表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
海と三日月  作者: 桧山いちか
人形生劇
3/28

人形生劇③

 同じことの繰り返しのように思える毎日だが、こうしている間にも誰かの「思い出」が形になっているのだろうか。


「それにしても先輩。どうするんですか? 声を聞けとかなんとか言われましたけど」

「うーん......いつか話し出さないかな」

「話し出しませんよ。それに、多分......物理的に声を聞けって意味ではないと思います」

「お前人形の心が読めるのか......!」

「まず先輩の思考回路を読みたいです」


 澄み渡った空には雲一つない。それでも人影だけは濃くはっきりと僕らの存在を主張する。

 人形ですら生きているというのに、僕ときたらまるで生きている実感がない。しかし、生かされているからといって誰に生かされているというのか。

「どうしてその人形は生きているんですかね」

「どうしたんだ、いきなり。それはお前、生きていたいから生きているんじゃないのか」

「何のために、生きているんですかね」

「......それはこの子なりの理由があるんだろう」

「生きていて楽しいのかな」

「何なんだ、お前は」

 徐に自分の手で人形を持ってみる。屈託のない笑顔に、表情には翳りがない。持ち主の亡き顏はどうだったのだろう、なんてことをつい考えてしまう。

 人形の瞳に僕の顔が映る。僕の方が余程人形のような顔つきだ。

「先輩。この人形の瞳、すごく綺麗ですよ」

「ん......? おお、すごいな、美少女がいる」

「それ自分で言っちゃうんですか」

「ばか、私じゃない。お前も見たんじゃないのか」

 もう一度覗き込む。注意して覗き込んだところで、映るのは僕の機械的な顔つきだ。

「もしかすると、先輩にしか反応しないのかもしれませんね。声」

「どういうことだ?」

「目は口ほどに物を言うって言うじゃないですか。話、聞いてあげましょうよ」

「お前、だいぶ協力的になったな」


 思わず微笑を浮かべてしまう僕を先輩が不思議そうに見つめる。ここまでくれば、何をしようが一緒だ。


「それで? 瞳の中の美少女とやらは何て言ってるんですか?」

「特に声が聞こえるわけじゃないぞ。ただ、これは直感だが......人形の見てきた世界なんじゃないかって思うんだ」

「映像みたいになってるんですか?」

「断片的なんだけどな」

「生きた世界を繰り返している......?」

「いや、懐かしんでいるんだろう。そうして......知ってほしいのかもしれないな」

「何をですか?」

「そこまではわからないさ。だが一つ幸運なことにな、私はこの場所を知ってるぜ」


 あの「親父さん」の言うことを鵜呑みにはしていないが、もし思い出の連鎖が実際にあるとすれば、それはそれで悪くはないのかもしれないと僕は思った。

 人形の目に映る景色は、先輩が当初タイムカプセルを埋めようと選んだ場所だった。先輩がどうしてその場所を選んだのか、そもそもどうしてタイムカプセルを作ったのか。何故それをあの店に預けることにしたのか、どうやってあの店を知ったのか......疑問は尽きないが、きっとそれもまた誰かが知ることになるのだろう。もしかするとそれは僕なのかもしれないし、僕たちの見知らぬ誰かかもしれない。


「ここを遊び場にするとは、持ち主もだいぶ遊び心がわかってるな」

「ここって言ったって、山のど真ん中じゃないですか。女の子が来て面白い場所なんですか?」

「逆にここじゃなかったら私もわからなかったと思うぜ。建物は時代によって建て替えられるだろ。でも、この山から見下ろす景色は、多少の建物の入れ替えがあろうが私でもわかる」

 山といってもそれほど大層なものではないが、この山を少し登ったところに昔ながらの城がある。今は博物館として中にも入れる仕様だが、最近では人通りも少なくなったと聞く。それでも、ここから見下ろす景色は中々のもので、花火を見たり、日の出を拝むのには最適な場所である。

「これがかつて人形の見た景色......って、あれ? 人形の見た景色なんでしょうか、それとも持ち主の......」

 魂の一部だと、あの人は言った。そうだとすれば、持ち主の目を通しての景色だという方が納得がいく。

「......止まった」

「え?」

「瞳の中の景色が静止したままだ」


 空はどこまでも冴え渡り、もう残暑はないのだと心のどこかで感じた。名残惜しそうに蝉が鳴く中、僕たちはお互いに顔を見合わせるほかなかった。

 

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