0.一万の悪魔
本日からスタートします。
おっさんが妊娠したらどうなるのか。超常的ではありますがなるべく実際の妊娠に準拠させていこうかと思います。
ホラー的なホラー成分は少なめですが、よろしくお願いします。
豪華なその部屋で、さきほどまで記者に囲まれていた彼は渋い顔を浮かべていた。
大切な法案を通したあとの、群がるようにして集まったマスコミの山。山。
しかも、彼らががなり立てるのは、周りから見れば失言問題ときた。
「わしの発言がおかしい? おかしいのはおまえらの頭の中だ」
しかもそれが二日前の懇親会の席での発言をあげつらっての記事がもとだ、というのだから理解に苦しむ。
この国の新聞記者もずいぶんと質が落ちた物だとむしろ呆れかえるほどだ。
「国民の数は国力だ。少子化は待ったなしの問題だろうに、なにが子供を産まない方が幸せだ。三人は産め。いいや、四人や五人でもいい
」
そもそも戦中や戦後は7人兄弟なんていうものはほぼあたりまえに居た。
今ではどうだ。そんな大家族はテレビで取り上げられるくらいに希になり、一人居れば十分とそこで子供を作らなくなる。
よしんば二人か。
「そもそもこれだけ豊かになった中で、子供が産めないだなどと理解ができん。女のキャリア? そんなものもとから有ってないようなものだろうが」
女は、よき母であるべし。
その男の根っこには古き良き日本の風習が根付いていた。
結婚をして、夫を支え、子供を育てるのが女の仕事だ。
最近は夫婦共働きとやらで、子育てを自分たちでしない親が増えた。
保育園が足りないからもっと作れなどというのも、全部共働きなどするからいけない。
ひいては、女が社会進出などをしようと言い始めた頃からこの国は狂ってしまったのだ。
「女性議員を増やせ? なにを馬鹿な。閣僚の性別比率がおかしいのは、ふさわしい人間が我ら以外にいないからだ」
せいぜい少子化担当大臣を任せるくらいが関の山じゃないだろうか。
そもそも、男女で能力差があるのだから、そこに目をつむって、同数居なければおかしいという考え自体がおかしい。
なにも、女が劣っているといっているわけではない。
女性には女性にしかできないことがある。
出産だ。
男が代わることができない、崇高な事だ。
その分男が外で働く。何一つ間違っていない。
いいや、むしろ出産という行為をした上で男と平等の仕事をこなせるなど、ありえないことなのだ。
「少子化になって困るのは国民全部だ。税収が減れば福祉が停滞する。道は荒れ、川は氾濫し、台風や地震の時の対応だってできなくなる。なによりも労働人口が減っては働き手がいなくなる。物が売れないを通り越して、いつか、物が作れない、になるに決まっておる」
それなのに目先の事だけを考えて、50年後、100年後を考えない愚か者が多すぎる。
「子供が増えないのは我らの政策のせいではない。保育園も増やしたし、医療費の無償化、教育の無償化と手厚い保障もしている。それでも作らぬのは、大人が余った金で遊びたいからだ」
本当にけしからん、とその男は憤慨した様子でその部屋の黒革の椅子に腰を下ろした。
あとは、国民の民度が上がるかどうか、そう男は結論し、ため息を漏らした。
『では、その願い、叶えよう』
突如部屋に響いたその声に、男は不愉快そうに片眉を上げた。
なんのいたずらか。秘書の誰かがなにかやっているのだろうか。
「なんのま……な、なんだおまえは、そんな仮装をして」
そうやって声の方に視線を向けて、男はぞくりと身体を震わせた。
そこに居たのは、黒い何かだった。
そう。人よりも少しばかり大きい、なにかだ。
『少子化をなんとかしたいのであろう? ならば我がその願いを叶えよう』
その影のようなものは、ゆっくりと男に近づくと、かぎ爪を男の腹部に軽く当てる。
その瞬間にぞくりという怖気が走ると、なぜか腹部が熱を持った。
『ぬしらの願い、叶うきっかけは与えた。あとは励め』
そして、唐突にその黒いものは霧のように消えてしまった。
「なんだったんだ……今のは」
あまりに常識離れした光景に男は、あまりの興奮に幻でもみたのだろうと、椅子に身体を預けることにした。
明日もまた、国会でこの国の舵取りをしなければならない。
それまでには、疲れを取っておかなければ。
そうして彼は、この日の事を忘れることにしたのだった。