彼を殺したのは誰だったのか、
「降ろされても仕方のない演技でした」
彼が口を開いた。
「自らやめてしまいたいとすら思ったというのに、その過程が、その後が気になって実行する勇気すら持てないなど、とんだお笑い種でしかありえないでしょう?」
そういって彼は微笑んだ。
私は、否定も肯定もせず、ただ彼を見ていた。
彼の自嘲じみた独白を馬鹿にしたいとは、思わなかった。
私にだって、覚えのある感情だ。
「だから、降ろされたいと思った。自分で降りる勇気が持てないのならば、誰か…“人を踏み台にしても壇上に立ちたい”人に降ろしてもらえばいいのだと」
その考えには、同調できなかったけれど。
自らの役を演じきる自信が持てないのなら、ほかの誰も巻き込まずに、一人で勝手に引っこめばいいのだ。
それができないのなら、自分の思い通りに演じればいいのに。
「そこにいて、いいこともあるけれど。それにも増して、悪いことのほうが多いのなら、壇上を降りる勇気も必要でしょう?」
彼は笑う。
「引き際が肝心、てね」
私は彼に答える言葉を持たなかった。
彼は、慈愛にすら見える顔で笑って舞台の袖に引き上げていった。
私は、彼を追いかける足を持たない。
断罪を、するつもりはなかった。
彼は、結局誰一人殺してなどいないのだから。
それから数年が過ぎたとき、ふと気づいた。
彼は、いつも、すぐ傍にいたのだと。
すぐ傍にいて、ふとした瞬間、私の耳の後ろでささやくのだ。
「まだ、やめないのか?」と。
私は、いまだ彼に答える言葉も、彼を追いかける足ももてないでいる。
過去の覚書から発掘。
何を書いていたのかは、謎。