに影響を受けるところだった。

 

 人数が少ないなら顧客単価を上げようといろいろ策は練っているものの、少子化のあおりというものはどうしようもなかった。

 やはり、数の力には勝てない。

 だからこそ、毎日いらついていたし、あの日も悪態をついていた。

 もっと若者は子供を産むべきである、と。


 けれども、あの黒い何かが叶えると言ったのは、なんとこの身の妊娠だ。

 精密検査を受けて出てきた結論は、あまりにも馬鹿げているものだった。

 

 子供が一人増えたところで少子化に影響などしはしない。

 そんなことよりも、彼には自分の仕事のほうが大切だった。

 若い女性が捨てるキャリアとは全く違うのだ。今、この胎児を育てるには、仕事上で大きなリスクを伴うだろう。

 自分が抜けた穴を誰が埋めるのか、とも彼は思っていた。今のプロジェクトの中には彼が手がけたもの、関わっているものが多くある。

 それを放り出せるはずもないと、彼は結論づけた。 


「先生。堕胎をすることは可能ですか?」

「……12週ということですから……いや、受精自体が12週前ということは、14週目扱い相当か……」

「きみっ、受精て、さすがにその表現は……」

 目の前の医師が言った一言に、彼は身体を不安げに震わせた。

 男の身で受精とは、ぞっとしなかったためだ。

 それではまるで、男に襲われたみたいではないか。


「もうしわけありません。ただ適当な言葉が……ああ、受胎のほうがマシでしょうか?」

 こちらのほうがいいですね、と医師はさらりと言った。

 産婦人科で働く医師としては、どちらであっても特別慣れ親しんだ言葉だった。


「……どちらでもかまわんよ。それで? これは取れるのか?」

「この時期ならば可能だ、と言いたいところですが……ふむ。開腹手術は必至ですね。通常は下からやるんですが、そちらの構造ができあがっているわけではないみたいですから」

 きちんと産むにしても帝王切開ですか、と彼はつぶやいた。

 どのみち自然分娩ができたとしても、激痛で危ういかもなぁとも。


「可能なんだな! なら頼む! 謝礼もはずむから是非」

「いえ、謝礼なんて。規定で受け取れないことになっていますので。ああ、でも万が一がありますから、手術承諾書にサインをお願いしますね」

 これならばまずどうこうなることはないでしょうけれど、というその言葉に、彼らは乗ったのだった。

 




「大手おもちゃメーカーの重役が、変死ですか」

 先輩が持ってきた資料をみながら、ふむ、と知杖は頬杖をついた。

 ちなみに、こうやって話している時間はすでに六時過ぎ。

 

 今後、働き方改革とやらで残業時間が制限されてしまうと、こういう風に働くこともできなくなるのかねぇ、なんていうのは編集長の愚痴なのだけど。

 たしかに、雑誌を作るために取材を行っている場合、定時なんていう発想はあまりないし、夜に取材に行った方がいいこともある。

 結局は、残業代を払わずに働かせるという案件が増えただけ、というような声も散見するありさまだ。


 ただでさえ時間あたりの単価が低い人達は、残業代までサービスに置き換わって、年収300万円未満はきっとこれから増えるのだろうな、などと、雑誌社の中では気鬱な空気が蔓延していた。


 働き方改革。無駄な労働を排して、業務を改善し、効率的な働き方を模索することは、とてもいいことだ。

 仕事の無駄、というものは各業界でそれぞれあると言われている。

 もちろん知杖の会社だって、企画会議と称した飲み会とかは若手からはずいぶんと嫌われているサービス残業である。

 ほかにも、手続きと承認と。人の手はいろいろ入りすぎてる部分は確かにあるのだろう。

 そこに再注目して、必要ないところは削るというのは、ありだろうと思う。

 まあ、削ったところで、どれだけ残業時間が減るのかは、悩ましいところだとは思う。

 

 そもそも、従業員数は同じ、仕事内容も同じ、求められる利益も同じで、残業代だけ減らせ、働く時間を減らせ。「現場でなんとかしろ」というぶん投げな企業は多いのではないだろうか。

 個人の生産性を独自で上げて、残業しないようにしろ、というのはさすがに無茶ぶりも甚だしい。

 おまけに、そこまで努力をして「残業代が削られる」のだ。やってられるか。


 そして当然残ったら持ち帰りで残業というはめになる。

 学校の先生達が過労死するケースはあるといわれているけれど、あれとあまり変わらない。

 昼間学校で生徒の相手をして、課題の採点をし、さらには次の課題を作るために家に持ち帰って仕事をする。

 ここに部活の顧問まで入ってしまったら、さぁ何時間働いているのだろうか、と言う話だ。


 すべての企業の人間がそれをしろと言われるディストピア。

 目に見える部分だけを綺麗にすれば満足という、よくある偉い人達の発想である。


 また、技能職に関しては特に病院が働き方改革のあおりでひどいことになっているらしい。

 医者は数が少ない。特に田舎に在住している医師の数はかなり少なく、その上患者は超高齢化社会で増える一方だ。

 外来も診て、さらには重症度の高い入院患者にも対応しなければならない。

 政治なんてものは、タイムリミットはあまりないのだろうけれど、今目の前で昏睡して死のうとしている人を前に、業務時間外なんで帰りますー、怒られますからー、などとは言えないだろう。


