追憶の花③
そういえば、と他人行儀に私は返した。中学を卒業するにあたり、タイムカプセルを作りました。そのときのあなたではないでしょうかと。私にしては落ち着いた返答だ。心臓の鼓動はそれはもう急いているけれど。
「そのタイムカプセルはどこにありますか」
はてと首を傾げる。どこにあるか? どこ。場所を聞いているのか、と当たり前のことすら一々反復しなければいけないほどに頭は混乱している。
「あなたはタイムカプセルを作りませんでした。違いますか」
作らなかった。そう言われてみればそんな気もする。私が思わず笑いをこぼしそうになるのを察したのか、相手は声の調子を抑えて問いを重ねた。
「あなたは今、どこにいますか」
どこ。また場所を聞いてきている。どこにいるか? そんなものは知らない。私は半ば答える気が失せながらも真面目を装って答える。件の店を出てすぐのところであなたと話しています、これで答えになりますか。
「奇遇ですね。私も今、同じ場所にいるのです」
言い終わると同時に電話は途絶えた。それでも時間はゆっくりと溶けていたようで、見知らぬ雲が私に挨拶をする。夢と現を彷徨うのは、このような心境なのか……そんなことをぼんやり思いながら、私は電話の履歴を確認してみた。勿論先の時刻には何の表示もない。私は一体どこの誰と話したのだろう。店を振り返って、いやと私は思い直した。少なくとも相手の居場所はわかっている。この場所だ。
正直な話、タイムカプセルを作る機会があったのは事実だ。そうして私は作らずに終わった。作らなかったというより、作れなかったのだ。カプセルとして形はある。学級会で決まった、校舎のとある木の下に今もひっそりと埋まっているはずだ。あと5年もすれば開ける日が来るだろう。しかし、私のカプセルの中には何もない。中身はないのだ。中身までは誰も確認などしないために、この事実を知っているのは私だけのはずだ。やはり先の通話は自分だったのだろうかと、どこまでも辻褄の合わない出来事に思いを馳せる。
タイムカプセルを作ろうと企画が立った当時の私も、思い出という思い出は持ち合わせていなかった。中に入れるものには何の規約もなかったにも関わらず、だ。選びきれなかったのだ。何かを入れるにも候補は沢山のもので溢れ、何を入れて良いかわからなかった。全てを大切にした結果だと言えば聞こえはいいのだろうが、何か一つに執着をもつということができなかった。いつかはなくなってしまうのだからと、そのような思いが何より強かったのだ。
* * *
「タイムカプセル? 懐かしいな。あったな、そんなの。今もまだあるんだよな、あの木の下に……。少し恥ずかしいかも」
この男には過去と未来の繋がりがしっかりあるのだなと私は思う。構築された時間が、淀むことのない記憶が、この男には何不自由なく備わっているのだ。この男の隣にいれば、私も堂々と自分の居場所が言えるだろうか。そんなことを考えもした。
「何をいれたか覚えてる?」
偶然を装って私は尋ねる。悟らせてはいけない。私が過去にこだわっているだなんていうことは。思い出を求めているだなんていうことは。過ぎ去った過去は想定内の事実だ。経験した以上のことは起こり得ない。感情の後付けなどというのは気に入らないのだ。
「勿論。……あのさ、今だから言えるけど」
「何?」
「怒らないで聞いてくれよ?」
「そういう予防線を張ることに怒りを覚えるわ」
「……まあまあ。実はお前のカプセルの中身も、俺は知ってる」
「え?」
「勝手に入れたんだよ、俺が。だってお前のカプセルには何も――」
「いつ? どこで?」
「いつって……俺が、入れ忘れたものがあるのに気付いて許可をもらって掘り返しに行ったときに、興味本位でお前のもさ。悪かったよ、でも……」
「怒っていないわ。むしろ嬉しい。どこで? 何を入れたの」
「どこって埋めてた場所以外にあるか? 入れたのは……花だよ」
彼は続ける。お前がくれたのを、大事に持っていたんだ。押し花。俺のカプセルにいれるはずだったけど、お前の方に何もないのに気付いてそっちに入れてきたんだ。いや、最初は開ける気なんてなかったんだぜ? ただ、あんまり軽いものだったからさ、不思議に思って。本当は開けたときに驚かせようとしてたんだけど、こんな形でばれるなんてな……。
すっかり私が気分を害していると思っているのだろう、肩を落として目を合わせようとしない彼に私は大丈夫よと繰り返す。確かに、思い出というのは作ろうとして作れるものではないらしい。彼の言葉を思い出し、自然と緩やかな笑い声をあげてしまった。




