追憶の花②
「昨日はどこに行っていたんだ?」
「別に」
「……あの店か」
「ご名答」
結局あの日は、何を貰うわけでもなく店をあとにした。やはり疎外感は付いてまわる。
「どうして電話に出なかったんだ。おかげで待ち惚けだったじゃないか」
「約束したのをすっかり忘れてしまっていたのよ」
「困るよ……全く」
嘘だ。約束の存在を完全に忘れていたわけではない。だからといって、約束を取り止めにすることも告げなかった。何をするにも億劫だ。
思えば私は、あの店に過度な期待を抱いていたような気がする。人為的に与えられるものには興味が失せたのだ。偶然に、そう本当の運命というものに出会ってみたい。なるべくしてなったのか、そうでないのかなんてことは二の次だ。
「思い出というのはどうすれば作れるの」
「……作ろうとしてできるものではないと思うぜ」
「そう。つまらないわ」
* * *
二度目の来店には何の迷いもなかった。すっかり目に馴染んだ改札を抜け、そのまま左にまっすぐ。そうして三つ目の角で曲がる。
「やあ、いらっしゃい。探し物は見つかったかな?」
「探し物とは何のことですか」
「何かを探しているように見えたものだからね。この店のことがどう噂にのぼっているのかは知らないが、たまに君のような人が来るんだよ」
前に来た時とほとんど変わらないはずなのだが、少しの異変に私は気付いた。人形がない。髪が非対称な日本人形だ。とりわけ目立っていたわけではなかったが、まるごと存在が消えては気になって仕方がない。
「あの! あそこにあった日本人形は……」
即座に店主のもとへ戻って問いかけた。ちょっとした興奮を覚えて荒くなった語気を、気付かれないように抑える。
「前に来た時に見たんです。髪の長さが、こう……左右で非対称だった」
確かにその人形は前まであったが、それがどうしたんだい。不思議なものを見るかのように私を見つめて店主は言った。物が増える一方ではこの店は収まりがつかないよ……、と。
貰われていったのかと私はようやく合点した。しかしながら、仄かな寂しさが袖を引っ張る。誰かの手に渡るということは、物にとっては喜ばしいことではないだろうか。それなのに何故、私は人形があった場所に寂しさを覚えるのだろう。
「この店では、思い出の品がどんどん誰かに貰われていくってことですよね。それを寂しく思うことはありますか」
「寂しく思うのは、当事者の話ではないかな。私自身がどうこう思うことはないよ。ただここに来て、帰っていく。君と変わらない」
ただ来て、帰る。それは時間の流れのようだと私は思った。物言わず向かってきて、何をせずとも私をすり抜けていく。それだけの機械的な流れのはずなのに、ときに頭から離れない出来事があって。
「ところで。君の思い出は、どういう形で見せてもらえるのかな」
返答しかける私を遮るかのように、不意に着信を受けた携帯が音を発した。店主に一礼して、外に出る。やや遅れてしまったのだろう、画面には見慣れた不在着信の文字。私の方から折り返しかけ直して、相手に繋がるのを待つ。このように電話をかけ直すというのは、とても久しぶりのことだ。たまにはこういうのもいいだろう、そんなことを思いながら穏やかな心持ちになりかけたそのときだった。
「お久しぶりです。私のこと、覚えていますか」
時間が止まった気すらした。覚えているも何もない、電話越しに聞こえてきたのは紛れもなく自分の声だ。携帯を持つ手が硬直する。
「今のあなたが未来の私だとすれば、今の私は過去のあなたです」
声はゆっくり続ける。自分の声というのは何とも言い難い違和感があり、そうして別人のように感じる。声の主の「私」によれば、「今」というのは単に過去と未来の間にあるものを指すわけではないようだった。
「あなたはこれから沢山の運命のシナリオを辿るのです。そうして私は、必ずしもあなたの過去に存在するとは限りません。過去から未来は分岐しますが、未来から過去は分岐しません」
「私」にしてはえらく哲学的なことを主張する。今この瞬間、一瞬すぎるごとに大量生産される過去を横目に、私は朧げな記憶を辿っていた。未来の自分との対話をはかる、現実的な手段。すなわちタイムカプセルのことだ。




