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海と三日月  作者: 桧山いちか
追憶の花
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追憶の花④

「おや、今度は一人ではないんだね」


 さして驚く風でもない店主に、動揺を見せるのは私の隣に立つ彼の方だ。彼がこの店に来るのは初めてのことだから無理もない。そうして私は早々に切り出す。


「思い出、見つけました」


 読みかけの本を読む手を止めてこちらを見やる店主に、私はゆっくりと押し花の栞を差し出す。

「押し花か。......紫苑?」

「はい。思い出にぴったりでしょう」

「成る程ねぇ......」

 形をそのままに、未来に引き継ぐ手段として、私は押し花が好きだった。勿論そのときの生きた花とは違うことはわかっている。それでも、風化されずに残る美しさには何にも代えがたい価値がある。

 隣の彼があとのことを補ってくれる。どういう所以でこういうことになったのか。タイムカプセルが埋められた日のこと。そうして掘り返された今日のこと。私たちの間でしか意味のなかった事象が、店主にも一つの物語として伝わっていく。いつか、見知らぬ誰かもこの物語を知ることになるのだろうか。


「タイムカプセルなら、この店にもあるよ。私は中身を見たことはないけれどね」


 含み笑いを浮かべて、店主は私と彼とを相互に見つめる。それをいただけますかと私が応じる。人のタイムカプセルを見る機会なんてそうあったものではない、そう思いながらも彼は私のを見たのだっけと複雑な心境を抱えた。

 子どもの字で書かれたタイムカプセルを手に私たちは店を出る。白い息の中で来た道を辿れば、溶け残る雪は陽に反射し、鋭い光が影の際に染み入る。これほどまでに煌めく何かを意識したのはいつぶりだろう。


「ねぇ、私は今どこにいるかしら」

「どうしたんだ、いきなり」

「私は思うのよ。ここにいるはずでない私は今頃どこで何をしているんだろうって」

「追憶、遠くの人を想う......か。それは、過去のお前が持ち得る可能性の話だろ。今俺の目の前にいるお前は一人しかいない。今だけを見てろ」

「どうして紫苑の花言葉を知っているの?」

「お前が俺に言ってきたんじゃないか。それで、どこにいるのかと聞いたらこう答えるようにって予言めいたことを言ってきた」


 雪解け水に映る青い空の下、私は今、想像もしなかった場所に立っている。


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