「ほかには、重工業のところで十人、俺が把握してるだけで軽く百人は超えるな」

 さて。そんなことを思いつつ、先輩が持ってきてくれた情報をチェックする。

 とある産婦人科での患者変死事件と、それと類似した事件の数々が載せられたレポートである。

 先輩が最初に見せてきた資料のところには、知杖が先日チェックしてきた病院の名前が書かれていた。

 これもあって先輩はここにきたのだろう。


「おまえ、明日受診日だったよな。体調悪くなったことにしてこれから行ってくれないか?」

 ほら、救急から入ってさ。出血したとかなんとかケチャップつかって偽装してこいよ、とかなりの無茶ぶりをしてくる。

 さすがに、それで偽装できるほどあまい現代社会ではない。


「正式な取材の申し込みではダメなんですか? これ、もう真っ黒でしょう?」

「すでにやって断られたよ。警察が調査してる最中だから、ダメだって」

 だから、お願いっ! 知杖ちゃん! とおねだりをされて、あーあとため息をつく。

 

「でも、今からはダメです。明日まで待ってください」

 ちゃんとエコー撮ってもらうんですから、というと、なるべく早く頼むな! と先輩は言ったのだった。





「あの、予約の内藤知杖なのですが、今日は……その、これ、診察ってできる状態なんですか?」

 病院に行ったらなんだか物々しい空気に包まれていた。

 具体的に言えば、スーツ姿の男性の数がやけに目立つのだ。

 ここに来る男性のほとんどはオフでここに来るから、私服姿の人が多かった。でも、そこを犯すように黒がいる。

 あの柔らかな、ゆったりした感じというのはもはやどこにもない。


「ごめんなさいね。でも、診察に影響がでるってことはないので、ご心配なさらないように」

 ただ、代理の先生になりますが、と受付の事務さんは少し疲れた顔でそう答えた。

 きっと似たような質問をされたのだろう。


 変死事件の事はまだマスコミに公表はされていない。

 スクープ狙いの新聞が少し小さめに扱っている程度だ。

 そしてそのどれにも被害者が壮年男性であったことは書かれていなかった。

 書いても信じてもらえないとでも思ったのだろうか。


 待合室にあるテレビは、残念ながらニュースは流れておらず、環境音楽と心をリラックスさせるような画像が表示されている。

 胎教とでも言えば良いのだろうか。

 お腹の子供への配慮もあるからなのか、その手の物は流さない主義らしい。

 それでも暇ならば、それぞれの患者さんはスマートフォンをいじっていた。


 かつては病院での電話はNGだったけれど、今時の病院はよっぽどの場所でなければスマートフォンの使用は可能だ。

 大声で電話をする、なんてなったら注意はされるだろうけれど、技術の進歩は待合室の景色を変えた。


 そして知杖も呼び出されるまでの間に、タブレットで変死事件の話を検索する。

 報道には載らなくても、ネット検索をかけると個人のつぶやきがヒットすることがある。

 

「さすがにリークとかはない……よ、はぁ?」

 おっと、変な声がでた、と口を押さえつつ周りをきょろきょろ見回した。

 さすがに検索では何も出ないだろうと思っていたところでの、不意打ちだ。


 産婦人科 変死 不審死 男 で調べたらなんかヒットした。

 そこはオカルトを扱うところではあったものの、なんだか、溶けたとか、見ちゃったとかそんな単語が並んでいた。

 さすがに病院名まではでていないものの、ずいぶんとまぁプライバシーポリシー意識の低いところである。

 これで病院名までわかってしまったら、守秘義務違反で捕まるのではないだろうか。


「まあ、ガセだろうと火のないところに煙は立たない、か」

 なんにせよこちらにとってはありがたいことだ。

 診察までの待ち時間なんてのは、本当に暇な時間でしかなく、予約を取ったところで時間通りに診察など始まらない。

 こうやって、もとから待つ覚悟でいなければ、心底つかれてしまうというのが病院というところである。


 その点、スマホ解禁は本当にありがたいことだと知杖は思う。

 その下情報を、もうちょっと収集するぞ、というところで呼び出しを受けた。


「内藤知杖さん。検査室二番へどうぞ」

 検査室はさすがにネットも電話もNGだ。

 とりあえず今まで調べていたのを消して、機内モードに変えてから画面をブラックアウトさせた。

 

