人形生劇③
同じことの繰り返しのように思える毎日だが、こうしている間にも誰かの「思い出」が形になっているのだろうか。
「それにしても先輩。どうするんですか? 声を聞けとかなんとか言われましたけど」
「うーん......いつか話し出さないかな」
「話し出しませんよ。それに、多分......物理的に声を聞けって意味ではないと思います」
「お前人形の心が読めるのか......!」
「まず先輩の思考回路を読みたいです」
澄み渡った空には雲一つない。それでも人影だけは濃くはっきりと僕らの存在を主張する。
人形ですら生きているというのに、僕ときたらまるで生きている実感がない。しかし、生かされているからといって誰に生かされているというのか。
「どうしてその人形は生きているんですかね」
「どうしたんだ、いきなり。それはお前、生きていたいから生きているんじゃないのか」
「何のために、生きているんですかね」
「......それはこの子なりの理由があるんだろう」
「生きていて楽しいのかな」
「何なんだ、お前は」
徐に自分の手で人形を持ってみる。屈託のない笑顔に、表情には翳りがない。持ち主の亡き顏はどうだったのだろう、なんてことをつい考えてしまう。
人形の瞳に僕の顔が映る。僕の方が余程人形のような顔つきだ。
「先輩。この人形の瞳、すごく綺麗ですよ」
「ん......? おお、すごいな、美少女がいる」
「それ自分で言っちゃうんですか」
「ばか、私じゃない。お前も見たんじゃないのか」
もう一度覗き込む。注意して覗き込んだところで、映るのは僕の機械的な顔つきだ。
「もしかすると、先輩にしか反応しないのかもしれませんね。声」
「どういうことだ?」
「目は口ほどに物を言うって言うじゃないですか。話、聞いてあげましょうよ」
「お前、だいぶ協力的になったな」
思わず微笑を浮かべてしまう僕を先輩が不思議そうに見つめる。ここまでくれば、何をしようが一緒だ。
「それで? 瞳の中の美少女とやらは何て言ってるんですか?」
「特に声が聞こえるわけじゃないぞ。ただ、これは直感だが......人形の見てきた世界なんじゃないかって思うんだ」
「映像みたいになってるんですか?」
「断片的なんだけどな」
「生きた世界を繰り返している......?」
「いや、懐かしんでいるんだろう。そうして......知ってほしいのかもしれないな」
「何をですか?」
「そこまではわからないさ。だが一つ幸運なことにな、私はこの場所を知ってるぜ」
あの「親父さん」の言うことを鵜呑みにはしていないが、もし思い出の連鎖が実際にあるとすれば、それはそれで悪くはないのかもしれないと僕は思った。
人形の目に映る景色は、先輩が当初タイムカプセルを埋めようと選んだ場所だった。先輩がどうしてその場所を選んだのか、そもそもどうしてタイムカプセルを作ったのか。何故それをあの店に預けることにしたのか、どうやってあの店を知ったのか......疑問は尽きないが、きっとそれもまた誰かが知ることになるのだろう。もしかするとそれは僕なのかもしれないし、僕たちの見知らぬ誰かかもしれない。
「ここを遊び場にするとは、持ち主もだいぶ遊び心がわかってるな」
「ここって言ったって、山のど真ん中じゃないですか。女の子が来て面白い場所なんですか?」
「逆にここじゃなかったら私もわからなかったと思うぜ。建物は時代によって建て替えられるだろ。でも、この山から見下ろす景色は、多少の建物の入れ替えがあろうが私でもわかる」
山といってもそれほど大層なものではないが、この山を少し登ったところに昔ながらの城がある。今は博物館として中にも入れる仕様だが、最近では人通りも少なくなったと聞く。それでも、ここから見下ろす景色は中々のもので、花火を見たり、日の出を拝むのには最適な場所である。
「これがかつて人形の見た景色......って、あれ? 人形の見た景色なんでしょうか、それとも持ち主の......」
魂の一部だと、あの人は言った。そうだとすれば、持ち主の目を通しての景色だという方が納得がいく。
「......止まった」
「え?」
「瞳の中の景色が静止したままだ」
空はどこまでも冴え渡り、もう残暑はないのだと心のどこかで感じた。名残惜しそうに蝉が鳴く中、僕たちはお互いに顔を見合わせるほかなかった。