「こんにちは。内藤さん。今日は腹部のエコーだね」

「はい。なにやらいつもの先生は忙しいとかなんとか」

 じゃあ、ベッドに横になってと言われて言われるがままにそこに横になる。

 しかも、真ん中ではなく機材がある方に寄ってだ。


「ははは。まあお察しの通り、ちょっと立て込んでいてね。なに、彼より僕の方がベテランだしね。どんな小さな病変も見逃さないから安心していいよ」

 それじゃー、ジェルを塗るからちょっとひやっとするよ、と言われて腹部になにやらべたべたしたものを塗りたくられた。

 なんというか、エコーは初めてやるけれど、ちょっとこのぬるぬるしたのがくすぐったい。

 そしてそれをバーコードリーダーっぽいとでもいえばいいだろうか。丸っこい機械でのばしつつ、検査をしていくらしい。

 まさかこの歳でこの検査を受けることになるとは、なかなかに興味深い体験である。

 ちなみに、前回も保険は通ったので今回も大丈夫だろうとは思うけれど、自己負担分は先輩に請求する予定だ。


 え、会社の経費でさすがにこれは落ちないかな。

 あくまでも先輩のポケットマネーから出してもらうことになると思う。

  

「産婦人科で人が溶けたことと関係が?」

「……なにを言っているのかな?」

「あぐっ」

 ぐりんと、検査機器が肋骨の下あたりに思い切りぐりっと当てられた。

 うっかりなのだろうけど、けっこう痛い。

 あぁ、お腹からの検査法の方を選んでおいて良かったとちょっとほっとした。

 経腟法だったら悲惨なことになってたかもしれない。


「ああ、ごめん。君がいきなり変な事をいうから……」 

「すみません。ちょっとネットで見たもので……」

 雑誌の記者だということはもちろん表に出すつもりはない。

 なので、先ほど調べた情報を元に、みんな言っていますよ、というていで話をしておく。


「そ、そんなことがあるわけないだろう? 人が溶けるとか、いくら手術室でもあるわけがないだろう」

 いくら病院にそういうマッドなイメージがつきやすくても、さすがにそんなことあるわけないよ、と彼は苦笑を浮かべた。


「それに何で溶かしたっていうんだい? そりゃ病院には薬剤はおいてあるけど、人体の薬になるものばかりで溶かすだなんて。そういう危険薬剤は置いていないよ。そういうのは理学系の研究室とか、廃棄業者なんかの持ち物だ」

 どうやったって、我々にはできないと彼は聞いてもいないのに弁護を始めた。

 いや、いくらなんでも軽く流せばいいのに、ちょっとやりすぎである。


「手術室で溶けたんですか? その男性(、、)は」

 映像とかは残っていないのですか? と尋ねると、彼は渋い顔をした。


 ここで変死を遂げたのは大手企業の重役だ。

 果たしてその相手の手術をするにあたって、医師側が保険をかけていないと言えるだろうか。

 少なくとも知杖ならば、証拠としてこちらの過失がないことを証明するためにカメラくらいは回しておく。


「言っても誰も信じないさ……我々ですら信じていないくらいだ」

 あれを見ても、まだ映画か何かだと思っているものもいるからね、と彼はぐりっと力を入れて、ピピッと撮影をした。

 いや、なんか、この状態で質問するのって割と危険なんじゃ……

 っていうか、おしっこするなって言われてるし、あんまり圧迫されると危ないんですけれども。


「君は探偵かなにかなのかな? それとも興味本位かな?」

「あだ、あだだ。ちょ、痛いです、先生」

 暴力反対というと、いやぁこれはきっちり調べるために必要なことだよ、といいながら彼はエコーの機械をぐりぐりとお腹に押しつけてきた。

 ああ、もう。これ絶対嫌がらせだ。


「じゃあ、探偵ってことにしておきます。同時多発、産婦人科受診事件を捜査しています」

「じゃあって、そんな雑な……」

 ぴぴっと、写真が撮られる音が鳴った。

 反射的に押してしまったのだろうか。こちらのごまかしにちょっとあきれたようだった。


 でも、正式な取材じゃないのだから仕方ない。

 そもそも取材費とか出せないし。


「まあいいか。あと数時間もすれば例の映像をもとに、記者会見を行う予定だよ。君が知ろうとしている秘密はもう少しで暴かれる」

 よかったなぁ探偵さんと、いいつつ彼は数枚のエコーの映像を撮った。

 いちおうは仕事はこなそうとしてくれているらしい。


「ああでも、なぜそうなったのか。医学はもとより科学捜査を駆使しても原因の追及はできないだろうね」

 本当にここのところおかしな事ばかりが起きるよ、と彼は言いながら、先ほど伸ばされたジェルを紙タオルで拭ってくれた。

 あとは自分でどうぞ、と最後はぬれタオルを用意してくれる。


 ふぅ。あまりベタベタでエコーの検査はやだなぁと知杖は素直な感想を頭に浮かべた。

 ぬるぬるしたものというのは、やはりちょっと嫌悪感みたいなものが浮かぶ物である。


「もし全貌がわかったのなら、僕にも教えに来てくれないかな」

 ま、あんなものが解明できるのかは謎だがね、と彼は言いながら、それじゃあエコーの結果をさっくり説明しようか、と少し離れたところにあるデスクに異動した。


 知杖の体自体には特に悪いところはなかった。

やだっ、できちゃった! どうしよう! ということでまず考えるのは、これかなぁと。

でも、それは正解ではないのでこんなことに……


それと、エコーの先端のあれは武器になると私は思っています。


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